エピローグ『取り戻す日常』
そして、いつもの変わらない月曜日の昼休み。俺たちは、もう完全にたまり場になった学校の屋上にいたのだが、ジャンヌが消え、ドッペルゲンガー騒ぎ……バグ騒ぎと俺たちは読んでいるものも終わり、元の生活に戻った……一つだけ除いて。
それは……
「なんで、ポンコツ人形が、うちの学校にいるのよおぉぉ!」
虚空にエリーゼの声が響く。
というのも、バグ騒ぎが終わってガブも帰ろうとしたのだが、バグ騒ぎに魔力を使って、帰る分の魔力が残っていなかったというポンコツぶり、余った魔力で色々と工作したらしく、今では、千三十の双子の妹、三十木ガブとして、千三十のクラスに転校してきたのだ。
「……なあ、ガブ?もっとやりようはなかったのか?」
「そんな……私的には、面白そうだし…後、お世話になっても良いかななんて思ってしまいまして……ゆるしてにゃん?です」
俺は、制服姿のガブに聞くのだが……、ガブに反省した様子はなく、嫌に感情のこもっていない、許してにゃんに俺は、頭を抱えた。
「あはは……ほら、まあ、帰れないわけですし、ガブちゃんの多少のわがまま許してあげてください」
苦笑いをする千三十。どうやら、彼女事態も苦労しているらしい……というのも、千三十がいない三日間、ガブが、強引に使った魔法で、千三十のフリをしていたらしく。
「まさか……帰ってきたら、学力調査、体力測定共に全国一位になっていたなんて……あはは……ごまかすのも一苦労でした。あはは……はは……は」
目が死んでいる千三十だが、ガブは、罪悪感を感じるどころか、不思議そうな顔で、俺達に聞いてくる。
「なぜ宿主様は、死んだ目で笑っているのでしょうか?人間は、こういった順位争いでいい評価を取れば褒めたえられるはずです。ここは、宿主様の……いいえ、お姉ちゃんの評価が高いのは妹の誇りです」
「はあ……ポンコツ人形は、やっぱりポンコツね……」
エリーゼは、深々とため息をつく。それはそうだ、帰ってきたら、千三十の周りに記者が取り囲んできたのだ。最初は、廃工場での戦闘が目撃されたのかと焦ったが、結果的にポンコツな聖剣の仕業であった。
「エリーゼ!所有者様の悪口は良いですが、私の悪口は、絶対に許さないです!」
「なんで俺はいいんだよ!」
「それは……特に理由はないですね」
理由がないのか……しかし、こんなくだらない話も平和が戻った証拠だった。まあ、異世界から戻って早々、俺とエリーゼは、授業をさぼりすぎて、不良扱いされているが……
「ま……まあ、そんなことは、もういいじゃないですか!ほ……ほら!今日の放課後どこか行きませんか!?ほら!ガブちゃんに、ゆっくりこの世界を案内できなかったじゃないですか!」
千三十は、焦って状況をまとめるが、珍しくこの誘いを断ったのは、エリーゼだった。
「ごめんチサト!今日実は、私もシンスケも最近授業をサボりがちだったから、今日は、特別補習が入っているの!」
「……え、そんな予定は、なか……グエ!」
訳の分からない予定を組み込んでくるエリーゼ。俺がィいたこともない予定だと言おうとしたのだが、エリーゼは、勢いよく俺の口の中に弁当のおかずとして入れた唐揚げを強引に俺の口の中に詰め込んできた。
「あーらー忘れた?シンスケぇ……補習。……ほら、そんな落ち込まないで!唐揚げ以外も食べたい?ほらブロッコリーにハンバーグよ!」
「グげ!ごもほご!」
「え……エリーゼが補習のストレスでイライラしています」
「お姉ちゃん、これは、イライラしているのではなく俗にいう照れ隠しです。私の、力として、一度でも私と契約した人のバイタルは、いつでもチェックできるのですが、本当に窒息しそうな宿主様と違い、エリーゼは、なぜか、緊張や、物事を隠すときに上がる体温がものすごく上がっています」
「ガブ……アンタやっぱりポンコツねぇ……私は、伸介に怒りを覚えているのおぉ……私一人だけ補習なんて許さないんだから」
「いはい!しぬしぬ!」
俺、何かエリーゼを怒らせるようなことしたか考えているが、一切そんなことはなく、この意味のない暴力にひたすらに悶えていたのだった。
「あはは……ガブちゃん。なんというか、ふれちゃいけない気がするのは、私だけでしょうか?」
エリーゼの奇行に若干引き気味の千三十だが、ガブは、無駄に冷静な解説をする。
「いえ、これは照れ隠しです。私だって、確かに、この世界の常識という面では、ポンコツかもしれませんが、生まれたときから付いている機能は、正常です。人間が、息の吸い方を忘れると思いますか?私のバイタルチェックが外れるということは、人間が息の吸い方を忘れるようなものです」
「ああーら!ポンコツだから、忘れているのよ、あはは」
「ふががががが!」
引きつった笑顔で、俺の口にお弁当を詰め込みまくるエリーゼ。いい加減、飲み込む間も与えられず食べものを口の中に入れられるので、息が吸えなくなりそうになる。
「え!エリーゼ!ストップ!ストップです!伸介が本当に死んでしまいます!」
「しかし、なぜ、エリーゼは、照れているのでしょうか?何か私たちの会話にそういった恥ずかしがるターニングポイントがあったわけでもなく唐突に猟奇的暴力系ヒロインにエリーゼがなるなんて……エリーゼは、こういう時こそ冷静なことが多い筈です……」
ガブが冷静に分析しているが、その間にも、エリーゼの奇行は、続いており千三十が、必死にエリーゼを止めようと押さえている。
「ガブちゃんも、止めるのを手伝ってえぇぇぇ!」
「……ふむ、ここは人間らしく、こういったドタバタイベントに付き合うのも勉強になるのかもしれないです」
こうして、俺以外の世界は、平和に時間は過ぎていく……結局冷静になったエリーゼには、謝られたのだが、別れ際にエリーゼは、俺の耳元でボソッとつぶやいた。
「放課後……屋上……」
……あれ、ナニコレ?まさかの対立フラグ?そんな馬鹿なことがと考えていたが、結局俺は、放課後の屋上で、エリーゼと決着をつけに行くとしか考えられなかった。
こうして、日は、過ぎ放課後になった。どうやら、補習というのは、嘘らしく、先生も聞いていなかったらしいので、俺は、本当になんで、屋上に呼ばれたのか分からなくなっていたのだった。
「……まさか、階段を上ることがこんなに怖いなんて、嘘だろう。なんでこんなことになっているんだか……いや、本当に思い当たる点なんて……いや、一個あるんだが、まさかなあ」
本当は、一つだけ俺が、屋上に呼ばれる理由として思い当たる点があったが、流石にその可能性は、皆無だったので脳内で否定する。
そして、俺は、最近はしょっちゅう開けている屋上へ続く無機質な鉄の扉を開ける。
そこには、夕焼けに照らされ、一枚の絵画の様に、部活中の生徒たちを眺めるエリーゼが立っていた。
「よ……よう……きたぞ、エリーゼ」
「あ……よ……よう……シンスケ」
どこか、恥ずかし気にあいさつを交わし合う俺達。エリーゼの顔は、夕日に照らされてか、どこか赤くなっていた。
「おい……補習は、無かったぞ……なぜ、俺を呼び出したエリーゼ?」
「ふん……隣で見てみない?この世界」
珍しく歯切れの悪いエリーゼ、俺は、なんだと思いながらも、エリーゼの隣で、部活中の生徒たちを眺めた。
「ねえ……不思議よね……私達、戻ってきたのよ、この世界に」
「まあ、ちゃんとこの世界が自分の世界なのかは、分からないけれどそれでも、まあ戻ってきたんだな……本当に平和だよ」
「あら?またその話を聞くの?正直ここが、私たちの元居た世界だろうが、違おうが、帰る所がある。それだけでいいでしょ」
「まあ、そうなのだがな」
平和な世界、この世界がもしかしたら、自分の居た世界でない時間軸や可能性かも知れない。それは、嫌というほど、影ジャンヌとの戦いで思い知らされた。
まあ、そんな不安を断ち切れたからこそ、今の俺たちは、ここにいるのだが……
「平和ね……ねえ覚えている?私たちが初めて会った場所の事」
「……確か、エルスダムにある町はずれの丘だな。確かにあの時も今日みたいにきれいな夕日がさす日だったな」
思い出の様に、語りだすエリーゼ。確かあの時は、まだお互いに立場なんて知らないで、色々な話をした覚えがある。
「そう……実は、あの時、私ホームシックになっていたのよ。家に帰りたいって思っていて、家族に会いたかった。だから、あの丘に毎日行っていたの。どこか自分の世界にも似た夕日だったから」
「エリーゼにもナイーブになる時期があったんだな……」
俺は、なんだか、エルスダムで見ていた夕日が、自分の世界の夕日にそっくりで、とっても懐かしくてあの時、あの丘に行った。その時にエリーゼと出会っていた。
「あら?知らなかった?私だってか弱い女の子なのよ」
「か弱いって……魔族の幹部として、笑顔で、俺を倒そうとしていたお前がか?頼りがいがありすぎて、どこにもか弱い要素なんてなかったぞ」
普段通り、俺は、軽口で少しエリーゼをいじるが、エリーゼは、どこか楽しそうに笑っていた。
「ふふ……そうかもね。でもね……アンタといた時間は、昔から、どこか楽しくて、戦っている時だって、憎い筈なのにアンタをどこか求める私がいて……」
不思議と気持ち悪いとは思わなかった。いつもなら、そろそろ喧嘩する頃合いだったのだが、今日はそんなこともなく、エリーゼが、少しおかしかった。
「どうした?らしくないぞ」
「あはは……そうかもね」
「本当にどうした?……ってうお!」
軽くエリーゼに押され、俺は、バランスを保つため後ろに後退した。
「いい?聞きなさい?」
エリーゼは、うつむいていて、表情は見えなかったが、夕日がさしていてもわかるくらいに顔を赤くしていた。もしかしてと思ったが、流石にある可能性については、否定し、少しエリーゼをからかった。
「な……なんだ?果たし状ならお断りだからな……」
「違う……」
「それなら……なんだ、まさか、愛の告白なんて馬鹿なことじゃないだろうな」
……俺もこの、ありえない可能性か、つい聞いてしまった。あまりにも真剣な、エリーゼに俺は、ついつい考えていたことが、口に出てしまっていた。
「…………ん、ジャンヌ、もう一度だけ謝るわ……ごめんなさい」
こっくりと俯くエリーゼは、ぼそぼそと小さい声で言った後、そのまま続けた。
「シンスケ!」
「は……はい!」
変な声が出てしまった。いきなり、名前を呼ばれたら、誰だって驚くはずだ。だから恥ずかしくなんて……ない。
「シンスケ……ちゃんと聞いて、聞こえなかったなんて許さない」
「は……はい」
真っ赤にした顔……俺もつられて、顔が赤くなっている。しょうがない……俺も覚悟を決めないといけない。
「私、魔雁エリーゼは、篠崎伸介……あ……アンタのことが……す……好き……。付き合いなさい……」
「な……なんでだ!俺たちは、元々敵同士で」
「知っていた?私ね、アンタと会って話しているうちに、ちょっといいなって思っていたけれど、敵だって、知っていたから、考えないようにしていた……けど、ね……こっちの世界にもどってきてから、考えていたのあんたの事……お弁当は、おいしいし、意地悪してくるくせに、これと言いう時は、優しくしてくれる。それに私のことをちゃんと認めてくれた。だから好き……好き!神社だって、本当は、知っていて……いや、あの時は、私だって気が付いていないふりをしていたから、もしかしたらって思って……けどやっぱり、考えると自覚しちゃうの!好き!シンスケ好き!」
告白されるのは、やはりなれない……
「ねえ!一度考えたらもう止まらないの!おかしいよね!好きになる瞬間なんて全然なかったと思うのに気が付いたら、貴方のことが好きになっていた。好きです!」
情熱的な告白だった。昔から、エリーゼは、見た目だけで言えばかわいかった。自分の才能をちょっと鼻にかける所もかわいかった。
彼女は、誠意をもって答えてくれた。だから、俺も誠意をもってしっかり答えてやらないといけない。
「すう……」
俺は、息を吸い、ドキドキと動悸する心臓を抑える。
「エリーゼ、ありがとう。嬉しいよ……けれどゴメン。俺が言えるような立場じゃないが俺は、お前とは付き合えない」
「そ……そう」
俺は、目を離さない、エリーゼの少ししょんぼりとした顔、一人の女の子を悲しませるのだ、しっかりと答えないといけない。勇者とかそういう事でなく一人の男として。
「今の俺じゃ、まだ、エリーゼとは、付き合えない。だって、俺、まだ、ちゃんとエリーゼと向き合えていなかった。今の俺のこの気持ちが、エリーゼが好きで高鳴っているのか、それとも、ジャンヌの代わりにドキドキしているか分からない……それなのに付き合うなんてできない……俺がこの気持ちの正体を分かった時にもう一回、今度は、俺に告白させてくれ!」
そう、本当は、告白されて本当にうれしいけれど、気持ちが、しっかりしないうちに付き合うのは、彼女に失礼だった。
それを聞くと、少し嬉しそうにエリーゼは、笑う……しかしその青い瞳には、涙がたまっていた。
「なんだ、フラちゃったけれど……まだ可能性は、あるのね……ははは……」
「ゴメン……本当に……」
「なあに顔を伏せているのよ……」
「ゴメン……」
「言わなくていいから、今は、少しあんたの胸を貸しなさい」
エリーゼは、俺に抱き着いてくる。自分の顔を隠すように……少し制服が濡れてきた……
「いい?絶対に惚れさせる。絶対に……」
「待っている。俺もちゃんと答えが見つかったら言うから」
「そう……」
こうして日は、暮れていく。この日俺は、どうやって帰ったかなんて覚えていなかった。
それから数日が立ち、本格的に、俺達は、現実世界での元の生活を過ごしていくことになった。この数日も、波乱ばかりだった。昨日は、ガブが、うっかり壊してしまった校長先生の銅像を壊してしまい、魔法で、無理やり直したりして大変だった。
そして、それにより、久しぶりに千三十主催『第2回異世界から現代へ社会公正会議』が長時間にわたり行われた。
その疲れからか、俺は、ベッドから、体を起こすの億劫だった。
「起きなさい……起きなさい……シンスケ……」
「母ちゃん……あと五分……」
布団ではない重みが俺を襲う……そして嫌々目を開けると、そこには、俺にまたがったエリーゼが俺を起こしていたのだった……
いや待て……ん?どういうことだ?状況が理解できない。俺の上にエリーゼが乗っていて、俺は、エリーゼを母ちゃんなんて言って……
「何寝ぼけているの?私は、母ちゃんじゃないわよ」
「……え?エリーゼ?なんで?」
頭が冴えた。これは、間違えではなかった。そう、これは夢ではなかった。
「そんなの決まっているじゃない!これもシンスケを惚れさせる作戦よ!ぎゅーぅ!」
胸を押し付けられる……恥ずかしげもなく、これが魔族幹部の真の乳圧……もとい実力……そんなくだらないことを考えていると、玄関の方から声が聞こえる。
『あれ?エリがいますねガブちゃん?やけに早いですね』
『不埒な匂いがします。これは、スキャンダルの予感です!早く所有者様の所に行きますよ!宿主様!』
『え!が……ガブちゃん!』
……幼馴染と、相棒の性剣の声だった。不味いこんなところ見られたら、絶対に修羅場に!
「え……エリーゼさん?離して?」
「んー聞こえなーい!」
嘘だ!絶対に聞こえている!しかし、足音は、段々に近づいてくる。不味い!
「離してえぇぇぇ!」
「きーこーえーなーいー!」
こうして、今日も、元勇者の俺と、元魔族のラブコメは、始まるのだ。ようやく手に入れた幸せだ……絶対にもう手放さない……けれどやっぱり……
「離してくれエリーゼ!」
「いや!」
こうして、新たな物語のプロローグは、始まるのだった。
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