色褪せないで 【3:シュークリームと突然の告白】

「ごめんね、チキン」とヒカル。

「巻き込まれ事故は慣れっこです」と僕。

「だから、そんなに謝られても……」

 あれから数時間後。僕らは、学校の駐輪場のクラススペースにいました。

 立入禁止エリアに入った、ということで、生活指導部から呼び出しを喰らったものの、不良先輩の暴挙を止めた点でお褒めをいただき、褒められ半分説教半分で帰されたところでした。

「ねぇ、チキン」自転車のワイヤー錠を外しながらヒカルが言います。

「ハイブリッジ、寄っていかない?」

「えぇ、僕は全然構いませんけど……」

 ハイブリッジ、というのは、夕庚ゆうずつ商店街にあるケーキ屋の名前です。そこの女の子が、僕らと中学の同級生でした。

「じゃあ、行こうよ」

「そうですね」

 僕は勢いよく自転車を漕ぎだしました。


 ケーキ屋ハイブリッジは、夕庚商店街の真ん中よりやや南側にあります。

 扉を開けると、カランカラ~ンというドアベルの音と共に、甘く柔らかな香りが溢れ出てきました。

 正面のガラスケースには、色とりどりのケーキが並んでいて、まるでそれ自体が一種の工芸品のような美しさを醸しています。

 ……あぁ、どれも美味しそう……

 「あれ?珍しいね。ヒカルがチキンと一緒って」

店の奥から中学の同期、高橋美代子たかはしみよこ_この店のオーナー夫妻の娘さん_が、顔を出しました。

「ミヨちゃん、久し振り! お手伝い?」とヒカル。

「ううん、バイト。……まぁ、家業の手伝いも兼ねてるんだけど」と美代子ちゃん。

 ……そうだよね。夕庚商店街で自宅が店屋してます、って子は、小さい頃は店番の手伝いをして、働ける年齢になったらバイトの一員になる、のが一般的だもんね。……

「ところでヒカル、何にする? うちのお兄ちゃんがフランスで習ってきた本場の物もいろいろ出してみたんだけど……」

 ……あ。美代子ちゃんのお兄さん、フランスに行ってるんだ。一流のパティシエになるために海外に武者修業に行った、って話は聞いていたけど、どこに行ったかまでは知らなかったな。……

「う~ん、この辺の目新しいのが気になるなぁ。……今日ね、うちの高校、文化祭だったの。それで厄介事に巻き込まれちゃって。……あ、チキンが原因じゃなくて、あたしが勝手したからなんだけど」

美代子ちゃんの視線が僕に注がれたようなので、慌ててヒカルは言い添えました。

……待って! 巻き込み事故常習犯は、僕の専売特許じゃありませんよ!!……

「相変わらず舌禍?」とミヨコちゃん。

「ううん。ちょっと……というか、かなりヤラカシ系の卒業生がバカやろうとしてたのを、阻止しに行って……」

「ふふふふ。ヒカル、気づいてるかどうか知らないけど、最近そういうとこ、マキコに似てきたよね」

「えぇっ!? そんなことないよ! それより、シュークリーム2つ頂戴ちょうだい!!」

「まいどあり。シュークリーム2つで420円です」

「あぁ、ヒカル、僕が払いますから!」

 僕は慌ててレジに駆け込んで代金を払いました。少額とはいえ、まだ僕にはヒカルにゴチられる筋合いはありません。

「ミヨちゃん、また来るね」とヒカル。

美代子ちゃんは微笑んで言いました。

「またのご来店をお待ちしております」

「美代子ちゃん、じゃあ、また」僕も言いました。

 軽やかなドアベルの音と共に僕らは外へと出ます。

 外はすっかり夕焼けの中でした。

「シュークリームなんて買ってどうするんです、ヒカル?」自転車のロックを解除しながら、僕は尋ねます。

「食べるに決まってるよ。すぐそこ夕庚公園だし」

「あぁ、そうですね」

 ……あぁ……、何か気の利いたことの一つでも、言えば良かったかな……

 僕らは道を渡って夕庚公園へ入りました。


 今日が暑かったのもあったのか、夕方の公園には、人影が全くありませんでした。

 僕らは、公園の入口付近にあるショボい噴水の前のベンチに座って、シュークリームを頬張りました。

「ンフフフフ」突然ヒカルが僕の顔を見て笑います。

「えっ? どうかしました僕?」

「チキン、鼻の頭! クリーム付いてる!」

「えっ!?」

 ……うわっ! 恥ずかしっ! ……どうしよう……

「チキン、慌てないで。あたし、ティッシュ持ってるから」

笑いながらもヒカルは、ティッシュを1枚くれました。僕はそれで鼻の頭を拭います。

 ……あはは。思い切りやっちゃってた。……

「ねぇ、チキン」ヒカルが話しかけてきました。

「ん?」

「あたしね、ずっと言おうと思ってたの」

「え?」

「あたし、チキンのことが好きなんだ」

「ハッ……ゴホッ、ゴホッ……」思わずむせ返りました。

 ……とっ……唐突に何を……

「あたしね、中学の時からチキンのこと気になってたんだけど、それが何でなのか、今日まで分かんなかったの。……でもね、今日やっと分かったの。あたし、チキンの優しさに惹かれてたんだ、って……」

 ……あぁ、こういうの何て言ったっけ……。……あ。吊橋効果、吊橋効果。……

「待っ……待って、ヒカル」むせ返りから脱した僕は続けます。

「こんな言葉を言ってもらえて嬉しいし、君を袖にする気はさらさらないんだ。……だけど、いきなり言われて頭がこんがらがってまして。返事は一日待ってくれませんか?」

 僕の無茶な返事に、ヒカルは頷いてくれました。

「じゃあ、明日は空いてる?」

「え……ちょっ……ちょっと待って……」

慌ててケータイのスケジュール機能を点けてみます。幸か不幸か、明日の予定は何もありません。

「うん」僕は答えます。「明日は空いてます」

「じゃあ、明日、一緒に出かけてくれる?」とヒカル。

「えっ……それって、デートのお誘い、と取っていい……の?」

 ……今年どうしちゃったんでしょう、僕。恋愛運絶好調超! じゃないですか。……

 そうだ、というようにヒカルは頷きます。

「明日、朝10時に、ここでいい?」

ヒカルの提案に対し僕は、「ここじゃなくて、夕庚北ゆうずつきた公園でいいですか? ここで待ち合わせると、商店街の連中に冷やかされると思います」と指摘しました。

「……あ。そうか。特にあっちの居酒屋の長男くん!」

ヒカルは『居酒屋 黄田こうだ』の方向を指差して笑いました。

「明日の朝10時に夕庚北、ね。」僕は約束の内容をスケジュール機能に打ち込みました。

「うん」ヒカルは頷きます。

「……あ。あたし、もう帰らなきゃ!」

「……あぁ、送って行きますよ!」

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