シアリアスナイト【3:駐輪場での事件】

あやめさん、楽しかった?」

「ええ。サーヤ、クレーンゲームのアシスト、ありがとうございます」

「大したことじゃないよ。結局はあいつらに手伝ってもらったわけだし」

 賢木原さかきばらさんと真王なおの彼女・菖さんの楽しそうな会話が聞こえた。楽しんでくれたなら、今日の計画の立案者である俺も満足だ。

 俺たちはゲーセンで遊んだあと、近くの駅の駐輪場へ戻ってきたところだった。

「荷造り紐貸そうか? 菖ちゃん」真王が言う。「そんなに大きなぬいぐるみ、大人しく2つもかごに収まんないでしょ」

「すいません。真王さん。ありがとうございます」菖さんがそう言った時だ。

 「あーーー‼」駐輪場にあきらの叫びがこだました。

「どうした聖?」うるさいやつだな、という調子で真王は言った。

「オレのチャリがねぇっ!」

「はぁっ⁉ ここに停めたんだから、あるだろうよ」

「でも、ねぇんだよ‼」

「しょうがねぇなぁ」俺は言った。「手伝ってやるよ」

 こうして、なぜか聖の自転車探しが始まった。

 「あれ? おれのチャリがねぇ‼」ながるの叫び声がしたのは開始2分と経たずだった。

「流も?」と俺が聞き返すのとほぼ同時に、「オレも!」という華琉人はるとの声が上がった。

華琉はるまで⁉」その時、俺はある大事なことに気がついた。

「……って、俺のもねぇ!」

「アホだな、お前ら」真王は菖さんとともに、自分たちの自転車を探しに駆け出した。

「お前ら、これ!」賢木原さんが指さすその先には。

『自転車盗多発、注意!』と書かれたラミネートカードが、へばりつくようにフェンスにくくり付けられていた。

「まさか、これかっ⁉」思わず俺は叫ぶ。

「あたしのチャリ!」賢木原さんも駆け出して行った。

「ねぇ、ユッスー。ロック、いくつかけてた?」聖が尋ねてきた。

「ツーのところワン。お前は?」

「オレも。流は?」

「この間、馬蹄錠ばていじょうが壊れた」

まさかの返答だ。

「てことはつまり?」

「ノーロック」

「華琉、お前は......?」

その時、俺は初めて気がついた。華琉人の姿が見えない。

「おい、華琉! どこだっ⁉」俺は問いかけた。

すると駐輪場の奥から、「こっち! 真王‼」と呼ぶ声がした。

「どうした⁉」俺たちはそこへ走る。

 そこには、菖さんの桜色の自転車があった。しかし、赤いペンキをべっとりとかけられて、ひどい有様だ。

「こういうことするやつ、うぜーよな」

真王が自転車を押し、というより引きずりながらやってきた。

「あれ? 真王はチャリ、あったの?」と聖。

「ああ。けど、うざいことに、前後とも虫ピンやられてた」吐き捨てるように真王は言った。

「あたしもやられてた」同じような状態で賢木原さんも戻ってきた。

「話を聞く限り、全く同じで」

「てことは、チャリ盗にやられた、ってこと?」流が呟いた。

「そういうことらしいな」苦々しい思いで、俺は結論付けた。

「菖ちゃん。自転車、出せる?」真王が尋ねる。

 菖さんは、一瞬躊躇ちゅうちょしたものの、ロックを解除し、引っ張り出した。ガコンと変な音がしていることから、虫ピンをやられたことは疑う余地もない。

「にしても、うざいよな。こういう愉快犯」華琉人が言う。

「やられた方は不愉快だっての」と、聖が続ける。

「で、どうやって帰る?」俺は皆に尋ねる。

「電車賃ある者、手ぇ挙げろ。Hey!」

誰の手も挙がらない。

「家族のケー番なり、メアドなり、知ってる人?」

さすがにこれは全員の手が挙がった。

「ねぇ、菖ちゃん。さわさんに連絡して、迎えにきてもらおうよ」その手があった! というように真王が言った。

「それが、澤は父の出張に随行していまして……」申し訳なさそうに菖さんは言う。

「おい、聖! お前ん家、ワゴン乗ってたよな?」華琉人が訊く。

ところが。

「ごめん。右のウインカーがぶっ壊れた、とかで、親父が修理工場に預けちゃって」と、聖は詫びた。

さやか?」流は期待を込めて賢木原さんに尋ねる。

も、しかし。

「今、親父と広花ひろかさんが、商店街の慰安旅行に出ててさ。兄貴がチビどもにかかりきりになってるから、出したくても、軽トラはムリ」と断られてしまった。

「真王と華琉は迎えを呼べないから抜きとして。……俺は言ったところで、歩いて帰ってこい、って言われるのが関の山だ。流は?」

「うちは呼べるけど、言ったところでチャリ盗られたこと怒られるし、そもそも七人も一度に運べない……」

 八方塞がり……どころか、十六方塞がりだ。どうしたらいい……。

「お前ら、聞いてくれ」真王が言った。

「今から説明することは、最終手段として温存しておくつもりだった。けど、こんな状況じゃ、背に腹は代えられないからな。俺だって、こんな手は取りたくない。危ない橋を渡ることにもなる。俺についてくるかどうかは、各自判断してくれ」

 皆、息を詰めて彼の一言を待った。

「ここから、歩いて帰ろうと思う」彼は言った。

誰も、冗談だろ? などとは返さなかった。目を見れば分かる。奥底から光るような輝きをその目に宿している時は、真王が本気マジの時だ。

「今時分からとなると、すぐに深夜徘徊で補導されかねない時間になる。俺ら男子メンだけならまだしも、ここには麗しい女子が二人いる。捕まると面倒なことになる、というのは分かるだろう?」

「うん。それで温存、ってこと?」流が尋ねる。

「それもある。だけど、一番の理由は、俺たちの体面を守るためだ」

「どういうことだよ?」華琉人が訊く。

「簡単な暗算だろ?」俺は言った。

「俺たちが賢木原さんと菖さんをどこかへ連れ込んで好き放題ヤろうとしてた。単純バカな犬のお巡りはそう思う、だろ?」

「そういうことだ。さすがユッスー」と真王。

「なるほどな」苦々しそうに華琉人は言った。「オレはそんなやからと同格にされたくねぇ」

「それに俺らは、修学旅行を9日後に控えている」真王は続ける。「もし、このタイミングで捕まれば……」

「修旅に行けなくなる!」聖が叫んだ。

「良くて停学、悪けりゃ退学、って可能性も出てくるだろうしな」と俺。

「菖にも迷惑がかかる。お前が一番恐れてるのはそこだろ、静垣しずがき?」賢木原さんが言う。

「さすがに女の勘はごまかせないか」真王は一瞬照れたような表情をした。しかし、それもすぐに真剣な顔付きに戻る。

「これだけのリスクを払っても俺の案に乗る、という者はうなずいてくれ」

 誰もが頷いた。こんな提案を無下にするほど愚かじゃない。

「それで真王。どうやって帰る?」俺は尋ねる。「幹線道路はサツの出現率が高い。かと言って、裏道は土地勘がないと迷うし」

透星川とうせいがわ沿いの道を行こうと思ってる」真王は言った。

「それなら、よっぽどのことがない限り、サツに出くわすこともないだろうしな」彼はケータイで地図を見ているようだ。

「今、夜の8時半だから、サツの補導係が動き出すまで、あと1時間半ある。そこまでに川沿いの道に出ることが目標だ」彼はケータイを仕舞った。

「行くぞ!」

 俺たちは壮大な夜のピクニックへと踏み出した。

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