シアリアスナイト【5:聖の脱走】

 あれからどれだけ歩いただろうか。街の明かりも遠くになって。黒々とした闇の中を俺たちは歩いていた。

 あれだけ激しく明滅していたチャリのライトも、タイヤの空気が抜け切ると同時に、点かなくなったも同然になってしまった。

 明かりとして、「真王なおの懐中電灯を利用しよう」という案も出たが、「いつまで電池が保つか分かんねぇんだから、大事にするべきだ」と持ち主本人に反論されて、実現しなかった。

 「そろそろもう一回、休憩しようぜ」真王が言った。

 俺は時間を確かめようと腕時計に目をやった。けれども時刻を読み取れなかった。当たり前だ。だって、俺のこれはアナログ式……。

 恐る恐るケータイの電源を入れる。すると、それは勢いよく鳴き始める。慌てて決定ボタンを押して黙らせる。

「ユッスー!」あきらが言う。「今何時だと思ってんの⁉」

「日付変わって午前0時だろ?」

「え? そうなの?」

「ところで、ユッスー。今の騒ぎ、何だったんだよ」あやめさんの自転車を停めながら華琉人はるとが訊いてきた。

「あぁ。親父とお袋からメール。たぶん、お叱りと励ましが半々……だろうな」俺は答える。

「そう言う華琉はる、お前は……」と訊き返そうとして思い出した。こいつの家族、母親の実家に遊びに行ってるんだった。

「それより、家の人からメールなり、電話なり来てねぇか確認した方がいいんじゃね? 特に女子チーム」

「オレは?」とながるがケータイを点ける。案の定、画面が立ち上がると同時に、着メロが鳴り出す。

「あ……。しずくからメールだ」

「さしずめ、『お兄ちゃん、大丈夫? パパもママも心配してるよ。早く返信してよねっ‼』ってとこだろ?」と賢木原さかきばらさん。

「うん。……あ。さやか、お前はいいのか?」

「あたし?」賢木原さんもケータイの電源をオンにする。

 しかし、これまでの男子陣と違って、何も鳴らなかった。

「あれ? 何もなし?」

「サイレントにしてるだけ。美由希みゆきさんから電話が来てる」そうして賢木原さんは電話をかけ始めた。

「菖ちゃんはいいの?」真王が尋ねている。

「家政婦さん? お婆さんが住み込んでなかった?」

「あぁ。タマエさん? 彼女、機械は苦手なんだ、とかで、デジタル機器は一切持ってないもので」

さわさんは、心配したりしない?」

「あの人は、真王さんのことを信用してるんです。『よくできたプリンス』って誉めてたこともありました。」

「『いくら何でも誉め過ぎだ』って伝えといて、菖ちゃん!」

 バカップルのアツアツっぷりに堪えられなくて、目を逸らしたその時。視界の端を何かが通過して行った。

 ザワザワと土手の草むらを掻き分けていく音に続いて、華琉人が「待てよ、聖!」と叫ぶのが聞こえた。

「どうした?」俺は尋ねる。

「聖のやつ、電話口でこっぴどく親父さんに叱られたらしい」と、下の河川敷から華琉人が答える。

「仕方ねぇな」真王が言う。「まぁ、こんな壊れかけのチャリ盗るバカもいないだろう。置いといて、下、下りるぞ。……行こう、菖ちゃん」

 懐中電灯を点け、菖さんの手を引きながら、真王は土手を下りて行く。賢木原さん、俺、流の順で続く。

 下りた先では、聖がうずくまり、華琉人が立ち尽くしていた。

「聖。泣いてんのか?」真王が尋ねると、代わりに華琉人が頷いて答える。

「くんなよ」不機嫌そうな声で聖が言う。「放っといてくれよ」

「放っとける訳ねぇだろ。何言ってんだよ」と華琉人も言う。

「うっせぇな!」聖はグイと顔を上げる。

 夜の闇に阻まれて、彼の表情を見ることはできないが口調から察するに、怒っているのは間違いなさそうだ。

「親父さんに何て言われたか知んねぇけど、そうカッカすんなよ」真王はなだめようとする。も……。

「うるせぇ! 放っといてくれって言ってんだから、放っといてくれよ‼」聖はいきなり立ち上がると、脱兎の勢いで走り出した。

小学1年生の頃から、リレー物のアンカーを任されるくらいの走力を誇る彼は、あっという間に距離を広げていく。

「真王」俺は言った。「俺と華琉で聖を追う。お前ら彼女持ちコンビは、チャリ押しながら上の道を行ってくれ」

「分かった。追いついて捕まえたら連絡してくれ」

 真王はあとの3人を引き連れて土手を上がって行く。

「華琉、行くぞ」

 俺ら2人も駆け出した。

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