24『悪魔たち』
暗い裏路地をいくつか通り、山奥にある今では、なにが作られていたかもわからないような道具がそこら中に散乱し建物自体にもおびただしい数のツタが絡まり合い、もう建物ともいえないようなじめっとした雰囲気の工場に俺たちはついた。
「なんでこんなに遠いのよ!勢い余って、走ってきちゃったけれど、こんなに距離があるのなら、電車とか使えばよかったじゃない!」
あまりの遠さに先ほどまでの覚悟の決まった顔とは程遠く、いつもの残念具合が表に得ているエリーゼが、がっつりとガブにツッコミを入れる。
「何を言うのですか、走るから絵になるのです」
「おいおい……ガブ、そう言うが、流石に身体強化をしていてもこの距離は、疲れるぞ」
距離で言うのなら、二つ隣の町。電車で行けば、五駅分くらいの場所の山奥。普通の高校生なら、ありえない距離であった。
「……しかし、掴みが大事なのでしょう、こういうものは」
「……掴みって、はあ……これから、私たち戦うっていうのになんなのかしら、この緊張感のなさ」
「ガブがいると大抵こうなるぞ。異世界の時もそうだったことを、移動中に思い出した」
ガブは、あった初期には、効率ばっかり考えていて、人らしくなかったが、終盤になると、どんなにシリアスな場面でもボケを忘れないので旅は、苦労が多かった思い出を俺は、思い出していた。
「なんなの!なら、さっさと止めに入りなさいよ、バカシンスケ!」
「すまん、忘れていた」
そんなくだらない話をしていると、世界は、突如暗転し明るかった空は、夜の様に暗くなり、太陽の代わりに、血の様に赤い太陽の様な丸い星が出てくる。
これは、結界の様なものであったが、それとは違う何かだった。その証拠に精霊の風が一切感じない。
「どうやら、おふざけは終了みたいです。敵影1、影ジャンヌと断定。契約により、エリーゼに強制融合開始」
「ちょ!いきなり変わるな!私だってこの恰好になるのは、意外と抵抗が……きゃあ!」
大きな黒剣がエリーゼに振りおり下ろされ、ガブの強制的な融合により、何とか直撃を避けた。
「エリーゼ!呪文!」
俺は、慌ててエリーゼに指示を出すと、尻餅をついた状態で、エリーゼは、呪文を唱える。
「我は、全にて一であるもの。冒涜するのは、時空と信仰。巡り巡って舞い戻るは我が体内。世界の理を冒涜せよ。『古き悪しき世界』」
瞬間、世界が混ざり、赤黒い落書きのような空間が生まれ、精霊の風を感じると、俺は、魔力を持っていた金属バットに流す。
「マビノギオン!」
金属バットは、聖剣に置換し、影の振り降ろした剣を受け止める。そして、影の素顔が光に照らされるのだが、そこに映ったのは、影ジャンヌの顔はなくどこまでも深い闇を宿したような瞳の千三十であった。
「な!ち……千三十!?」
「やっほーお待ちかねのミソギチサトです。……あっているかしら?」
「避けなさい!シンスケ!」
俺は、エリーゼの掛け声と共に千三十の剣を振り払い、エリーゼの放つ弾丸を避ける。弾丸は、躊躇なく千三十に飛んでいくが、千三十は、手に持った黒剣で弾丸を振り払った。
「さーすが魔族。見知った友人であろうと殺そうとするだなんて、エルスダムに居た頃から変わらないじゃない」
面白そうにエリーゼを煽る千三十……しかし、口調や話している内容は、ジャンヌそのまま。いやな予感がした。俺は、慌ててマビノギオンを構えなおす。
「安心しなさい。今、私といる相方は、優しいポンコツでね!今撃ったのは、魔力の塊だから、死ぬことはないわよ……チサト……いいえ、影ジャンヌ」
『ポンコツは、エリーゼです。例え、魔力性質が影ジャンヌであろうと、肉体は、宿主様だというのに、何のためらいもなく引き金を引くなんて』
エリーゼとカリブヌス状態のガブは、千三十の姿をした何かを憎しみ以上の何かを向け睨みつける。本当は、俺だって、正体自体は、分かっている。ただ認めたくないだけだった。
千三十は、影ジャンヌに乗っ取られているなんて。
「なんだ、つまらない。私としては、もっと戸惑って慌てて怯える貴方達が見たかったのに、これじゃ興ざめじゃない。そうよ、この体は、ミソギチサトだけれど中身は、ジャンヌこと、この世界のバグよ」
つまらなそうな表情をする千三十……認めよう、影ジャンヌは、退屈なのか、頭を掻き余裕そうな表情をする。
「おい!影ジャンヌ!千三十の体を操っているなら、千三十の精神は、どうした!無事なんだろうな!」
俺は、今千三十の体を操っているのを影ジャンヌと仮定し、本来の肉体の所有者である千三十の精神の安否を問いただした。
「大丈夫、今は寝ているだけ、まあ、あんたたちの魔力を食らったら、ミソギチサトの精神は完全掌握するから、今のところは、無事よ。面倒よね……この子。私達を消すために生まれ変わったワクチンみたいなものだから、現状、持ちうるまれよくじゃ完全掌握できないのよ……まあ、あんたたちの魔力を食らえば別だけどね」
「あら、聞いたポンコツ?私たちを殺して魔力を食らうですって」
『無理ですね。異世界最強の聖剣に、魔族の幹部にして変態、そして世界を救った勇者の所有者様が相手なのですから、そうですよね、所有者様。あなたの握っているものは、男性器ではなく、剣でしょう?』
最悪な事態にも動揺しないエリーゼに平常通りの下ネタを入れてくる性剣ガブ。俺は、彼女らに戸惑っている時間すら与えらなかった。
「で……俺が握っているのは、男性器でもなければ、聖剣でもなく、呪文をかけたただの金属バットだ。性剣さん」
「あはは!凄いね、アンタら、見た目は、見知った友人で、中身は、偽物とはいえ、恋人や、親友、仲間なのに、そうやって、剣を振るんだね。これは想定外、なら、私も少し頑張るしかないかしら」
影ジャンヌは、表情を歪め、さっきまでは見えなかった黒くまがまがしい魔力を噴出させた。
「我は、世界に起きた変則的な存在なり、我が呼びかけに答えよ!世界を犯せ、世界を冒涜せよ。合わせ鏡に映るおのが姿を映し出せ銀色のカギは、時間を犯し、無貌は、世界を犯す。『あるかもしれなかった自分(ウエイトリーナサセリー)』」
聞いたことない呪文を唱えると影ジャンヌは、三人に増えていたのであった。姿自体は、影ジャンヌであり、見分けがつかないわけではないが、それでも気味悪かった
「どう?異世界最強が、集まるならこっちも数で押し通すなんて、単純かしら?けどねこれは、これでありかしら?」
「本当に気にくわない。一体いるだけでも不愉快なのに数を増やしてくるなんて……本当に不愉快!」
エリーゼは、大量に展開したカリブヌスを連続で掃射し始める。しかし、影ジャンヌの分身体は、余裕そうな表情で弾丸の嵐を避け、エリーゼや俺に猛進してくる。
「ち!」
「あぁ!ポンコツ人形!アンタ、早く、受け止めなさい」
『全く、ちゃんとした形状でないのに無茶を言いますねエリーゼ』
俺は、一体の影ジャンヌの黒剣を受け止め、エリーゼも無数のカリブヌスを自分の周りに盾の様に展開し一体の攻撃を防いだのだが……
「馬鹿ね。何のためにわざわざ私が三体になったと思うのかしら?」
「きゃあ!」
『エリーゼ!大丈夫ですか!?』
最後一体が影から現れ、掌底打ちでエリーゼを吹き飛ばす。エリーゼは、大きく吹き飛び、落書きの様な壁に体を打ち付け、強引にその動きを止めた。勢いのあまり、ぶつかった落書きは、子どもの様な悲鳴と共に消え去った。
「いつつ……大丈夫な訳ないじゃない。なによ、アイツ、生前のジャンヌは、武道の心得なんてなかったはずよ」
「あはっ!流石、エリーゼ、私の攻撃を受けて喋れるなんて」
楽しそうに笑顔をするジャンヌ。確かに生前のジャンヌは生粋の聖女。回復魔法が得意で剣を使うことはあったのだが、それも救いのための剣。今のジャンヌは、逆の立場……壊すための技術を使っていた。
『……仮定ですが、影ジャンヌは、元の素体のジャンヌを大まかには取り入れているはずですが、根本は、ジャンヌとは、違う存在です。そう考えれば生前に持っていない技術を習得していてもおかしくはないです』
「なによ!それじゃ、今のアイツは、まるっきり別物じゃない!」
ガブは、冷静な分析をするが、それでは、俺達の考えていた戦い方は、瓦解してしまう。
ジャンヌを素体にしているのなら、傷ついた瞬間に、その傷を癒し戦う長期戦を予想し準備を整えていたが、ガブの仮定が正しければ、短期戦がメインになってくる。
「違うわよガブ、私は、確かにジャンヌとは、違う戦い方だけれど、これは『この娘』が別の生き方をした時の可能性であって、ありえたジャンヌの一つ。正確には、救うために生きた正史のジャンヌに手を加えた狂った私に、壊すために生きたジャンヌ、そして、私こと憎しみに落ち魔族となったジャンヌ。すべてが私で全てが同一人物!パラレルワールドにいた私!」
『狂っています。過去は、一つです!もしもなんて存在しません!たとえ異世界が存在したとしても平行世界は存在しない!それは、生物を一存在として認識するためにできた法則のはずです!』
ガブは、大慌てで、ジャンヌを否定する。そう、俺の知っている話とは、異なった事であった。もしもの世界は、無いということ、それは、世界同士のバランスを崩す要因になってしまうから、もしも、同じ人間が二人としても違う行動をとって、違う人生を過ごしてしまうと、それは、もう同一人物では、なくなってしまうから。
しかし、エリーゼに掌底打ちをしたジャンヌは、愉快そうに語る。
「いやあ、滑稽ね。私たちは、バグ。変則的で不規則な存在。イレギュラー、外れているからこそのバグでしょう!まあイレギュラーでも、ある程度の縛りはあるのだけれどね」
『むちゃくちゃです!それなら私達は、一体何と戦っているというのですか!』
「うーん?ジャンヌじゃないの?まあ、そんなこと私が知った事ではないのだけれど」
あまりに他人事のように自分のことを語る影ジャンヌ。頭が割れそうな展開である。ネタバレには、早すぎるような感覚に俺はつい、剣を持ったジャンヌと鍔競合いをしていたマビノギオンを手放してしまう。
「あははは、ちゃーんす!」
剣を持ったジャンヌは俺を蹴り飛ばす。
「ぐは!」
俺もエリーゼと同じとこまで飛んでいく、それを愉快そうに見るのは、三人のジャンだった。
「ねえ、壊すことが大好きなジャンヌ。私達って何だと思う?」
「そうね、憎しみのジャンヌ。私たちは、何かしら。分からないわ。私は、壊すだけだもの。けれど私たちを呼び出してくれた狂ったジャンヌなら教えてくれるはずじゃないかしら?」
「あら、ジャンヌ。おかしいことを言うのね。あなたたちは、私よ。私にわかることは、貴方達にもわかるはずじゃない」
「ふふふ、そうね」
「あはは、そうね」
「ふふふ、でしょ」
三人は、まるで、夢を語らう少女の様に笑い合う。
「そもそも、この世界は、本当に貴方たちの居た世界なの?私たちが存在するってことは、同じ世界は、複数あるってことじゃない」
「そうね。例え、どんなに検証したって、戻ってきた世界が本物なんてわからないわよね。だって、複数ある世界のうち元居た場所の世界じゃないかも知れないしね」
「そうよね。無限にある世界でたった一つの正しい世界に戻れる確証なんて誰もわかるはずがないもの」
狂っていた。それは、ジャンヌ達だけではない。俺達も同じく狂っているのかもしれない
そもそも俺たちの居た世界では、こんな戦いをするような世界ではなかった。
「嘘だ……」
しっかりと俺たちは、元の世界に戻っているはずだと、エリーゼやガブは、言っていたが、それならこの世界は、どうだろうか。
「嘘よ……だって私は確かめた……」
「それは、正しいのかしら?」
「ねえ、だって、それすら偽られる世界なら」
「意味はないわねー」
エリーゼは、絶望した表情でいた。俺と同じことを考えているのかもしれない。
絶対に確証が得られない、元の世界への帰還。同じかもしれないけれど、少し違う世界。ここは、どこなのだろうか。そもそも、俺達は、今どこにいるのか。
全てが闇に溶けていく。
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