5話『獣は、仲裁をする』
時間は少し過ぎ、午後の授業が始まってしまったが、千三十のこともあり、復学初日から授業をさぼってしまった俺たちは、屋上に三人で座り状況の整理をすることにした。
「で……チサトが見た怖いものって何かしら?」
魔力欠乏症から復帰したエリーゼがいつものツンとした表情を俺以外、正確には、千三十に向ける。まあ、俺が、エリーゼについて知っていることについては、ぶっちゃけ、そこまでないが、彼女は、明確な敵以外には、基本的に礼儀正しく優しいので、敵以外にこういう態度をするのは、珍しかったりする。
「うん……信じてもらえるか分からないのですが、その、世界が急に落書きみたいになってしまって、しかもみんな人形みたいに動かなくなくなったんです……」
「な!」
「嘘でしょ……」
俺も、エリーゼも、驚きのあまり、変な声が出てしまった。
恐らく、千三十のみた世界とは、エリーゼが使った『古き悪しき世界』のことだが、本来空間魔法は、対象者以外を傷つけないため、別の何かに置換する。置換されれば、空間魔法の中では、絶対に傷つかないし死なないのだが……例外もいる。
「理から外れた獣(エクセプション)……けれど、それは、精霊の風が一切ないない現実世界じゃ生まれえるはずが……ないはずなのに」
理から外れた獣。異世界……エルスダムにいた頃にはよく居た幻獣……RPGで言うドラゴンやキマイラと言った生殖行為から生まれない生き物の総称。
生態としては、精霊の風が形を成した生き物で、エルスダムでは、台風みたいによく発生するのだが精霊の風が無いと生まれない。
「えく……なんですか?伸介もエリも私をなんか怖いもので見るような目をして……」
「……なあ、エリーゼ、やっぱり、説明しないといけないよな」
「不幸か幸いか私たちの助けになるのは確かだし……説明して納得してもらうしかないんじゃない?まあ、一度失敗しているけれど」
「?」
一度、正確には、異世界から帰ってきた時の病院。混乱していた時に勢いで異世界について千三十には、説明してしまった。あの時は、信じてもらえなかったが、異世界の鱗片……エリーゼの魔法に触れたことにより今なら、異世界について信じてくれるのかもしれないし、理から外れた獣の疑いがある千三十は、理解していないといけない。
「なあ……前に、千三十に異世界について説明したよな」
「はあ、あのネトゲの……」
俺は、真剣な面持ちで話したはずなのに、千三十は、今話すことかと思っているのか少し俺のことを睨んでいた。
「いい、もう貴方は、今までの日常には戻れないのかもしれない。だから、これから話すことは、全て本当。チサトは信じる義務がある」
「あ……あのおふた方……目が怖いのですが……」
なんというか、顔見知りでもあるが交流があるエリーゼにまで真剣な顔をされ、今の状況がふざけていないということを知ったのか、千三十は、少し怯えていた。
こうして、俺たちは、失踪していた一年。異世界での三年間を千三十に語り始めた。
病室の頃とは違い千三十も話を真面目に聞いてくれていた。
「……わかりました。信じます。二人が、異世界に居たことを。それに私が、少し変わっていることも」
三年間を語ることは、やはり骨が折れ、気が付くと何度目かの予鈴がなり、あたりは、夕焼け色に染まっていた。
「……長かった」
「そうね……話の節々での質問を理解するまで聞かれるなんて思っていなかったわ」
面白い話が聞けたからか、つやつやとしている肌の千三十と相対し俺たちは、疲れていた。単純に、異世界での常識を常識として現代に生きる千三十に理解できるように話すには、1+1がどうして2になるのかを理論から話すようなもので、時間も死ぬほどかかってしまった。
「す……すみません!私の理解が悪かったみたいで」
謝る千三十だが、千三十は、一切悪くない。
そもそも、こんな話、普通に聞いたら、頭がおかしいとしか思わないのだから。
「大丈夫だ。この魔族が悪いんだから」
「何よ!こっちの世界じゃヘッぽこ勇者が説明下手なのがいけないのでしょ!」
「なんだって!」
「何よ!」
「あー、なんでしょう。このやり取り。異世界の話を聞いた後だと凄くスケールが小さく見えてしまいます」
いつもの決まったやり取りを見て呆れる千三十。しかし、千三十の反応が少し変わったことを見るに理解はされたみたいで、少し俺も嬉しかった。
「まあ、俺たち異世界じゃ殺し合っていたし」
「ねえ?そこから考えれば、流血沙汰にならないだけ可愛くなってしまったわね。私たち」
お互いの顔を見ると少しおかしく感じてしまった。確かにエリーゼとこうやって、普通に話す機会がまたできるなんて思っていなかった。
「しかし、不思議ですよね。ライトノベルとかでは、異世界転生者同士は、味方が相場なのに、完全な敵対関係での転生とは……世界って不思議ですね」
なんとも凡庸な回答ではあったが、その通りだった。
俺もエリーゼも転生する立場が逆転していてもおかしくはなかった。どういう基準で俺たちは、転生されたのかは、分からないが本当にそこは、俺たちすら分からないことだった。
「というわけで、私が、思うに二人の仲が悪いのは、確かに納得です。伸介は、全のために一の種族……魔族を殺してしまい。一のために全を敵に回した結果、自分が手を下した訳ではないにしろ、伸介の恋人を殺してしまった……うん、二人とも怒るのは、正しいです」
俺とエリーゼの軋轢を簡単にまとめてくれた千三十。
「俺だって……殺したくなかった……魔族だって救いたかった……けど……」
確かにそうであった。俺は、勇者として、元々奴隷であったが、それに反逆した魔族をこの手で殺してしまった。それは、俺の罪。
最初は、魔族も助けようとしたが、周りからの期待や、個人的な恨みが生まれ八つ当たりの様に魔族を殺していってしまった。
今でも覚えているあの感覚、肉を割き。返り血がシャワーのように俺に降りかかる。鏡を見るとそこには、勇者ではなく悪魔がいたこと。
「そうね……私もジャンヌを殺して……」
そして、エリーゼは、涙を流していた。
エリーゼは、魔族からのスパイとして俺たちのいるパーティーに参加していたころがあった。その時、当時は、恋人ではないがジャンヌとは、俺の知らない所で友情を育んでいたらしい。しかし、とある戦闘でエリーゼの部下の魔族が、俺を殺そうと撃った毒矢をジャンヌに当ててしまい、殺してしまった。
戦闘が終わり、悲しみに暮れる俺に身分を捨てる覚悟で謝ってきたエリーゼだが、俺もそこまで人間は、できておらず、俺たちの仲が決定的な崩壊した瞬間でもあった。
それをエリーゼは、今でも悔いてくれている。
「はい!二人とも正義があったし、罪もありました!と言う訳で私からの提案なのですが」
手を叩き、互いに別のトラウマを持つ俺たちを元気付けるように切り替えてくれる千三十は、してやった李みたいな顔で提案してきた。
「お互いに、もう絶対に拭えない罪があるのならそれを水に流せとは、言いません。むしろ流しては、いけないのですが……けど!それなら立場は同じです!」
「そうだけど……」
「ええ……」
俺たちは、千三十の話の意図がつかめなかった。しかし、それは、互いの関係を変える何かで……
「手を取り合いましょう。今まで、仲良くできなかったのなら、今から仲良くなりましょう!同じ立場の人間同士ならできるはずです!最初は、難しいかもしれないです。けどそれなら私が、二人の親友になって強引にでも手を繋がせますから!ね!これから私たちは、お友達です」
千三十の笑顔は、俺たちの異世界でのわだかまりを解決しようとしてくれていた。
俺たちは、分かり合えないかも知れない。けれどそれは、過去の事かもしれない。
罪を流すのではなく、罪を認める。忘れるのではなく、忘れない。
きっと、俺たちは、異世界に居て忘れかけていたこと、それを千三十は、思い出させてくれた。
そう考えると……涙が……
「あれ、千三十が……凄く大人に……見える。あんなに泣き虫だった千三十に慰められるなんて……。糞……なにが正義だ……勇者だ……ただの悪魔じゃないか」
「……ジャンヌ、ごめんなさい。本当に……私は正しかったのかしら……もう何が何だかわからない……私は、誰なの……」
泣いている俺たちを優しく抱きしめてくれる、千三十。
それは、優しく……本当に幸せで……
「うん……うん……二人とも辛かったよね……悲しかったよね……」
「千三十……」
「チサトォ……」
俺たちが泣き止むまで抱きしめてくれる千三十だが、ふとつぶやく。
「あー千三十教があったら、信者獲得ぅーってやつですね」
「「いや!それは、おかしい!」」
俺たちのシリアスをぶっ飛ばすような、とんでも発言をする千三十。なんなのこの娘!怖いよ!異世界転生する前には気が付けなかったサイコ感があるよ!
「まあ、とりあえず、二人でごめんねと言う場ですので、私は、モブに徹しておくべきなのです。ささ!二人で謝罪タイムです!」
明るく俺たちを突き放す大天使こと悪魔千三十。俺たちは、しぶしぶ、顔を迎え合わせるとなんというか気まずくなってしまった。
「シ……シンスケから謝ってよ」
「なんだって……エリーゼから謝れよ」
お互いに、先を譲ろうとしているのだが、結果的にお互い先を譲らず。
「シンスケから」
「エリーゼから」
「謝りなさいよ、屑勇者」
「謝れ糞女」
「何よ!殺すわよ!」
「お前が死ね!」
なんというか、腹が立つので俺もついつい言葉が強くなってしまった。
「何よ!」
「なんだと!」
「……なんというか、根は深くて、もう私は、何もできないのかもしれませんね……全く、はぁ……」
何回目だろうか……このやり取り……お互いに顔を背けてしまい結局お互い謝らないまま時間は過ぎてしまい、結局、千三十の止めが入るまで喧嘩は続いてしまった。
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