4話『中二病過ぎる世界』

そして、翌日の霧埼高校、皆が待ち望んだ昼休み。俺は、なぜかエリーゼとお弁当を広げ、ご飯を食べることになっていた。

場所は、本来なら生徒立ち入り禁止の屋上だが、密談には、ベストと考え、いい天気でもあったのでここを選んだ。

「はぁ……なにがあって、伸介とご飯を食べないといけなくなってしまったのかしら……」

「しょうがないだろう。こっちの世界での生活は、お互い三年ぶりなんだ。一回しっかり、失踪中の事を話しておくべきだろう……」

「そうなんだけど……」

お互い、二人で昼食をとるなんて、本来は、絶対にしたくなかったのだが、半日高校生として生活した結果、相談しないといけないと言いうことが分かった。

例えば、自己紹介の時には、お互いに異世界でのことが原因で喧嘩になり、身体力測定で以上に高い数字が出てしまったり、復学初日から、目立つ行為がお互い多く、このままでは、普通の学園生活になじめないとお互い考えたのか、今日に限っては、嫌々ながら二人でご飯を食べながら、現代社会に馴染むための相談をすることにしたのだった。

「で……エリーゼ。分かったことはあるか?」

「そうね……単純に異世界で身体能力が驚くほど上がってしまった。こっちでは、一年だけれど、異世界で三年過ごしたことにより見た目……肉体年齢だけで言えば、三年成長しているのもあるけれど、異世界で身体能力向上の魔法を私たちは、使った際の影響が残っているのかもしれない」

「あー、そういえばあったなそんなこと。けど状況を整理するとやっぱり異世界とは、時間の進み方が違ったのな、この世界」

「まあ、そうね。けどそれは、問題じゃない。それより問題は、私たちにかかった、この魔法」

俺とエリーゼは、初めて戦った時、禁止魔法による身体強化をお互いに行わざる得ない状況になってしまった。

その魔法の効果と言うのが永続的な身体強化。超人的な身体能力を手に入れるが、元の人間には、戻れないというもの。永続的な魔法は、人体へどんな影響が起こるか分からないので禁止されていたのだが、異世界にいるなら問題ないと思っていたのが甘かった。

めっちゃ、影響出ているんだけれど!

「まあ、肉体強化については、また後で考えるとして他には……学力が……三年も勉強していないと……」

それに、学力も問題であった。三年も勉強していないと、俺みたいに、もともと頭の良くなかった生徒は、地獄のような苦しみを味わうのだが……

「え?勉強については、私なんとかなりそうだけれど」

「なんで!?」

むしろ、なんでそこが問題なの?とでも言いたいような表情のエリーゼ。

「いや、私、そもそも、異世界に行く前から、勉強なんてしなくても学年順位一位だったけれど……むしろ、光の勇者様が御勉学でお悩みなら、私、元魔族魔導士のエリーゼで良ければ、学問についてご教授いたしますが?ゆうしゃさま」

「……っく嫌味は、それくらいにしろ空間魔導士。……空間魔導士?」

俺は、ふとあることに気が付いた。

エリーゼは、異世界では、空間魔法を得意とする魔導士。空間魔法は、自分の体内魔力で空間を自分の有利な状態に書き換える魔法。唯一精霊の風を要さない最強の魔法……

法則に生きる生物が唯一手に入れた矛盾した魔法『のようなもの』。

分類がないからこそ、魔法と呼ばれているが違う何かを魔法として定義して発動を可能にした魔法。

「なあ、空間魔導士なら、こっちでも、空間魔法が使えるんじゃないか?」

「……使えるかもしれないけれど。やってみる?戦いのない世界じゃ意味はないけれど」

……おそらく、エリーゼは、空間魔法は試さなかったのかもしれない。通常魔法のように空間魔法は、この現代では必要のない戦闘系特化の魔法であるからというのが大きな理由であるが……

「いやさ、空間魔法でこの世界にも精霊の風を顕現できないかと思って」

「……流石、光の勇者、姑息さなら天下一品。けど使えても、現代じゃ、私たちが殺し合うくらいにしか使えないじゃない」

さらっと物騒なことを言うが今は、スルー。

「いや、魔法が使えるのなら、俺たちが、現代に馴染めるかもしれない。例えば、肉体弱化魔法が使えれば、永続的に続く肉体強化も多少は、抑えなくても生活に支障が出ないとかさ」

「……それは、願ってもないけれど、弱化魔法をシンスケは使えるの?」

「使えない」

「……あんた、それ、私に頼りっきりなるけれど、私が、シンスケに協力する義理なんて……」

そう、たとえできても元々敵同士の俺たちが協力する義理などない。今回も必要だから集まっただけであるから、これから手を取り合うなどできないことだったが、一つだけ、エリーゼが、俺に協力するための交渉条件を持っていた。

「なあ、エリーゼ。お前料理できないだろう。今、お前は、購買でパンを買っているし」

「そうね。それが何か?」

それがどうしたのよと言わんばかりに俺を睨むエリーゼだったが、彼女は、理解していなかった。俺の取引材料を。

「なあ、俺の弁当。だれが作ったと思う?」

俺は、弁当箱をエリーゼに見せつける。中には、唐揚げやハンバーグをはじめ、弁当の主役たちがいっぱいいるものだった。

「チサトでしょ?あの子、前もシンスケの家にご飯を作りに来ていたじゃないの?」

「違うぞ。あくまで、千三十は、俺がいない間の家の掃除。料理は、せいぜい、火を見たりするくらいしかできない」

そう、千三十は、元々料理が苦手で、あるため、両親の仕事が少ないときは、俺の家にご飯を食べに来ていたのだ。そして、その料理を作っていたのは……

「え、じゃあ料理を作っていたのは……」

「俺だ。この唐揚げもハンバーグも手造り」

「……まさか」

「そう、もし協力してくれるのなら、明日からは、お弁当を作る数増やそうかな……なんて、しかも、タダで」

悪魔的な、交渉。

人の食欲に漬け込み自分の望んだことを叶える。やっていることは、魔族同然では、会ったが、必要なことである。

「……そ、そんなことで私が屈するわけ……ないじゃない」

抗おうと、購買のサンドウィッチを口にしようとしたエリーゼに俺は、追い打ちをかける。

「うまいぞ……お弁当用に熱が冷めてもおいしく食べられる味付けにした唐揚げは」

「で……でも」

「まあ食えばわかる」

「な……何をするつも……んぐぅ……」

少し、座ったまま後ろへ仰け反ろうとするエリーゼの口の中に俺は、強引に唐揚げを入れる。そうするとエリーゼは、そのまま咀嚼し始めた。

「あむ……あむ……ゴクッ。肉の中から染み渡るうま味……それにこの甘さは、はちみつ……くやしい……こんな糞勇者に懐柔されるだなんて……」

「お……今、協力するなら、他にも……ハンバーグもやろう。それも毎日」

「毎日……」

エリーゼは、ゴクッとのどを鳴らすと震えた声で俺に問いかけた。

「おかずのリクエスト……は、ありかしら」

「ありだ」

俺は、もうこの時点で勝利を確信した。一度食べれば病みつきになる麻薬の様に中毒性のあるおいしさと千三十にも評価された料理、唯一、この現代でも得意だった料理。

これで、エリーゼが懐柔できないならそれまでだが、エリーゼの頬は綻び、明らかに欲に負けた顔をしていた。

「……明日は、おかずにアスパラベーコンを入れてくれるなら、展開しても構わないわ」

「もちろん、最高にうまいのを入れてやる」

そして完全に落ちた食べかけのサンドウィッチを咀嚼し終えると周りを確認して立ちあがった。

「たく……約束破ったら、殺すわよ」

「勇者は、約束を破らん」

「……エルスダム所属っていうだけ私にとっては、疑うべきものなんだけれどね……さてと、やりますか……」

目を閉じ、集中するエリーゼをみて俺も一度箸を止め、空間魔法の成功を願った。

「我は、全にて一であるもの。冒涜するのは、時空と信仰。巡り巡って舞い戻るは我が体内(うちゅう)。世界の理を冒涜せよ。『古き悪しき世界(ビンテージ・トイボックス)』」

 瞬間、エリーゼを中心に屋上が侵食され、形を変える。自分たち以外がすべて、クレヨンで書いた子供の落書きに変わり、人間は、皆人形に変わる。

「で……できたけれど……外部から取り込める精霊の風がないから……あんまり維持は、できなさそう」

「まあ、そりゃあ、魔法である限り、外部から精霊の風を取り込む必要は、あるからな」

『古き悪しき世界』

空間魔導士の最奥とまで言われる秘術。一定の世界の理を変え、疑似的な神にすらなれると言う魔法。維持には、外部からの精霊の風を使うが、発動すれば、その世界では、ほぼ無敵になるという、いかにもチートな魔法で、エルスダムの頃は、この呪文に何度も苦戦を強いられた魔法『のようなもの』

「……何度見ても慣れないな、この世界。恐怖とか不気味を通り越して、なんというか芸術的な世界になっている。けれど精霊の風は多くないがしっかり再現できている」

俺は、軽く魔力を放出してみるとしっかり、小さな光が、俺の手から出て来た。

「ンッ……そ、そうね……」

「ん?どうした、やっぱり、精霊の風がない世界では、辛いか?」

俺は、少し心配そうにエリーゼに声をかけるが、口数は減っていた。維持するのは、やはり大変なのかもしれない。使えないから分からないが、空間魔法は、維持が、異常に大変で自分でも使うのは、難しいとエルスダムにいた頃の仲間が語っていたことを思い出した。

「辛くないわ……うん。大丈夫だから、待ちなさい、肉体弱化の呪文ね……唱えるから……『誤植された記事(ゴシップライト)』」

エリーゼが唱えた魔法により俺の身体強化の呪文が水に流されたように少し和らいでくる。

「おお!やったぞ!なんか元に戻った気がする」

俺は、自分の体にあった当たり前のようなものが抜け、多少の違和感。それが、魔法の成功であることを知っていたから、エリーゼにもそれを伝えたのだが、その表情には余裕が一切なかった。

「……その魔法。一か月しか……効力無いから……これから私にしっかりお弁当を……作りなさい……そうすれば、またしてあげる……から……うぅ」

そういうと、エリーゼは、気を失い『古き悪しきせ世界』は、解除され、侵食された世界は、元の形に戻ったのだが、それと同時にエリーゼは、気を失い、俺の方に倒れて来た。

「え……エリーゼ!?」

「んく……無理ィ……精霊の風が無いから……もう魔力不足ぅ……かく」

そういうとエリーゼは、そのまま寝てしまった。

見なくてもわかる。異世界にいたときに何度も見た症状。急性魔力欠乏症。体内の魔力を多く使った時に起こる症状。酸欠の様に倒れてしまうが、数時間寝てれば治る。

「まあ、こんなところで放置するわけにもいかないか……。しかし、強引に魔法を使うとここまで弱ってしまうのか」

魔力欠乏症は、初めて魔法を使う人間に起こる症状なのだが、魔族一の空間魔導士であったはずのエリーゼがこの様になってしまうというのは、異常なことであった。

エリーゼには、悪いが、現代で魔法を使う危険性が実証されてしまった。つまり、この世界で、異世界の力を行使すること自体が危険な行為である。

それが、現実だ。認めないといけなかった。もう俺たちは、異世界の住人ではないことを。

「はぁ……さてと、保健室でエリーゼでも寝かしたら、授業に戻るか」

俺は、エリーゼをおんぶし、屋上を出ようとすると扉が内側から開いた。

「……あれ?千三十?どうしてここに?」

そこには、涙を目にためた、千三十が、立っていた。そうして、俺を見るや否や、抱き着いてきた。

「こ……怖かったです。怖かったあぁ……」

「あ……あの……千三十さん、ど……どうしました?」

慌てて千三十を抱えようとしたが、エリーゼをおんぶしていたことを思い出し、俺は、少し困った……

「……イった!」

こともなく、ここは、心を鬼にして、エリーゼを抱えていた手を放し、千三十の頭を撫でてやった。

両手を離したことによって尻餅をついたエリーゼは、目を覚ました。

「あ……あのシンスケ?なんか凄く痛そうな声が聞こえたのですが……」

「あー知らん。気のせい、気のせい」

考えてみたら、元敵で何度も殺し合った仲だぞ。今更情を与えるような関係でもなかったし。幼馴染と仇敵、助けるのなら幼馴染に決まっている。

「ちょ!なによ!なんで女の子を乱暴に扱うのよ!」

「や……やっぱり気のせいなんかじゃ……」

「いや、気のせい。どうした千三十?俺で良ければ相談に乗るぞ」

「ていうか!シンスケ!あんた私を使うだけ使って何よその態度!」

聞こえない。エリーゼなんて女の声は、一切聞こえない。魔力不足で腰も上げられないようなエリーゼなんて俺は知らない。

「だーかーらー私を無視するなあぁぁぁぁ」

「あの……絶対伸介の後ろにエリがいますよね?かわいそうですし、一階仕切り直しませんか」

「チッ……仕方ない」

千三十のお願いとなったら、無視する訳にもいかなくなり、仕切りなおすことにした。

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