マブタノキミ

今日は珍しく平和な日で、私はただひたすらに書類と格闘し続けていた。


キジマが暇そうにあくびをしてサカガミに小言を言われている最中に、私のデスクの電話が鳴る。


この旧式の電話が鳴るのは何年ぶりだろうか。

事件ならば専用の受付側にかかるはずだし、署内の人間ならモニターに通信してくるのだが。

いぶかしがりながらも電話を取ると、ひどく懐かしい声がした。


「お。繋がったか、もしかしたら現場かと思ったんだがデスクにいるってこたあ暇なんだなお前。」


「ヒラヤマさん!?」


思わず大きな声を出してしまったようで、サカガミがこちらを睨んでいる。


「お久しぶりです。どうしたんですか、珍しい。」


「元気だったか?アサヌマ。たまには顔出しに来いよ。」


ヒラヤマさんは私のかつての上司だ。

私がまだ新米だった頃にお世話になった人で、もう退職されている。

頑固親父を絵に描いたような気難しい人だが、随分と世話になった。


「たまたま今は暇なだけですよ、いつもはそれなりです。」


「まあ暇なのは平和な証拠だろ、で、いつ来る?」


「えっ、そんなに急ぐ話なんですか。何かあったんですか?」


具体的な話を始めたので、私は少し焦る。


「いつかー、なんて言ってたらお前永遠に来ないだろうが。」


私はそこまで付き合いが悪い奴だと思われているのか、確かに付き合いは悪いが。

何と答えていいものか迷っていると、ヒラヤマさんは「今日な!今日!」と言うと返事も待たずに電話を切ってしまった。


頭を抱えていると、キジマが面白そうな匂いを嗅ぎ付けたとばかりに食いついてきた。


「アサヌマさん、どーしたんですか?不倫相手でも殴り込みに来るんですか?」


サカガミがまた小言を始める気配がしたので、私はキジマを無視して再び書類に向き合う。


ヒラヤマさんのところへ行かなくて済む言い訳になるような緊急の事件でも起きてくれと願ったが、結局定時まで私が出るような事件は起きなかった。

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