28章『幸せ』
戦いの終わった廃工場は、先ほどまでの喧騒とは変わり、とても静かで、森の鳥は鳴き、静寂を取り戻していた。
「ん……あれ?シンスケ?それにエリーゼにガブまで……それにジャンヌさん……ジャンヌさん!?」
「目が覚めたサト?おはよう!約束通り助けてあげたわよ」
目が覚めた千三十は、俺達……というよりジャンヌの姿に驚いていた。それはそうだろう。千三十が知っているジャンヌは、影ジャンヌであって、ここにいるジャンヌが俺達と喧嘩もせず、自分を心配しているのだから。
「チサトオォォ!良かった!」
そして感情のあまり、千三十に抱き着くエリーゼ、千三十は、驚いていたがどこか冷静だった。
「え……エリ苦しい……伸介……ジャンヌさん、助けてえぇ……」
「おーい、エリーゼどう!」
「……シンスケ、エリーゼだって犬じゃないのよ……ほら、エリーゼ、ハウス」
「二人とも宿主様が目覚めたからって、飼い犬を放置するのはどうかと思います」
……いや、俺にそのつもりはないのだが、むしろジャンヌやガブの方がエリーゼを犬扱いしていないか?
「あんたら……覚えていなさい」
千三十を離さず、腕を緩め、俺達を睨むエリーゼに対し、状況を理解できたのか、千三十は、微笑んでいた。
「ふふっ、もう!皆さん、相変わらずですね……。シンスケ、エリ、ガブ……それにジャンヌさんも私を助けてくれてありがとうございます」
「サト、いいのよ、そんな私にまでお礼を言わなくても」
「ん?ジャンヌと千三十って面識あったのか?」
俺は、ジャンヌと千三十が面識のあるような会話をしていることに疑問を覚えたが、千三十は、気が付いたかのように説明してくれた。
「あー、あれは、なんというか、影ジャンヌさんに取り込まれた後に会って私の力を貸し……あう!うぅぅぅぅ!」
説明しようとした千三十だったが、途中で顔が赤くなり、顔を隠した。何を思い出したのだろうかとっても恥ずかしがっているのだが、ジャンヌは、照れくさそうに話の続きをこたえる。
「魔力譲渡をしただけじゃない……恥ずかしがらないでよ……」
「……おおよそ私の予想では、精神世界での魔力譲渡ということですよね。それは、確か、ジャンヌが、瀕死状態の所有者様にしたこと……つまり接吻ですね。ジャンヌも変わりましたね。あの時は、顔を真っ赤にしていたのに……はあぁ」
「いやあぁぁぁガブちゃん言わないでえぇぇぇぇ!」
やれやれとため息をつくガブに、頭を抱えて発狂する千三十。先ほどまで静かだったはずの山の中は、幼馴染の叫び声で、いっぱいになった。
「……接吻……キス。私の……こ……こぃ敵は、発展しているのね」
「敵って……エリーゼまで顔を赤くして……いや、ジャンヌのやったことに関しては、もう養護もできないが……」
元に戻ったはずの日常だが、昔なじみの面々に振り回される俺たちは、頭を抱えているとジャンヌは、思い出したように俺達に話しかけて来た。
「そうだ。私もそろそろ消えないと、いつまでたってもこのバグ騒ぎが収まらないわね」
「……バグですか?ですが、影ジャンヌを倒したのですから、もう、お終いなのでは?」
千三十は、分からないのかふわっとした感じで質問するが、その事実を知って俺たちは、驚かなかった。
だってジャンヌは、たとえ完全な生前のコピーであろうとバグなのだ。今後どんな悪影響を起こすかが分からないのだから。
「サト……うん、そうね、私は、結局のところ影ジャンヌ……私と同じ存在なの。私が、この世界にとどまっているとまた私たちが生まれてきてしまう。それを防ぐためには……私も消えないといけないの」
言いづらそうだったが、しっかりと答えるジャンヌ。彼女は、昔から、シスターたちの姉貴分として、生きて来た。だから、何度も決断しないといけない時があったらしく、会った時から肝は座っていたのも所以するのだろう。
「ですが!そしたらまた!なんで、エリも伸介もガブちゃんも黙っているのですか!」
察したのか、現実を受け入れられないのか、目に涙をためる千三十。俺たちは、感情を抑え、気丈にふるまっていたが、それを千三十に問われ、目を伏せてしまう。
考えてみれば、俺達は、異世界に行ってから、何度もこう言った取捨選択を迫られた。そのたびに答えを出さなくてはいけない。しかし、千三十は、今までの人生でそんな選択を迫られたのは、初めてだった。
「いい、サト、これは、私が願ったこと。だって、死んじゃっているのにこうやって、また会いたかった人たちに会えたのだもの。それだけで満足。それに、サトと私は、会ったばかりなのに泣けるなんて本当にやさしいのね」
「ですが!ですが……」
ごねる、二人にエリーゼは、手をあげた。
「私がやるわ。みんな下がっていなさい」
「え……エリ!?なぜですか!」
「もう私は、親友を一回殺している。その罪は消えない。なら、また私が……」
振るえる拳を握って我慢しようとするエリーゼ。しかし、震えている。そんなのは我慢できず。
「俺がやる……こういうのは、もう慣れている」
俺は、エリーゼをどけ、一番前に立つのだが……苦笑いをするジャンヌ。なんというか申し訳なさそうな表情だった。
「あはは、ごめん。なんか言い方が悪かったわね。私、自分で消えることできるの……。ほら、もう人間じゃないし」
「……とんだ茶番です。所有者様、エリーゼ」
ガブも、ジト目で俺達をにらみつけてくる。いや待って!なにそれ、俺立ち恥ずかしくない!
「「うぐぅ」」
「あははは、ごめんごめん!二人ともそんな顔を赤くしないの!」
あっさりと笑ってのけるジャンヌに、顔を赤くしてしまう俺達。正直かなり恥ずかしかった。しかし、やはり、千三十は納得できておらず、怒っていた。
「なんで!笑っていられるのですか!」
「そんなの簡単よ……。今度は、しっかりと別れの言葉を言えるから」
「別れですか?」
千三十は、ジャンヌをした目で見ると、気丈に笑ってあげていた。
「そう、どうせ消えるなら、最後にこいつらに別れを告げられるのよ」
「幸せですか?」
少し、落ち着いてきたのか、千三十は、ジャンヌに聞くとジャンヌは、言い切った。
「幸せよ!」
「……分かりました。もう、なにも私は……いいません。見届けます」
どこか悔しそうだが、千三十も納得しようと頑張っているのか、我慢しようとした涙がこぼれだした。
「ありがとう。じゃあ、まずは、ガブね」
「なんですか?私にまで言いたいことがあるのですか?」
ガブは、意外そうな表情をした。自分に来るとは思っていなかったからだろう。
「アンタには、かなり振り回されたけど、楽しかった」
「そう……ですか」
ガブは、泣かない。
表情をどれだけ歪ませても。彼女は、最初、無く機能はないと言っていたが、そんなことはなく、ただ、自分に嘘をつくのが得意なだけの女の子なのだ。
「サト、貴方とは、短い付き合いだったけれど、貴方の心は、温かい。これからもこいつらを支えて行ってね」
「……うぅ」
千三十は、涙を我慢しようとし、頭を下に下げ頷くだけだった。
「さてと、エリーゼ。アンタとは敵だったけど、最高な友達。全然、あんたを私は、恨んでなんかない」
「私は、恨んでいる!どれだけあんたに悔やまされ、泣いたと思っているの!ばか!ばか……でもこれだけは、言わせて、ごめんね。ごめん……ね……」
「あはは……手厳しいな……許すも何も、怒ってなんかないわよ。あ……でもね。うっかりしていると……を他の子に取られちゃうかもしれないんだからね」
「うぐ!馬鹿!ウルサイ!」
ジャンヌは、エリーゼに何を言ったのか、途中は、耳打ちで聞こえなかったが、それでも彼女たちはしっかり別れられたのだからいいとしよう。
「最後は、シンスケね!いうのは、私は、あんたが大好き。幸せを願っている。だから、だから……次の恋は、しっかりするんだぞ!」
「分かったよ、お前を俺は、忘れない。だから……」
「!!」
俺は、泣きそうなジャンヌにキスをした。彼女の泣き顔は見たくない。だから、キスをした。ジャンヌは、驚いていたがそんなのは気にしない。
「……ばか」
唇を離すとジャンヌは、俺に一言、文句を言うと、そのまま俺達に背を向け、歩き出した。
「あー!私は、最高の人生だった!じゃあね!」
そしてジャンヌは、大きな声で、山に向かって、叫んだ。俺たちは、もう互いの表情は、見ていなかった。しかし、それでも、もう後悔はない。
次に、ジャンヌの居たところを見るとそこには、山の雄大な風景だけが残っていた。
ジャンヌは、消えていき、こうして、俺達は、日々の日常に戻って行くのだった。
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