9話『お前らもう結婚しろよ』

 そうして、結局、決着のつかない喧嘩を静止した千三十の誘導によって、カラオケ屋に入ったのだが、千三十は、少し不服そうな顔をしていた。

「なんで、みんな私の名前間違えるのでしょうか?三十木千三十って、全て、小学校の低学年で習う漢字ですよ」

どうやら、カラオケ屋で部屋を借りるときに、名前を書いた千三十だが店員は、千三十の名前がちゃんと読むことができず、不機嫌になっていたのだ。

「そういえば、千三十って昔からややこしい苗字と名前だったから、よく間違えられていたよな」

「確かにそうなのよね。私だってチサト苗字を見たときちゃんと読めなかったわ。三十木千三十……漢数字が多くて……」

千三十と会って間もないエリーゼは、はじめてあった時の病室で自己紹介した時に、元々海外暮らしが長かったエリーゼは、千三十の名前が読めなかった。

これは、昔からのことで、俺も、千三十と仲良くなったきっかけは、名前の読み間違えだった。

「みんな、ずるいです……。私だって、田中花子みたいな読みやすい名前が良かったです」

俺は、唇を尖らせ、拗ねたようにそっぽを向く千三十が少しいじらしく思えてしまった。

「安心しろ、三十木……。俺は、読める」

「そうよ、ミソギ。貴方は、今のままでも十分可愛いのだから、名前なんて気にしなくてもいいのよ」

「わ……わざわざ名字で呼ばなくていいです!」

顔を真っ赤にして怒る千三十だが、いつもの様な笑顔の迫力はなく、むしろ、年相応に怒っているからか新鮮でいて、かわいく思えてしまう。

そして、同じくエリーゼは、何か呪文でも唱えるかのように怪しくぶつぶつと何かを喋りだす。

「なに……このかわいい生物……こ……これが……萌……萌え」

「だ……大丈夫ですか?エリ?なんか具合が悪そうですが……」

心配そうに、エリーゼの額を自分のハンカチで拭く幼女……もとい、千三十。正直、わきから見ている俺でもかわいいと思ってしまっていた。

そして当事者であるエリーゼは、何か彼女を支えていたものが、切れたのか、糸の切れた操り人形の様に脱力をしたと思うと……

「可愛い!チサト可愛い!超可愛い!萌えるわ!これは、犯罪よ!もう、私、萌え萌えし過ぎてキュン死するぅぅぅぅぅぅうぅぅ!」

「きゃあぁぁぁ!なな……なんですか!やめ……!抱き着かないでくださあぁぁぁい!」

エリーゼのキャラは、崩壊した。前から、我慢していたのだろうが、ついに壊れた。異世界でも、俺の相棒であった、聖剣カリバーンの人間状態(ロリメイド)に、敵意以上に何か、もっと暗い闇のようなねっとりとした視線を向けていたのは知っていたが、敵と言うこともあり、我慢していたのが、現代に戻ってきて肩の力でも抜けたのか、我慢などせずなめずる様に頬ずりをして、抱き着く。

抱き着かれていた千三十は、本気でいやそうな顔をしていた。

「し……伸介助けてくだ……ちょっやめ!早く!私を助けて!」

助けを求めてくる千三十であったが、俺としては、肩の力が抜けたエリーゼの心の健康と、自分の欲望を鑑みた結果。

「グ!」

「伸介の人でなしいぃぃぃ!」

面白いので静観することにした。人でなし?さあ分からない?

 それから、十分くらいが経ち、ようやく解放された千三十の機嫌は、余計に悪くなっていた。

「ひどい目に会いました」

「私も、やりすぎたとは思うけれど、謝らないわ!」

「そこは、謝ってほしかったです!」

千三十のツッコミにもキレが出て来たことに俺は、関心をしながら、歌いたい曲を探していた。

「なあ、千三十。この機械使い方変わったな。一年居ないだけで、文明がどれだけ進歩したんだ?」

「そして、伸介に限っては、さっきまでの十分間を完全にスルーして、何事も無かったかのように話し始めるのをやめてくれます!?」

……しょうがない俺には、処理しきれない内容だし静観を続けるのも悪いので、こうやって気を使ってみたのだけれど、どうやら、上手くいかなかったみたいであった。

「……俺が、抱き着かなかっただけ、良かったと思うのだな」

「うわ……シンスケ、ロリコン」

エリーゼは、俺を蔑んだ目で見てくるが、俺も大人だ。決して、変態行為を実行したエリーゼを挑発するなんてしなかった。

「あー聞こえない。エリーゼの声は聞こえない」

「そう、死んで」

「お前が死ね」

「だから!なんで、伸介もエリもすぐ喧嘩しようとするのですか!たまには、仲良くしてみてくださいよ!」

「ちっ、感謝しろよ、変態。千三十のおかげで、警察を呼ばなかったんだからな」

俺は、捨て台詞を吐き、二年前に流行ったアニメのオープニングを転送した。

「はあぁ?シンスケあんた……ってこれ、ホワイトハイスクール4の主題歌じゃない。私も歌っていい?このデュエット曲好きなのよ」

「ん?いいぞー」

ホワイトハイスクール4は、過去に大流行した深夜アニメであるのだが、深夜アニメなのに、リア充カップルが歌うと様になるデュエット曲なのだが、女性パートがあるため、上手く歌いたい俺にとっては、好都合であった。

「ありがとう、シンスケ」

エリーゼは、短くお礼を言うとマイクを取り、曲が始まり、俺とエリーゼは、調子よく歌いだしたのだが、歌っている間、妙に歌の波長が合い、気が付くとラスサビに入っていた。

そして、曲の最後の一節。

「「貴方と奏でる歌あぁ!」」

……そして、曲が終わり、一瞬の静寂。無意識のうちに、俺とエリーゼは、ハイタッチ。

「おー!ついつい聞いてしまいました!」

「「はッ!」」

俺たちは、我に返り、恥ずかしくなってしまい、お互いに顔を背けてしまったのだが……画面に表示されていた点数は、97点。

久しぶりにしては、驚くほど高い点数に驚く俺たちなのだが、画面に表示された評価は、ベタ褒め。

『二人の相性は、ピッタリ!相思相愛な歌唱力に周りは、聞き惚れるでしょう』

「ないわね。この機械壊れているわ」

「そうだな。エリーゼと俺が相性ピッタリとかありえない」

「そこは、否定するのですね……」

俺たちの歌い終わった後の温度差にツッコミを入れないとやっていけない千三十に関しては、精神衛生上スルーした。

それから、二時間ほどが経つが……

「おい、エリーゼ。俺の歌いたい歌をことごとく入れるのは、やめろ。嫌がらせか?」

「それは、私のセリフよ。なんで、私の歌いたい曲をシンスケが入れるのよ」

「……」

エリーゼは、嫌がらせか、俺の歌いたい曲ばっかり入れてくるのだが、エリーゼは、いつもみたいに鼻で笑うのではなく、いちゃもんをつけてくるという新手の嫌がらせをしてくるのだが千三十は、見慣れた冷たい目で睨んできた。

「いや、貴方達の趣味がマッチし過ぎなのでは」

「いや」

「ありないわ」

「ほら!怖いくらいに行きピッタリじゃないですか!?」

世にも恐ろしいことを言う千三十。ありえないことだった。だって魔族の幹部と勇者ですよ。犬猿の仲と言わないで何というのだろうか。

「いいかしら、これは仲が悪いから、お互いに歌いたい歌を入れたりするのよ」

すかさず俺のフォローをしてくれるエリーゼ。

「えっと……二人って、異世界に行く前の面識はあるのですか?」

「「ない!」」

「じゃあ、どうやってお互いの好きな歌を調べたのですか?まさか魔法とか言いませんよね?二人とも、こっちに戻ってから、使える魔法なんて、エリの使うあの気味の悪い世界ぐらいですし」

「き……気味が悪いのは……ご愛敬です……」

エリーゼのフォローも空しく、千三十の鋭いツッコミに一発KO。しかも得意魔法を気味が悪いで一蹴され、しょんぼりとうなだれてしまった。

「だがな……千三十……俺たちは……」

「あー、知っています。ナカガワルイノデスヨネー」

棒読みの千三十にもう俺も参ってしまい苦し紛れな愚問をしてしまう。

「なんで、千三十は怒っているんだ?別に、俺とエリーゼの仲は、千三十にとっては、どうでもいいことだろう」

「……怒っていません。それに、どうでもよくないです」

そう言い、そっぽを向く仕草をする千三十。その態度は、絶対に怒っている。幼馴染としての勘がそういっているのだが、怒っている理由が分からなかった。

「うーん、チサトは、もしかして嫉妬している?それなら、その必要はないわ。だって、シンスケと私は、仲が悪いのだもの」

ふと、零したセリフに千三十は、顔を赤くしていた。

「わ……私が、し……嫉妬なんてするわけないじゃないですか!お……幼馴染は、嫉妬したら負けヒロインなのですよ!」

正直、エリーゼと千三十の会話が分からなくなってきていたが、エリーゼのにやりとした顔には、覚えがある。この顔は、大抵ロクなことを考えていない。

「あら、負けヒロインが嫌だ。つまりチサトは、メインヒロインになりたいのね。なら譲るわよ。この勇者には、主人公には向いていないもの」

「ゆず……メイン……いいいいいいいや!そう言うつもりじゃないですよ!だって私は、伸介なんてなんとも思っていないですし!伸介は、ただの幼馴染で……」

「ふーん」

そして、このロクでもないたくらみ顔をしたまま、エリーゼは、俺の腕に抱き着いてくる。

「おい、エリーゼ。言っていることと、やっていることが支離滅裂だぞ。気は、確かか?」

エリーゼは、大きな胸を腕に当ててくる。普通の女の子なら、ドキッとするのだが、相手は、エリーゼであって、正直、ドキドキするベクトルが、謀殺される様な、肝の冷えるようなドキドキであるが、現代で、エリーゼが俺を殺すこともないだろうから俺は、エリーゼの腕組み我慢をする。

「やーん。シンスケ!連れないわ!私とシンスケの仲じゃない」

「いや、だからどういう仲だよ。普通に元敵味方だろう俺たち」

俺は、動じるどころか、冷静にエリーゼにツッコミを入れる。肉体弱化中の俺にエリーゼの筋力は、そもそも振り払えないし。

「な!なにをしているのですか!」

「スキンシップ?」

むしろ、この中で、動揺しているのは、千三十だけである。

「いやいや!おかしいです!だってエリと伸介は、仲が悪くて!」

「あら、そういう演技なの。知っているでしょ、私は、魔族、人を惑わすなんてお手の物」

「そうだったのか」

「ちょっとシンスケは、黙っていて」

ついつい感嘆して、変なことを言ってしまったが、異世界でのエリーゼって結構素直な性格だったよな……謀略とか苦手で、結局そのせいで、俺たちのパーティーの潜入もバレてしまったのだが、あれまで演技と考えると少し震えてしまう。

……思い切り口をふさがれたが。

「で……でも」

「あら、シンスケの初めては、私よ」

誤解を生むような発言だが、この場合は、本気で殺し合った人間の初めてが、エリーゼであって、決してプラトニックなことではないのだが、千三十は、何を考えたのか顔を真っ赤にしてしまう。

「あう……あうあう……もう!二人でイチャイチャしていてください!私は、お手洗いに行ってきます!」

「いってらっしゃーい」

エリーゼは、手を振り、千三十を見送った。そして、千三十が部屋を出ると俺の拘束を解いた。

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