1話『現代転生はつらいよ』
目が覚めると、知らない天井が見えた。
「あー、こういうアニメ見たことあるなあー。なんだっけ?」
病室で目が覚めた俺、異世界……魔法公国エルスダムにはなかった科学的な技術品の数々が、今いる場所が、魔法が発展した異世界魔法公国エルスダムではなく、現代日本であることが分かる。
「三年か……長いようで短い期間だったな、俺の異世界生活……不思議だな……千三十(ちさと)は元気かな……もう三年か……もう20歳くらいか……」
三年、短いといったが長い月日が流れてしまった。もう世界も俺が生きて居るなんて思っていないんだろうな。
異世界に行って唯一心残りであった幼馴染、三十木千三十(みそぎちさと)。異世界に行く前日、俺は、千三十と遊園地に行く約束をしたのだが、もう三年も待たせてしまった。
きっともう、俺のことなんて待っていない。
俺は、もうこの世界では孤独だった。
「はは……あっちに行った時は、早く現代に戻りたかったのに今となっては、エルスダムに戻りたいか……バカかよ、俺……」
涙が流れてしまう。三年間の出会いは、俺の中にしっかりあった。しかしもう、俺を慰めてくれる彼女や相棒は、いない。
結局異世界に飛ばされても、こっちの世界に戻ってきても俺は孤独なのだ。
「あーあ。せっかくエルスダムじゃ光の勇者って言われてちやほやされていたのになー。もう、何もない。なんだよ、この孤独感。これが、エピローグだって言うのかよ。こんなのクソゲーじゃないか」
俺は、少し自称気味に笑っていると病室のドアを開ける音が聞こえ、その方向を向くと制服を着た、よく見ていた黒髪ツインテールに幼い見た目の幼馴染がそこにいた。
「良かったやっと起きたのですか……もう、一年もどこに行っていたのですか?」
「ち……千三十!?なんで!」
「昨日、ここの病院で行き倒れているのをお医者さんが見つけてくれて、伸介のご両親は、海外出張中で、会えないから、私がこうやってお見舞いに来てあげました。ありがたく思ってください。甲斐甲斐しく『一年』も待っていてあげた幼馴染への感謝が足りませんよ、伸介」
どや顔で俺に話しかけてくる千三十。三年ぶりの再会にしては、なんか素っ気ないが、マイペースな所とか、三年以上たっても似合う高校の制服は……
「うん……?なんで制服なの?それにもう俺がいなくなって『三年』だろ」
俺は、千三十と食い違っていた箇所を訂正しようとしたが。
「いえ、伸介がいなくなったのは、一年と少し前のことですよ。」
「一年!?ホワイ!?」
俺は、盛大に驚いた。千三十が俺のお見舞いに来たのもそうだが、それより、俺がいなかった年月だ。高校二年から三年は、少なくともエルスダムに飛ばされていたはずの俺。しかし、千三十は確かに一年といった。どうなっているんだ!?
「そうですよ!一年見ない間に随分たくましくなってしまって……一体、伸介は、どこで、何をしていたのですか?」
「いや……三年ほど異世界で勇者をしていました」
「ぷ……あははははは!なに言っているのですか!その冗談は、面白すぎです……あははははは!」
呆然とした俺は、ついつい、本当のことを言ってしまったのだが、それを聞いた千三十は、病室で、腹を抱えて、笑い出した。個室の病院だから良かったものの流石に俺だって、やってしまったとは、思ったが、こうなったらヤケクソになり、異世界で覚えた呪文を唱えてみることにした。
「ち……違う!冗談じゃないぞ!いいか、千三十、俺がこの三年……違った、一年で学んだことを見せてやろう!なんと、魔法が使えるようになったんだぞ!」
「おおーいいですね!見せてください!」
信じていないのか、面白そうに俺を見る千三十。絶対に驚かしてやると心に誓い、聖魔法の呪文を唱えだした。
「光り輝く光球よ、我が御手に現れ給え!『フラッシュボール』」
呪文『フラッシュボール』は、半日光り輝く球を出現させる魔法で、エルスダムで書物をあさる時によく使っていたのだが……
「……ん?」
「……で、魔法は、どこですか?」
わずかな沈黙の後、千三十は、俺に不思議そうに聞いてきたのだ。そう、何も起きない。
「ありゃ?おかしいな?」
「いえおかしいのは、絶対に伸介ですよ。一年間どこでさまよっていたのかは知りませんが、悪いものでも食べましたか?」
「……いや、そんなはずは」
俺は、改めて体内の魔力を練りこみ手から放出しようとしたが、そこで気が付いた。
「精霊の風(エーテルマギナ)が感じられない」
「えーてるまぎな……あはははは!なにを言っているのですか?!そんなのある訳ないじゃないですか!」
「い……いや……だから……」
俺は、慌ててしまう。精霊の風、体内の魔力を外に放出する物質で、燃焼材のような役割をするのだが、それが全く感じられない。空気がなければ、火が付かないように、精霊の風がなければ魔法は、発現しない。つまり……魔法が使えないのだ。
「嘘だろう現代人。精霊の風がないと人は、生きていけないのに……なぜ無いんだ」
エルスダムには、空気のようにあった精霊の風。生き物が存在として定義されるために重要な要素であるはずなのに…
「伸介……少し変わりました?もしかして毒電波でも浴びたとか、もしくは、妄想とか」
千三十は、俺をかわいそうな目で見る。確かに普通に考えたら滑稽なことをしているのだが、それは、俺の三年間……現実の時間では、一年間が否定されているようで……
「……エルスダムでのことは、妄想?」
「どうしたのですか伸介?顔色が悪いですが」
「な……何でもない」
確かに証拠はなかった。気が付くと病室にいて、エルスダムでの持ち物が一切ない。それに、もしかしたら、エルスダムでのことは、夢で……そんな馬鹿な……
否定したくなかった。仲間の記憶、相棒との思い出、そしてジャンヌとの会話も存在も。
しかし、どうやって証明する……
「そうだ!体の傷!」
俺は、一度魔族に胸を掻っ捌かれたことがあった。ジャンヌの治癒により一命は、取り留めたが、傷は、残ると言われて……体の傷があれば、エルスダムでのことが証明できる!
「きゃぁ!なんで脱ぐのですか伸介!」
「うそ……だろう」
胸元に傷は、なかった。
そう、本当にエルスダムでのことは、夢なのであった。それを証明されているようであった。信じたくない。信じたくない。信じたくない!
「だから!なんで脱ぐのですか!嘘とかではなく、伸介は言葉のキャッチボールをするべきです」
「うそだ!うそだぁぁぁぁぁ!」
俺は狂ったように叫んでしまった。あの世界も、恋人も、相棒も、仲間も、全ての繋がりは、妄想だった。嘘だった。無かったのだ。
では、俺の三年……違う一年は、なんだったのか……
「し……伸介!どうしたのですか!急に取り乱して!」
「うるさい!」
「きゃあ!」
俺に抱き着いてくる、千三十。しかし、今の俺には、現実に引き戻されるだけで初めて幼馴染が邪魔だと感じてしまい抱き着て来た千三十を思いっきり振り払ってしまった。
それは、罪悪感が増長すること。女の子に手をあげるという最低の行為であった。
「えぇーい!さっきからウルサイわよ!こっちは病み上がりなの!ドアぐらい占めて喧嘩しなさいよ!って……あれ?シンスケ?」
ドアが開いていたのか、俺と同じく入院していた金髪の少女が、注意をしに来たのだが、その顔は、よく見る顔だった。
金髪ロングに意志の強そうな青い瞳に大きい胸。見たことある少女だった。
異世界で。
「はれ?お前は、エリーゼ?」
そこにいたのは、空間魔導士にして、魔王の右手にして魔族最強こと真雁エリーゼであった。
「シ……シンスケ!あんた、しつこすぎるのよ!なんのストーカーなの!?魔王様を倒してエルスダムは、平和になったのに次は、魔族の残党狩り?!もう、あんたは、勇者じゃなくてただの狩人よ!闇よ、蔓延れ、時を侵食し敵を食いちぎれ『ティンダロス』!」
少し、慌て気味のエリーゼは、どこに隠れても必ず当たる攻撃闇呪文『ティンダロス』を唱えたのだがもちろん妖精の風がないため不発。
「エリーゼ、諦めろ。ここじゃ、呪文は唱えられない。というか質問だ。お前は、魔法公国エルスダムを知っているか?」
突然に現れた異世界での遭遇者、魔王の右腕で魔族一と言われた真雁エリーゼ。彼女が現代に居ると言うことは、異世界があるという証拠。俺は、その答えに淡い期待を持ち聞いた。無論、弱みを見せると何をされるか分からないので表情には出さない。
「無論知っているわ。私たち魔族が滅ぼしたくてやまない世界」
「そうか……そうか……良かった。妄想なんかじゃなかった……」
俺は、ついつい心の内を声に出してしまった。
「な……なによ……気持ちが悪いわね……気持ちはわかるけれど……確認だけれど。あなたは、聖剣カリバーンの所有者にして光の勇者、シノザキシンスケで間違えは、ないかしら?」
俺の態度にドン引きしているエリーゼ。しかし、恐らく彼女も、不安だったのだろう。俺と同じ質問をしてくる。
「そうだぞ。仲間とお前たち魔族を討ち滅ぼした光の勇者だ」
「そう……良かった。本当に良かった……」
顔を伏せて表情を見せないエリーゼ。彼女が今どのような表情をしているかは、分からないが、きっと俺と同じ表情をしているのだろう。
少なくとも昨日までのことがすべて、妄想という最悪の結果だけは、回避できたのだから。
「あ……あの二人は、どういう関係ですか?ネトゲのオフ会とかそういう関係?」
さっきから、俺たちの話について行けずポカンとしていた千三十。
それはそうだ。現代に居た千三十には、俺たちの話がネトゲか妄想か、はたまた、狂った狂人同士の話なのか見分けなどつかないのだから。
「あー、千三十……俺とエリーゼの関係は……ライバル?」
「憎むべき仇敵じゃないかしら?」
「いえ!伸介たちの関係が、私には、さっぱりですよ!」
なんというか、説明し辛い状況に会の喜びを語り合うわけでもなく、お互いの憎しみをぶつける訳でもなく、幼馴染に今、自分たちがどういう立場に立っているかと言う説明をただただ、面会時間が終わるまで、ぐだぐだとしていただけなのであった。
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