色褪せないで 【5:ヒカルとの出会い】

 僕とヒカルは中学に入ってから知り合いました。僕らの通った中学には、三つの小学校から生徒が上がってきます。僕らはそれぞれ別の小学校出身で、中一の時のクラスも違いました。こうなると、なかなか接点が生まれづらいものですが、僕らはチャンスに恵まれました。

 それは、中学一年生のゴールデン・ウィーク明けから少し経った頃。ヤンキー高校生との殴り合い事件の末、僕が「生徒互助会」のような同好会に入部したばかりの頃の話です。


 その日、僕は部長に命じられて、美化倉庫からペースト状の研磨材を借りてきたところでした。

「おう! チキンご苦労!」

僕が戻ってくるなり部長は言いました。

「戻ってきたところで即行新たなこと頼んで悪いんだけどさ、近くの教室からバケツ借りてきてくれね?」

「すぐそこにあるじゃないですか!」僕は指摘します。

「バカ! あれは赤いプラだろ! あれは消火用だから、使えねぇよ。そうじゃなくて、銀色の……ブリキだかアルミだかトタンだか何だか知らねぇけど、とにかく金属でできたやつだよ!」と、部長に猛反論されてしまいました。

「えーと、それはどこに行けば……」

「その辺の廊下に出しっぱになってんだろうよ! それを少々拝借してくりゃ済む話だよ!」

 そこへ他の部員が戻ってきました。

「うひゃひゃ。理科のはやし先生から、洗剤とクレンザーを譲っていただきました!」

「すごいなお前、一体何やった?」と部長。

「ん、理科準備室のドアをノックして、『ボロボロになったもので結構ですから、雑巾を譲っていただけませんか?』って訊いたら、『ストックが一杯あるから、持って行け』って。これは、そのおまけ」

そう言って彼は、液体洗剤のボトル一本とクレンザー一缶と共に、新品の雑巾を十枚ほど見せました。

「それにこれだけじゃないよ。もし、机の汚れがどうしても落ちなかったら、言いに来てくれって。『汚れ落としの知恵を貸す』って」

「そうだお前、銀色のバケツ……」思い出したように、部長は尋ねようとしました。

「確か、3階に行った組の誰だったかが、少なくとも一つは確保してるはずだよ」質問を皆まで聞かずに彼は答えました。

 その時でした。廊下の向こうから、バタバタと足音を立てて、女子生徒が二人走ってきます。しかも相当慌てているようで……。

「ありゃ? 片方マキコだよね?」と理科室帰りの部員A。

「あぁ。確実に」部長も言います。

「ねぇ! 真王なおくん!!」マキコと呼ばれた女子は、部長に駆け寄るなり言いました。

かくまって!!」

「お前をか?」びっくりしたように部長は尋ねました。

「あたしじゃなくて、この子!」と、彼女は、手を引いて連れてきた女子を指差しました。

「至急か?」

その問いかけにマキコと連れの女子は力強く頷きます。

「よし、そっちの女子は掃除道具ロッカーに隠れてろ。マキコ、何があった?」と部長。

「待って、先にこの子隠してから……」

と、マキコという女子生徒は、その女子を教室内に連れて行こうとしたので、僕は急いで出入口の前からどきました。

 掃除道具ロッカーは、角部屋教室のドアと同一直線上にあるので、ロッカーの扉を開けない限り、中に人がいるのはバレないでしょう。

 「それでマキコ、何があった?」部長は問い直します。

「あぁ」ロッカーの扉を閉めながら彼女は言いました。

「今の子、3組の宮崎みやざきヒカルって言うんだけど、彼女、女バスのキャプテンの彼氏が合唱部の女子と二股してる、みたいな根も葉もない話を合唱部でしちゃったらしく……」

「女バスのキャプテン一派に追われてる、と?」部長は訊きました。

「うん。ついでに合唱部サイドからも」

「お前、よく巻いたな」呆れたように、部長は言いました。

「一旦校外に出て、裏門から中へ戻った」とマキコ。

「念のため、お前はそこの教卓の後ろに隠れてろ。そいつらが来たら、俺が適当にあしらってやる」と部長。

「ごめん、悪い、ありがとう」

そう言ってマキコは教卓の後ろに姿を隠しました。

「おい、チキン」僕は部長に呼ばれました。

「バケツの件はもういい。代わりにこいつを黒板消しクリーナーが載ってる方のキャビネの中に入れといてくれ」

 と、差し出されたのは、さっきの部員Aが持ってきた雑巾その他一式。持ってきた彼の姿はどこにもありません。

 ……ありゃ、彼はどこに……

「あの、さっきの彼は……」僕は尋ねます。

「あぁ。みんなを呼び戻してくれ、って頼んだ。女のグループと話し合うには、頭数がいるからな」


 そうして、部員が全員戻ってきてから10分と経たずに、女バスと合唱部員の混成集団がやってきましたが、宣言通り、部長は彼女らをあしらって追い返しました。

 「マキコ、もう出てきてもいいぞ」

その声を聞いて、彼女は教卓の後ろから姿を現しました。

「ありがと、真王くん。あ、誰かロッカー開けたげて!」

 ロッカーに一番近い所にいた僕は、飛びつくように扉を開けました。

 中に隠れていたヒカルという女子は、眩しそうにしながら出てきました。

「ありがと」

 それはたぶん、誰にとはなしに言ったものだったのでしょうが、僕は少し嬉しかったのを覚えています。

 この時が僕らの初対面でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る