第6話 序章

 話しながら私たちはさっきの礼拝堂に移動していた。ここは静かで打ち明け話をするには丁度よい。


「話してくれてありがとうございます」

 

 何がありがたいのか。私が売った些細な恩のお返しに、私が聞いてもらった話なのに。と思ったがもちろん口に出しては言わない。そういう定型句だと分かっている。


「こちらこそ、ありがとうございます。少し、楽になった気がします」

「普通の人はこうやって過去の辛い感情を清算するのですけれどね」

「普通では、ありませんから。私は。悪い意味で。……でも覚えておきます」

 

 最後に少しだけ前向きなことが言えて、私も祭司さまも僅かに微笑んだ。


「いつかお人形さんではなく、あなた自身がちゃんと幸せになれる日がくることを祈っていますよ」

 さすが、いいことを言うじゃないですか。今のはちょっと胸に来ましたよ。

「私は……今のままでも十分です」

「足るを知るのはよいことですね」


 話にも区切りがついてきたところで、私はそれそろ少女のもとに行ってあげなければと思い立ち上がる。

 だが少女は意外なことに向こうからやって来た。マウ君の手に引かれて。


「ルーウィさん! 動かなくなっちゃった!」

 

 壊れたと言わない辺り、自律モードの精霊人形の処理能力に限界があることを分かっているのだろう。手を引っ張られている少女も、それはそれで一応きちんと動作しているし。

 

「ごめんね。私が操作を離れたから。みんな喜んでくれた?」

「うん! ありがとう」

 

 そうか、よきよき。私はタクトを振って少女の自律モードを解き、私の横に立たせた。


「では私は子供たちと昼食の用意をしに行ってきます。よければ食べていきませんか?」

 その台詞は私に否と言わせない、あるいは拒否することを想定していないようなニュアンスだった。

「分かりましたよ」

 

 だから私の返事もちょっと文法的に変なものになった。


「マウはルーウィさんとお人形さんの相手をお願いします」

「はい、祭司さま」

 

 マウ君は右手を額の前に挙げて答えた。それ敬礼じゃないの。

 そうして礼拝堂の中身は私と人形の少女、そしてマウ君の三人(?)に入れ替わった。


「祭司さまと何を話してたの?」

 

 長椅子に腰かけながら何の気なしに尋ねてくるマウ君。


「私の普段の仕事とか、ね」

 私も何の気なしに、という風に装って答えた。……勘付かれていないよね?

「そっかあ。仕事は忙しいの?」

「どうして?」

 

 つい質問に質問で返してしまった。自分のことを聞かれるとまずその意図から尋ねようとするのは私の悪い癖だった。

 

「またこれからも来てくれないかなって。でも迷惑だったらいいんだ。僕たちだって昨日たまたま知り合っただけの仲だもん」

「迷惑じゃ! ……ない」

 

 苦笑いしながら言うマウ君に、私は慌てて否定する。ほとんど無意識に口を突いて出ていた。だから直後に恥ずかしくなって、私は俯きがちに顔を俯かせ、それを誤魔化すように少女をマウ君の隣に座らせた。

 私は急にどうしたのだ。あんなに大きな声を出したのは何年振りだろう。

 まるで、マウ君と会うのが今日限りになるのを寂しがっているみたいだ。

 ……いや、本当にそうだったりするの?

 

「ねえ、マウ君」

 

 そう言葉を発したのは少女の方だった。マウ君もそちらへと首を回す。そして小鳥のさえずりのように高く澄んだ声色で、私の幼き日の姿を模(かたど)った人形が喋り出す。


「もし君さえよければ、私とお友達になりませんか?」

 

 微笑をたたえて、淀みなく告げる少女。人形でなければこうすんなりはいかなかったところだ。一方の私はタクトを手でいじりながらそわそわと目を泳がせていた。我ながら一体何の茶番だ。

 するとマウ君は真面目な顔をして答えた。


「うん、いいよ。でもそれは君と? それともルーウィさんと?」

「そんな野暮なこと聞かないでよお!」

 

 私は思わず前のめりになって叫んだ。いけない。感情的になるとつい自分が喋ってしまう。私の間抜けめ。


「ねえ、もしかして本気で僕を人形と友達関係を結ばせるつもり? こんなこと言ったら怒るかも知れないけどさあ」

「うっ……」

 

 やめて、そのジト目をやめて。そんな目で私を見ないで。


「おままごとじゃないいんだし」

「うぐっ……」

 2ヒット。

「キャラクターと友達になるのは七歳までと言うか」

「ぐはっ……」

 3ヒット。

「でも、少女を通してルーウィさんと友達になるっていうんなら、僕は喜んで友達になりたいな」

「……え?」

 

 でも、という言葉が喉元までこみ上げてくる。だがマウ君の純粋な表情を見れば、彼が年の離れた私のことをからかっている訳でも、何か打算があってそう言ったのではないことも、理解できた。


「君は本当に調子が狂うよ。私が人形を介していても、それを通り越して直に私に構おうとする……」

 

 変な汗を首元ににじませながら、私は絞り出すように吐き捨てる。


「別に人形が詰まらない訳じゃないよ。むしろその逆。だからこそ、それを操っているルーウィさん自身にはもっと興味がわく」

「やっぱり、私と君では精霊人形に対する価値観が少しずれているみたいね」

 

 それは、人形を一つの独立した存在だと認める空想的な私の価値観と、人形をあくまで精巧に造られた人類の英知の結晶だとするマウ君の価値観の相違についてだ。


「それに、私は詰まらない人間よ」

「ルーウィさんが自分をどう思っているかなんて聞いてないよ。少なくとも僕がルーウィさんを魅力的な人間だと思うから友達になりたんだ」

「っ……! 君って子は本当に……」

 

 私は思わず後ずさってしまった。子供らしく純粋なのに、聡明で、迷いがなくて、ただただ眩しい。その輝きを、少女ではなく私自身が浴びたいと思えてしまうほどに、憧れる。


「変な子」

 そう言うと、マウ君はに悪戯っぽく笑った。

「ひとのこと言えないと思うけどなあ」

「もう、いいよ。だから……」

 

 苦笑いしながら私はその手をマウ君のもとへ伸ばそうとした。が、自分の声が上擦っていることに気付いて慌てて手を引っ込め、口元を覆った。その手の人差し指に、一滴の涙が当たった。

 ちょっと待って。私いま、泣いているの?


「ルーウィさん……?」

「……ごめん、私誰かに褒められたことがあまりないから。何か感極まっちゃったみたい……」

 

 色々乗り越えたつもりでいたが、私はまだ自分自身の幸せに慣れていないらしい。

 精霊人形の少女はあくまで私の過去を「弔って」くれるだけ。どこまで突き詰めても、その本質は変わらなくて、私の一人人形劇はいつだって過去の自分にあてた弔歌だ。

 それはそれでいいのだけれど、今の自分が幸せになるためには私自身が手を伸ばさなければならないのだ。そんなことを、こんな小さな少年に教えてもらった。

 

 だから、もう一度仕切り直しだ。

 今日という日が、君との出会いが、私の中の何かを変えていってくれることを期待して。

 少女を操って私の横に立たせ、その手を握る。あなたにも、ちゃんとした名前を付けてあげないとね。

 少しだけ、私に勇気をください。

 私は改めてマウ君の方へ手を差し出した。


「マウ君、私と友達になってください」

 

 その答えは聞くまでもなかった。

 固く握手を交わし、私たちはどちらからともなく笑い合った。


「――ねえ」

「なに?」

「君、将来は素敵な男の人になるよ」








fin.

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人形遣いは過去を弔う 西田井よしな @yoshina-nishitai

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