8話『同じ穴の狢』

そうして、日は過ぎ休日の朝、集合場所は、とあるカラオケ店の前にある喫茶店であった。少し早く来過ぎたのか、俺は、一人で寂しく朝からコーヒーを啜っていた。

「……カラオケねぇ。何年ぶりだろうな」

異世界に行く前に行きつけだった喫茶店のコーヒー味が少し変わっている。どことなく、苦みが薄くなり、香りも薄くなってしまった。

「いや、俺が変わってしまったのかも……くだらない……」

「あら?やけにアンニュイになっているじゃない。珍しいじゃない、いつもの『俺が正しい』宣言はしないのかしら」

「いや、俺は、今まで、そこまで高慢な主人公さん(笑)になった覚えはないぞ、エリーゼ……ふむ」

突然後ろから話しかけてきたのは、少し、俺を馬鹿にしたように見てくるエリーゼであった。その手には、俺と同じく、ドリップコーヒーのブラックを持っており、自然に俺の隣のカウンター席に座ってきた。

「なにかしら?そんなにじっくり見ても服は、透けないし破けもしないわよ」

「違うわ!そうではなく……」

俺は、エリーゼの私服がいつもより、少しおしゃれになっていた。黒いダメージシャツに白のショートパンツ。それに加えて金髪碧眼に外国人の母譲りと言う、スタイルは、制服を着ないと年上のお姉さんみたいに見える。

「似合っているぞ。凄く綺麗だ」

……とりあえず、女の子の服は、褒めることという千三十のアドバイスをしっかりと復習していた俺にとっては、完璧な答えである。

「……うん。そう……あ、ありがとう。……って、照れたふりをすれば、男となんてすぐ仲良くなれるって聞いたの」

「あー、俺も、千三十から聞いた」

……なんだ。俺たち、同じようなことをしている。そう考えると笑いがこみあげてきて。

「「あっはははははは」」

二人で同時に笑っていた。

「いや、ありえないよな、俺とエリーゼがラブコメするとか!」

「……ないわね!だって、お互い憎み合っているのに!」

「うわぁ……珍しく二人で仲良くやっていると思いましたのに……これなら、喧嘩していた方が良かったのかもしれないです」

俺たちの談笑を何か汚物を見るような目で見てくる千三十。最近、こいつは、冷たい目といきなりの登場に磨きがかかってきたのか、セリフも態度も辛辣で突然であった。

「あら、チサトおはよう。今日もいい天気ね!今日も、か……かわいい……わね……」

「はぁ……」

「千三十その白いワンピース似合うぞ!」

「いや……」

俺たちの笑顔を見て、千三十は、凄く複雑そうな顔で俺たちにツッコミを入れる。

「いや、あの話の後だと完全に貴方達の笑顔が作りものであるのが分かっているので全然嬉しくないのですが……むしろ怖いのですが」

「いや、怖くないぞ。お兄さんたちは、決して怖くないんだよ、お嬢ちゃん。な!エリーゼ!」

「そう、怪しくないから、お姉さんたちを信じなさい?チサトタン」

「怖いです!本当に貴方達怖すぎです!」

一体何が怖いのだろうか、千三十は、怒りながらなぜか俺たちの座るカウンター席より一個遠い場所に座りアイスココアを啜り始めた。

「ふうぅココアおいしいです」

「ねえ、シンスケ。私達、チサトに完全に他人の振りをされているのだけれど」

「……きっと気のせいだ。千三十は、そんなことをするような奴ではない。だって、喫茶店に来てアイスココアを頼むお子ちゃまだぞ」

「二人とも聞こえているのですが……私は、確かに今、他人の振りをしていますが、それは、私がお子ちゃまではなく、ブラックコーヒーしかも、こんな温かくなった春先にホットを飲むとかいう、ホット教と距離を置くためです」

むすっと拗ねた千三十であったが、喫茶店でおいしく安いのは、ホットコーヒーである。

それは譲ることができない。

「……喫茶店のコーヒーほどおいしいものはないって思うの、ねえシンスケ」

「はげしく同意。コスパ、うまさの頂点は、コーヒーだ。変ではない。むしろ、変なのは、甘ったるい飲み物!喉が潤うはずがない」

「あー、分かる!喉が渇く飲み物って矛盾しているわよね」

コーヒー信者同士の異教徒排斥トークに盛り上がる俺と、エリーゼ。話に入れないのが悔しいのか、千三十の顔は、さらに拗ね始める。

「ふん……いいですもん。そうやって二人でイチャイチャしていてください。私は、どうせモブキャラです」

「イチャイチャ?誰と誰が?」

エリーゼの疑問は俺も同じく抱いてしまった。離れた席の俺と千三十は、イチャイチャ出来る訳ではないし、エリーゼとの百合展開もあり得ない。そうすると後は、俺とエリーゼのことを言っているのかもしれないが……

「……そんなの、エリーゼと伸介の二人に決まっているじゃないですか?それ以外になにかありますか」

「……へ?私とシンスケが?イチャイチャ?」

「ないな。ありえない。それなら、空から槍が降る方がまだ現実味がある」

「そうよね。もっともあり得ない選択肢よね。こんな冴えない高校生と美少女な私とか釣り合わなすぎるわ……」

頭を抱えるエリーゼであるが、少し俺は納得がいかなかった。

「エリーゼって、実は、ナルシスト気味だろ?よく自分を美少女なんて言えるな」

「あら?事実を言っただけ。昼行燈のシンスケと高陵の花と言われクラスメイトがしゃべることすら悩んでしまう私じゃ釣り合う訳ないじゃない」

「それは、ただエリーゼが話しかけ辛いだけなのではないのか?」

「あら言うようになったわね、昼行燈飛び降り光の勇者様」

「あぁ、ナルシスト変態ポンコツ魔導士様には言われたくねえ」

「何よ!」

「なんだよ!」

「あー、ハイハイ。痴話喧嘩乙です。絶対、二人とも仲がいいじゃないですか。もう私、ツッコミませんよ、はあぁぁぁ」

いつもみたいに、俺たちの売り言葉と買い言葉の応酬に対して大きなため息をつく千三十。

その後も、喧嘩のストッパーこと、千三十を失い俺たちは、口喧嘩を続け、あまりのうるささに、喫茶店を追い出されるまで続いた。

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