シアリアスナイト【4:束の間の......】

 それから2時間後。俺たちは川沿いの堤防道路を歩いていた。

 3台の自転車のライトが、激しく明滅しながら夜道を照らしている。街の明かりがまだ近いのが、少しの救いだ。

 夜風が運ぶ潮の残り香に混じって、別の香りがした。甘く優しい。シャンプーか何かのようだ。その時。

 何者かが俺の手をグッと握った。ギャッと叫びそうになって踏み止まった。今、俺より後ろにいて、こんなことをしてくるやつは、ただ一人……。

華琉はる、止めろ! 心臓に悪い!」俺は声をひそめて注意した。

「ごめん、ユッスー」華琉人はるとは謝る。「暗くてはぐれたらマズいと思ってさ。もうちょっとあきらの方に近づこうぜ」

「お前、お化け抜きなら元気だな」

「だからそれ言うなって!」

 華琉人の弱点は二つある。一つは雨。理由は簡単だ。彼の天然パーマの髪が湿気にやられて、いつもより巻き上がるからだ。そしてもう一つが、心霊ネタの怪談だ。こちらを苦手としている理由は、本人が語らず俺らも訊かず、なので知らない。

 ただ、暗い所が怖いからお化けが怖い、わけではないらしい。

 それだけは、中学の頃から幾度となく巻き込まれてきた夜間出入りの戦績が証明している。俺ら5人の中で、こいつが一番乗りの最多記録保持者だ。

 ……まぁ、それはこいつの『仲間のピンチに後先見ずに助太刀に入る』悪癖(真王なお談)のせいもあるのだろうけれども。

 「聖」俺は言った。「華琉のやつ、今度は俺の手、ガッツリ握ってきたぞ」

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」聖は大笑いして言う。「何? 華琉、まだ怖いの?」

「お前、だからいい加減にしろ!」

 華琉人が聖にふざけかかり、今日何度目かのハルアキ劇場が開演する。

その騒ぎの向こうで自転車のベルが鳴る。続いて真王が何か言う。すると、ハルアキ劇場はピタリと終演する。

「真王!」俺は呼びかけた。「休憩か?」

「ああ、まだ灯りが近いけど、一度休もう。まだ道は長げぇからな」

「どのくらいかかる?」

「それ訊くか、普通? ……まぁ、ここまでの所要時間の倍くらい……だろうな。早くても」

 ここまでの倍か。まだまだ随分かかりそうだな。

「とにかく座ろうぜ」真王は自転車を停めて、スタンドを立てた。

「そうだな」俺は迷わず、堤防を覆うコンクリートの上に腰かけた。

 まだまだ暑い9月の日差しを吸い込んでいたそれは、ほんのりと温かかった。

「最近、土手に座ってること多くない?」聖の声がした。

「確かにな」真王が言う。「夏休み入ってすぐの内輪の合宿で、堤防道路に座って花火見て。それから1月と経たずに華琉の件があって。それで……」

「今日。……だもんね」最後を引き取って言ったのはながるだ。

「そうだ」俺は訊きたくてしょうがなかったことを訊いた。

「華琉、お前、なんでそんな甘ったるい香り、プンプンさせてんだよ。ビックリしたじゃねぇか」

「えっ⁉ オレ、そんなにすごい匂いさせてる?」

「させてんだよ、お前。一瞬、女かと思った」

「だって、女もんのシャンプー、使ったんだもん」真王が言った。

「はぁっ⁉」

「あのさ。こいつにフードコートから連れ出されたろ、オレ」と華琉人。

「そん時に、どっちのオーラに釣られたのか、試供品配りの女の人がやってきて。『これ、お家の人に渡してね』って勢いで2つ寄越してきて。それをちょうどいいや、って1つ使った」

「それでか。で、残り1つは?」俺は尋ねる。「真王が持ってて……」

「何やかんやの末にあやめちゃんにあげた」と真王。

「いつの間に⁉」

「あー。ユッスーがいろいろ買い込んでから、チャリ置き場の1件が発覚するまでの間。それより、何か食って飲もうぜ」

 突然小さな明かりが点いてギョッとしたが、真王がポケッタブル懐中電灯を点けただけのことだった。

「おい、ユッスー。ポケ菓子の類、持ってんだろ? 出してくれ」

「お……おう」

 俺は背負っていたリュックサックを下ろして膝に乗せた。確かスーパーのビニール袋が中に……。

 リュックのポケットに手を入れる。すぐに目標に指が触れる、クシャっという音がした。よし、これをこのまま引き上げれば……。

 ゴソッという嫌な音がすると同時に、袋が異常に軽くなった。つまり……。

「うわっ⁉ 菓子がリュックん中に散らかった!」

「何やってんだよ」華琉人がツッコんできた。

「ほら」華琉人はケータイを差し出してきた。しかし……。

「お前、バックライト消えんの早えぇんだよ!」俺はツッコみ返す。

「ちょっと待って。今、設定から……。あぁっ!」

「何だよ!」

「どうあがいても、1分39秒しか保たない!」

「お前いい加減にしろよ!」

「仕方ねぇだろ! 設定の限界が99秒なんだから!」

「こいつ貸すから」見かねた真王が懐中電灯で照らしてくれた。

 こうやって何やかんやで楽しくやってられるのが一番いいんだけど。そうもいかない。だって……。

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