チキン・オレンジの【8.騒動解決】

 そうして、今に至る。今になってながるは「無茶をするべきではなかった」と悔いていた。

だが、後の祭や後悔先に立たずというように、気づくにはもう遅すぎた。

……もうダメだ。これで一巻の終わり……。流が思ったその時だった。

 どこからか「てめぇら、それ以上俺のダチに手ぇ出したら、ただじゃおかねぇぞ!」と真王なおの声が聞こえた。それに続いて複数人が土手を下る足音もした。

「何だよ!」五東いつとうのヘッドが言った。

「てめぇら、それ以上やるとそいつら死ぬぞ! その時はまとめて警察に突き出すぞ! 嫌ならそいつらこっちに返せ!」ユッスーが脅しをかけた。

 「警察に突き出す」という一言で、五東陣営はかなりビビッたようで、動揺が走ったのか突然ざわめき出した。

 ユッスー、もう一押し。早く助けて。流は祈った。

「お前ら何ビビッてんだよ!」五東ヘッドが叫んだ。「こいつらもまとめてボコッちまえ!」

「やりたくねぇけど、仕方ねぇ!」真王は言った。「正当防衛だ! それ以上のことも、それ以外のこともすんなよ!」

 そして、両軍は激突した。怒声罵声ばせい。時々悲鳴。互いを殴り合う打撃音。それに混じって数回、誰かが落水する水音が聞こえた。

 突如、騒ぎが静まった。

「いいか、これは双方の大将戦だ。何人なんぴとも介入無用! 差しで決着つけてやる!」真王が宣言する。

 草地を走る足音。技の決まったことを告げる鈍い音。そして誰かの呻き声……。

 一瞬の静寂ののち、歓声が上がった。それは真王の勝利を物語るものだった。

「やった! 真王の勝利だ‼」

「やった! やった‼ やった! やった‼ 来た、見た、勝った‼」

 真王たちが勝利の喜びを叫ぶ中、五東中ヤンキーは捨て台詞と共に去りぬ。

 地面に倒れ伏していた流は、近づいてくる誰かの足音を聞いていた。その人物は彼の所に来て抱え起こしてくれた。

「流?」声で分かった。本日の英雄ヒーロー・真王だ。

「大丈夫か……ボロ雑巾だってもっとマシじゃね?」

「うるさいよ」弱々しく流は言い返した。「……助けに来てくれてありがとう。来てくれなかったら、死んでたよ。俺」

「誰が見捨てるかよ」真王は言った。「俺とお前は兄弟同然、だろ?」

 流は真王の肩を借りてどうにか立ち上がった。その時、ポツリと真王が呟いた。

「8年も一緒にいるのに、俺はお前を過少評価し過ぎてたみたいだな。ごめん」

「いいよ。別に。気にしてない」流は言った。

「次のイベント時には、班長のポストを1つ用意するわ」

 二人は並んで歩き出した。川面かわもを渡ってくる風が気持ちいい……。

「ほら、あそこ」真王は指差した。「賢木原さかきばらとマキコ、ヒカルがいる。その傷、手当てしてもらえ」

 懐中電灯の輪の中に、流は連れて行かれた。

チキンとみどりんもぼろきれのような有様ありさまだった。ただ、幸いなことに、3人とも、病院送りだけはまぬがれたようだった。

「真王!」華琉人はるとかいちゃんが駆け込んできた。

「どうした?」

「あっちの浅瀬で五東ヤンキーが1人、仰向けに寝転がって、『溺れる~』ってきわめ散らしてるんだけど、どうすればいい?」

「放っておけ。でもって波かぶって溺れ死んじまえ」真王は吐き捨てるように言った。

 救出作戦に協力してくれたメンバーもそれなりに負傷者がいた。そこで、絆創膏ばんそうこうの貼り合いになった。

テテテテテテテテ……」流はヒカルに消毒薬を塗られながら、何度目か分からない悲鳴を上げた。

「ねぇ、ユッスー氏~」どうにかしてよ、とヒカルは助けを求める。

「悪い、ヒカル。男は痛みに弱いんだ。女性が分娩時に感じる陣痛の最大波と同等の痛覚刺激を与えられると、ショック死するって言われてるくらいもろいんだ。男って生き物は」

ユッスーのこの一言で、男子メンの顔から血の気が引いてしまった。

「真王、大丈夫? 顔色が死人みたいだよ。生きてる?」あきらが尋ねる。

「大丈夫に決まってんだろ。この灯りのせいだよ」真王は言った。「つぅか、お前も顔色良くないぞ」

「きっ……気のせいだよ。うひゃひゃひゃひゃ」聖は笑ってごまかそうとした。

「あぁ、そうそう。お前らに礼を言わないとな」真王が言った。

「あんな半端な時間に緊急招集かけたのに、すぐ集まってくれてありがとう。早く出撃することができたから、こいつらを救うことができた。本当にありがとう」

 誰からともなく拍手が起こった。

「それと、ユッスー、クロシー。明日から部に来てくれ。ベルギーもだ。五東は今日の手痛い一発でしばらく手出しはしてこないだろうし、ベルギーの今日の活躍は素晴らしいものだった。この間キレてひどいことを言った。ごめん」真王は深く頭を垂れた。

「もういいです。兄さん。俺、気にしてません」光輝こうきは言った。

「ベルギー、お前に役職をやる。第五班班長復帰だ。それと偵察部隊隊長だ」

「ありがとうございます」彼の目から一粒の涙が零れた。

「3バカトリオ」真王は言った。

「お前らは前言通りなら、罰せられても仕方ないことをした。だが、誰一人病院送りにならずに済んだという奇跡に免じて不問に処す。むしろ、それぞれに大なり小なりポストを与えなきゃな」

 流は耳を疑った。え? おとがめなし?

「流、お前はさっき言った通り、次回イベント時から班長職を振ってやる。役持ちのお前に振ってやれるものは、もうそれくらいしかないからな。蜜柑坊みかんぼう。お前は、『ミミル』の自習スペースのサブリーダーだ。最近あそこは流1人じゃ手一杯みたいだからな。そして、みどりん。お前は木定の副主宰者だ。」

「やった!」みどりんは飛び上がらんばかりに喜んだ。

「聞いたか⁉ 『読書の日』の副主宰だぞ‼」

「それでも、光野ひかりのには勝てない、ってことだ」さやかが笑いながらツッコんだ。

 プッとユッスーが吹き出した。それを皮切りに一同の間に物凄い勢いで笑いの拡散が起こる。

「ねぇ。そろそろ帰ろう」聖が言った。

「そろそろ帰んないと親が心配して、また別な意味で大事おおごとになり兼ねないからさ」

「そうだな。みんな、帰るぞ」

 一同は三々五々土手を登って堤防道路に出た。

「マキコ、ヒカル」真王は言った。

「お前ら2人、近くまで送って行くよ。女の子を夜道に放っぽり出すわけにも行かないからな。あと、変な想像を抱かれて、根も葉もないこと言われると困るから、このことは言うなよ。」

「分かってるよ」マキコは言った。「マサ板の方も見張っておく。何かあったら、逐一報告する」

「あたしも」ヒカルも言った。「恩人である部長に不利な話は流さないよ。安心して」

「そうか。帰ろう」真王は歩き出した。

 流は空を見上げた。

チキンの私服のTシャツの派手なオレンジ色みたいだった空の色は、どこかへ行ってしまった。

代わりに暮れ始めの空には、夏の星座の一部と思われる星々が輝き始めていた。

「なぁ、流」ユッスーが言った。「お前はお前だ。無理しなくていい。あの夜空の星の光だって、全部同じじゃないんだ」

「そうそう。星の大きさとか年齢とか、地球からの距離とかで明るさが変わってくるんだ」真王が続けた。

「星をグループ、地球を中心、明るさを立場に置き換えてみろ」

「あぁ」流は納得した。「身の程をわきまえて、無理はするな、って?」

「そういうことだ。たとえ明るさの低い星でも、光ってることには変わりがない。パッと頭抜けた才能やセンスがなくても、自分なりの存在感を示せればいいってことだ」

「今度、みんなで天体観測に行かない?」聖が言った。

「ムリだろ、こんな街の中で」ユッスーがツッコむ。

「え~」誰かが叫ぶ。「いいじゃん、やろうよ!」

 夜空には華やかな夏の星座が溢れている。こんなに綺麗に見えるんだ。だから。

 きっと明日も晴れるだろう。流は思った。明日は一体、どんな日だろう。

〈了〉

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