19話『冒涜』

「ありえない!バグってああやって人の気持ちすら馬鹿にするようなものなの!」

ジャンヌから逃げた俺達は、誰もが口を開かないまま成り行きで俺の家に集まっていた。そして、うちについて一番に最初に口を開いたのは、怒った口調のエリーゼ。ガブの胸倉を掴むエリーゼだが、本人も八つ当たりと分かっているからか、どこか力なかった。

「私だって分かりません、なんなのですか……エリーゼ、八つ当たりはやめてください」

「アンタぁ!」

ガブの態度に怒りを抑えられないエリーゼの力は強くなる。

「二人ともやめてください!」

この状況を危険と感じた千三十は、二人の止めに入るが、感情を抑えきれないエリーゼの八つ当たりは、千三十にもいく。

「チサトは、関係ない!黙っていて!」

「関係ないですか……」

なにも悪くない千三十にあまりの言い草に俺は、二人の間に入ろうとしたのだが、千三十が、俺を左手で静止した。

「お……おい、千三十」

「大丈夫です。慣れないことをするだけですので」

静止した手は、震えていた、しかし、震えを止めようと左手を握ると、千三十は、右手を振り上げそして……

パチンという、音と共に千三十は、エリーゼの頬を思いっきりビンタした。

「……エリの馬鹿」

強い眼光でエリーゼを睨む千三十。小さい体からは、ありえないほどの気迫で、涙をためていた。

「痛いわよ!チサト!」

エリーゼは、ガブの胸倉を離すとその手で、千三十にビンタをした。エリーゼは、素直だ。だから、分かる、彼女は今、やり場のない怒りをどこに無目ればいいのか分からなくなっていた。

「やりましたね!」

「なによ!チサトは、関係ないでしょう!」

お互いに、頭に血が上り、訳が分からなくなっていた。

「ガブ!」

「かしこまりました」

俺とガブは、暴れる二人を抑え、強引に引き離した。

「伸介離してください……エリは、なぜ関係ないなんて寂しいことを言うのですか」

「こんなの……こんなのおかしい!私だって……私だって……なんでよお……あの子は、私が殺しちゃったのに……この気持ち……チサトには、分からない!」

涙を流し、話していることも支離滅裂になってきているエリーゼ、それに対し、千三十は、静かにそして冷静な怒りをエリーゼにぶつけていた。

「そうですか……私は、エリーゼの友達にはなれないのですね」

「そ……そう言う訳では……」

千三十がエリーゼを睨み、エリーゼは少しひるんでしまう。それを見て、千三十は、言葉の刃をエリーゼにぶつけ続ける。

「そうですね……エリーゼは、一人で何でもできますから、私なんていらないんですよね」

「違う!」

「違いません!」

「ち……千三十!」

千三十は、小さい体を駆使して俺の抑えから抜け出すと、ガブに抑えられ無防備なエリーゼにもう一度ビンタする。

「きゃあ!」

その反動で、ガブは、エリーゼから、離れてしまい、取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

「痛いじゃない!このバカチサト!アンタに、友人を殺してしまった時の悲しみが分かるとでもいうの!」

「うるさい人でなし!私が、関係ないなんて言わないでください!私だって、最近エリーゼやシンスケがどこかへ行っちゃいそうで怖かったのに!エリーゼは、そうやって無神経なことを言うのですね!」

続く取っ組み合いは、収拾がつかなくなってきていた。しかし、二人は、気が付いていなかった。怒れる乙女の第三勢力を……

「お二人とも!いい加減頭を冷やしてください!『凍てつく湖よ!アイスストーム!』」

怒れる乙女第三勢力、ガブは呪文を唱えると、その膨大な魔力で、妖精の風が吹かない世界で強引に魔法を使った……こんな荒業ができるのは、無限に近い魔力を持っている聖剣カリバーンの化身だからであり、正直俺も違う意味で驚いてしまった。

「「うっぷ!」」

ガブが唱えた呪文により、エリーゼと千三十の上に大きな雨雲が生まれ次の瞬間、彼女たちの頭上のみに大雨が降った。

「うちのマンションびしょ濡れじゃないか……どうするんだよ、掃除」

「がんばれ所有者様!」

「そのメイド服は、何のためにあるんだよ……」

家のことは、この際気にしないことにした。結局、俺達は、エリーゼと千三十を別の部屋に移し、頭を冷やさせている間に、濡れたリビングを掃除した。

掃除をしている間に俺自身の心の整理もでき、一時間経ち、もう一度みんなで、今日のことを話し合うことにした。

「ごめんなさい皆さん!エリもごめんなさい、貴方の気持ちも考えないで」

「その……悪かったわね。それに、チサトもごめん。ひどいこと言った」

二人は、リビングで目を合わせた瞬間に、お互いに謝り合った。一時間前とは違って、なんとも和やかな雰囲気になっていて俺は少し安心していた。

「たく、お前ら……反省しろよ」

「お二人が喧嘩していた時、全く、役に立っていなかった所有者様が、それを言いますか……」

「待ってくれ!俺だって冷静に状況分析をだな……」

「あーはい、分かりました。流石です所有者様……ふふふ」

俺の家主としての威厳をガブは、全否定し、少しおかしそうに笑うガブ。それにつられ、エリーゼたちにも少しだけ笑顔が戻っていた。

「ふふ……流石は、無個性勇者ね。無駄に目立たないなんてなんて謙虚なのかしら」

「そうですね、伸介は、昔から、やっていることのスケールは大きいのにやけに目立たないことが多かったです。今回もそのいい例なのかもしれないですね」

「お前らまで!」

エリーゼの毒舌や、千三十のやけに心に刺さる言葉も調子を取り戻していた、からか俺も少し救われた。

俺達の表情を見て、安心したのか、ガブは、少し真面目な雰囲気になり、本題へと移って行った。

「さてと、では、皆さん、頭の冷えたところで、状況の整理をしてみましょう」

「状況の整理も何も、趣味の悪いバグが出てきて、私たちは、冷静さを欠いてしまった。だから次は、もう負けない」

エリーゼの意思は決まっていた。それは、覚悟であった。

「私は、ジャンヌさん……エリのお友達で、伸介の恋人だった人を初めて見たけれどわかります……あの子は、ジャンヌさんじゃないです。その子が、エリ達を苦しめるのなら、私は、どんな姿であろうと、あのバグを許しません」

そして千三十も自分の本音を吐露した後だったからなのか、その表情は、つきもののおちた様な、見ていてうれしい表情だった。だから、おれも自分の覚悟を伝える。

「俺は、ジャンヌを救えなかった。なのに、また、目の前には、おかしくなったジャンヌがいる。あれは、絶対にジャンヌが望まない姿だ。アイツがいる限り、ジャンヌは救われない。だから、俺は、ジャンヌを救うためにジャンヌを倒す」

そう、今日現れた、影に包まれた姿のジャンヌは、エルスダムでのジャンヌが、最も嫌った姿。そんな姿の自分が、たとえ偽物であろうといるなんて、死んだジャンヌは、絶対に救われない。

だから、俺の覚悟は、ジャンヌを救うための覚悟だ。

「皆さんの覚悟は、分かりました。私も、皆さんと同じ気持ちです。だから、作戦会議をしましょう」

「作戦会議ねえ……ポンコツ人形も言うようになったわね」

「……この際、私に対する、侮辱は、聞かなかったことにします。では、まず、私が、ジャンヌ……ジャンヌと被って紛らわしいので、今日現れた、ジャンヌの姿をしたバグを影ジャンヌと故障して話を進めていかせていただきます」

ガブは、どこからともなく、メガネとホワイトボードを出すと、そこに、ジャンヌ……もとい影ジャンヌについてまとめていく。

「ねえ、シンスケ、ポンコツ人形は、どこからあんな大きなものを出したの?」

「俺に聞くな……異世界でもたまにこういう光景があったから、もう俺は、見慣れた」

「あはは……ガブちゃんって、異世界でもなんか変わった正確だったのですね」

ツッコミを入れるのも野暮だと思った、ガブ以外の俺たちは、三人は、ガブの話を脱線させないように、話していた。

「……書き終わりました」

ガブの書いたホワイトボードを見て、俺達は、驚愕し、千三十は、ポカンとしていた。ガブの書いたホワイトボードは、小学生の落書きの様な影ジャンヌの絵が描かれ、エルスダム語……異世界の言葉で、文字が書かれていたからだ。

「いかがいたしましたか皆さま?何かご不明な点でも」

ガブは、何か間違えましたかと言わんばかりに自信満々だったが、良く分からない落書きもそうだが、異世界に行ったことのない千三十にこの文字が分かるはずもなく……

「……ポンコツ人形、リテイク。と言うか私が書き直すから、あんたは座っていなさい」

「なぜですか?私は、完璧です。ねえ、宿主様」

納得のいかないガブは、千三十に同意を求めるが、当の本人は、気を遣うような造り笑顔でフォローする。

「ご……ごめんなさい、ガブちゃんのやる気は伝わるのだけれど、私は、さっぱりわからないです」

「な……!そ……そんな」

ガブは、否定されたことにより、うなだれショックを受けていた。そんなガブを傍目にエリーゼは、容赦なく、ガブの書いたホワイトボードを消し、日本語に書き換えた。

「はーい。ポンコツ人形のポンコツ具合が証明されたところで、今回は、話を進めさせてもらうわよ」

「……く」

「まあまあ、ガブちゃんも落ち込まないの」

「そうだぞ、ガブ。お前は、いつも変に気を張っているのだから、こういう時は、おとなしく座っていろ」

悔しそうに、するガブであったが、今回は、完全にガブが悪いので、あまりフォローはできなかったみたいだった。

「はい!じゃあ、とりあえず、あの影についてまとめたわよ。各自確認」

エリーゼは、簡素な箇条書きで影ジャンヌについてまとめていた。

其の1。影は、ジャンヌの姿をしており、記憶や魔力性質を引き継いでいる。

其の2。彼女の結界には、微量だが、精霊の風が漂っている。

其の3.影は、生前の性格とは、異なり、なぜか、私達を殺そうとした。なお対象は、私達四人である。

其の4。シンスケの告白には、照れる。攻略ヒロインの可能性あり。

「こんなところかしら?さて、これを踏まえて、影ジャンヌの攻略法を考えていこうと思うのだけれど、何か、ここの時点でわからないことはある?」

エリーゼは、淡々とだが、効率的に話を進めてくれていると思ったのだが……

「おい、エリーゼ。4番は、なんだよ。絶対関係ないよな!それに攻略ヒロインってなんだよ」

「あら、そのままよ。あの子、あんたが篭絡すれば、自分から消えてくれると思うのよ。だって最愛の人の頼みって、洗脳みたいなものじゃない。ちゃちゃとヤッて、適当に捨てちゃえばいいのよ」

……涼しい顔で下種なことを言うエリーゼに、俺だけでなく、ガブや千三十までもがドン引きしていた。魔族としての生活が長かったエリーゼだからと言えば、まだ納得できたかもしれないが、今は、一人の女子高生としては完全にしてはいけない発言だった。

「……なによ、あんたら、一番楽な方法だと思うけれど。戦って勝てないなら、頭と体を使えばいいじゃない。……絶対私はしたくないし、したこともないから、効果は、分からないけれどいい線行くと思うのよ」

「……4番は無し。倫理的にも、嫌だ」

俺は、ホワイトボードの4番と書かれたところは、強引に消した。

「なによ……ちぇ!じゃあ、この三つで影ジャンヌの攻略を考えていきまーす」

途端にやる気のない信仰に変わったエリーゼだが、そんなのは、気にせず、千三十が手をあげて質問した。

「あの……3番の私たちがターゲットっていうのも気になるのですが、それより二番です。精霊の風が魔力を発動するために必要ののですよね……そしておそらく、量が少ないとどれだけ魔力があっても発動できないんですよね」

「まあ、基本的にはね……例外中の例外が一人いるけれど、普通はそうね……私は、自分で展開した空間魔法では、使える魔法は、初期魔法一回、バグが作る結界内ならもう少し、多く使えるけど、無理して三回」

例外……ガブのことであろう。ガブは、そもそも、人間ではなく聖剣カリバーンそのものであり、魔力量なら、邪神である異世界の魔王をのぞいて、生物で最も魔力を持っていたエリーゼの数千京倍……もはや、桁違いのレベルではない。

度を越した魔力量で、常識の壁を破るガブだが、そのガブですら、こっちの世界じゃ、存在を持続させるので精一杯であるのだ。

「うん……でもね、私がガブちゃんを装備した時、魔法?だっけ、いっぱい使ったのです。身体を操られるのは、ガブちゃんの生まれ持っての性質らしいですが、本当ならそれだけなのに、私は、自分の意思で魔法を使っているみたいなのです」

俺達は、驚いた。確かに例外のガブを装備すれば、妖精の風なしで、二、三回は、魔法を使えるはずだが、いっぱいと来た……。一体どういうことなのだろうか、俺とエリーゼは、ガブを見るとガブは、申し訳なさそうな顔をしていた。

「……申し訳ありませんでした。実は、私、宿主様と契約する時に一つだけ、言っていなかったことがあります」

「な……なぜですかガブちゃん!」

ガブの隠し事に関して一番驚いていたのは、本人の千三十だった。

「その……宿主様が理から外れた獣になってしまった理由を私は、宿主様の体の中に入った時に知っていたのですが、言うと混乱させると思い言いませんでした」

理から外れた獣、精霊の風が生き物として形を成した姿。千三十は、俺達が現代に戻ってきたあたりに人から、無自覚のうちに理から外れた獣に変わった後天的なタイプらしい。正確にいえば、今の千三十は、人であって、人でないような中途半端な状態なのだ。

しかしこうなった理由を俺たちは、知らなかったのだが、どうやら、ガブは、千三十の秘密や、魔法について知っているようであったが、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。

「……おそらく、世界の衝突によって、現代日本の修正力がおかしくなった際にバグが生まれましたが、それだと、現代日本の生態系が崩壊してしまうため、それを防ぐための対策として、バグを倒すために理からはずれた獣を作ったらしく選ばれたのが、世界を修正した勇者……つまり、所有者様がエルスダムに転生する前、現代日本で最も親しい友人の宿主様でした」

……突飛な話だった。世界の概念……修正力が自ら犯した矛盾を矛盾で解決しようとするなんて。

「えと……つまりどういうこと?」

「精霊の風が無くても魔法が使える生物にたまたま、宿主様が選ばれてしまったということです」

「まあ、私は、分かったわ。つまり、この現代で魔法をまともに使えるのは、チサトなのね。やっぱりポンコツ人形はポンコツね。そう言えばいいのよ、変な説明したって分かるはずがないのだから」

この話をエリーゼは、理解できたのか、さらっと嫌味をガブにはく。

「これだから、外道魔族は……理解は、重要なことです」

そして、抵抗するようにムッとした表情で言い返すガブだったが、この二人の喧嘩は長いので、俺は仲裁に入った。

「はいはーい、二人ともストップ。今は、千三十の質問に答えてやれよ……」

「おほん!そうね……つまり、チサトは、理からはずれた獣ため、ポンコツ人形は、異常以上に常識外れの魔力によって例外的に魔法が使えます」

まとめるエリーゼだが、それに対して、千三十は、不思議そうに質問してきた。

「なら、私が持っている精霊の風を伸介やエリに渡して、魔法を私の代わりに使ってもらうことは可能ですか?」

「……」

「……」

「……なるほど、宿主様それは、可能かもしれないです」

無知ほど柔軟な発想ができると言った人がいた。しかし、簡単なことだったのかもしれない。もし、俺達が、魔法を使えれば、まだ魔法に関しては、初心者の千三十よりも影ジャンヌを倒せる確率は、上がるはずであった。

「それなら、実証してみましょう!」

生き生きとした表情で、千三十が提案するのだが……その時、あの虫が、泣いたのだ。

ぐーと言う……まあ腹の虫を鳴らしたのは、千三十であった。

「……うぅ、恥ずかしい」

「とりあえず、飯にするか……」

俺達は、影ジャンヌから逃げてから何も食べていなかったからか、とってもお腹がすいていたのだ……

なので、とりあえず話し合いは、ここまでにして、一旦ご飯を食べることにしたのだった。




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