ドーリィ 2

当然のことだが、蛙と蛇の件で、私はブルドッグに大目玉をくらった。

マシーンを壊したことは仕方がなかったとはいえ、対象を取り逃したことが大きい。

ただ、私がマシーンやドーリィを使用しなかったことについてはなにも言われなかった。


「絶対あの蛙野郎、俺たちで捕まえて課長をギャフンと言わせてやりましょうね!」


キジマはあまり懲りていないようだ。

あのブルドッグがギャフンなどと言うわけがないな、と思いながら私はハンドルを切る。


「でもあの蛇はなんだったんスかね?アサヌマさんじゃないんでしょ? どうして俺らを助けてくれたんでしょう?」


あれは助けられたのだろうか?


彼女は私に会いに来ただけだったのだろうか、それとも私にドーリィをまた使わせようとしたかったのだろうか。


「で、アサヌマさんは見たんですか?蛙ドリーマーの顔。」


キジマが唐突に聞いてくる。


「見ていないよ、私がついた後はもうマシーンしか無かったんだ。」


キジマが窓を開けたので、車内に風が入り込んでくる。

キジマの金色をした髪が風になびいて光を含むのを見て、それとは対称的な真っ黒な彼女の髪を思い出す。

私は暗闇でしか彼女を見たことがない。

彼女は暗闇にしかいない。


「で、今日は…ここでいいのか?」


私がスピードを落としながら尋ねると、キジマは風で髪が顔にかかるのが嫌だったのか、窓を閉めながら答えた。


「十四歳のガキだそーですよ。親から通報がありました。悲痛な声で。」


裕福そうな一軒家の前で私は車を止める。


***


我々が家に入るなり、出迎えた母親が言った。


「あの…今回のことは前科にはしないでいただきたいのですが。」


「はあ?あんた自分で通報したんでしょ?」


キジマが喧嘩腰に突っかかっていったので、私はそれを制した。


「マスダさん、まだ未成年なので前科にはなりませんが、補導対象です。マシーンの使用は十八歳未満に禁止されていますから。」


「うちの子は、マシーンを使うこと自体は問題ないのよ!」


突然母親がどなり声をあげた。


「いやいや、十八歳未満でしょう…。」


私が思わず反論すると、顔を真っ赤にして母親が語気を強めた。


「あの子は大学も出ています、精神年齢ならば、その辺りにいる頭の悪い大人よりよほど上です!妄想の実体化はしません!」


キジマが半笑いで手を挙げながら横やりを入れてくる。


「センセー、精神年齢とー学力は比例しないと思いまーす。」


確かにその通りではあるが、言い方があるだろう。


「なんなんですか、こんな髪の色して、頭も悪そうな人が警察なんて世も末ですよ!」


「おばさんの基準なら頭は悪くないでーす。第一、大学なら俺も13歳で卒業しましたー。」


「なっ…。」


キジマの挑発が止まらなくなりそうなので、 そろそろ場を収めないと面倒だな…母親はますます顔を赤くし怒りを抑えきれなくなっているようだ。


「すみません、部下が失礼な発言をいたしました。奥さん、お子さんはどちらに…」


しかし、私の言葉が更に母親の機嫌を損ねてしまったらしく、唾を撒き散らしながら母親は怒鳴った。


「おばさんでも奥さんでもないわよ!私は一度も結婚していません!」


そういう事前情報はちゃんと伝えておいてくれよ、とキジマに目線を向けたがキジマは半笑いのままだ。


「あー、これは失礼いたしました。マスダさん、とりあえずお子さんに会わせていただけませんか。」


私が言い終わるか言い終わらないかの瞬間、



ドンッ



二階から大きな音と振動が響いた。


「あちらの部屋ですね。」


私は興奮覚めやらぬ母親を制して二階へ向かう。

キジマもまだ何か言いたそうだったが、私に続いた。


また、大きな音が部屋から響いてくる。


「一体何をしているんだ…?」


私が呟くと、キジマがあくびをしながら答えた。


「んあ?まー、大方想像つきますけどね。」

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