第3話 約束
私は「どこから話そうか……」と前置きを挟んでからこう説明した。
「そうね。この子は小さい頃の私に似せて作られた特注品なの」
「ルーウィんさんが子供だった時の姿ってこと?」
「そうとも言えるけれど、正確には実際よりかなり美化しているし、性格まで似せている訳じゃないからそっくりそのままではないかな」
今のは少し自虐だ。
「じゃあこの少女の名前はルーウィなんじゃないの?」
注意深く、あるいは興味深く私と少女を見比べながらマウ君が尋ねる。
「そこね。私と同じ名前にしたら、私と同じ人生を辿りそうで縁起が悪いの」
「縁起が、悪い?」
しまった。
「あ、ごめんなさい。今のは気にしないで」
私は営業で培った隙のない笑みで何とか誤魔化す。
つい変なことを口走ってしまった。私が言いたいのはそんなことではなく、
「この子は私であって、でも当時の私とは違う経験をするの。綺麗なものを見せて、色んな楽しいことをして、この子が幸せそうにしているのを眺めるのが私の趣味なの」
「それはルーウィさん自身がそうするのじゃ駄目なの?」
それは至極当然な質問だ。でも、
「それじゃ駄目なの。それに実際は私がそうなるように操って、幸せそうな仕草を再現するでしょ? その過程も含めて目的の内であって、それが好きなの」
「うわあ、プロっぽい!」
大きくのけぞって感心するマウ君。そういう素直なリアクションは嫌いじゃない。私はくすぐったそうに笑った。
「ま、とにかくこの子は私の分身であって、私そのものじゃない。だから同じ名前は付けられないし、かと言って何かいい名前も思いつかなかった。だから仕方なく『少女』と名付けたの。どうせこれは個人的な趣味のための人形だから、本来誰に見せたりするものでもないし、別にいいかなって」
そう言って私は肩をすくめた。マウ君は私の話を聞いて何か思う所があったのか、それとも単に理解に苦しんでいるのか、黙って少女を見つめていた。口からは「ふーん……」と小さく息が漏れていた。
「自分一人のための人形劇……みたいな?」
やがて彼の口から発せられた言葉は見事に的を射ていてびっくりした。理解してもらえた嬉しさと同時に何か恥ずかしいものを見られてしまったような羞恥心がこみ上げて、少し頬が赤らんだ。
「す、すごい! そんな感じだよ。マウ君は頭がいいね」
「えへへ。勉強は頑張ってるからね」
そういう意味で頭がいいって言ったわけじゃないけど、まあ子供には同じことにしか思わないよね。
「将来は立派になって精霊院に恩返しするんだ!」
え? ……ああ。
その言葉に、私はしばし固まる。
そうか、マウ君は孤児なのか。
精霊院とは精霊信仰を掲げる教団であり、その施設のことだ。精霊院は宗教行事に留まらず呪術、医療、学術などを幅広く支えているが、孤児院としての役割も持っている。
こういう子はよく見ているから、ヒントさえもらえば雰囲気で分かる。劇の仕事で何度孤児たちのもとを訪れたことか。
「そっか、頑張ってね。でも今日はもう遅いから帰ろっか」
マウ君は名残惜しそうに「えー」とごねる。私はベンチから立ち上がりタクトを振って、少女をマウの前まで歩かせた。そして念を込めて私が再現したい動作のイメージを反映させる。
「今日はありがとう。またね!」
少女が滑らかで澄んだ声色であいさつをして、握手を求めた。マウ君は途端に喜んでそれに応じてくれた。
「うん。また! へへ、すごいや」
するとマウはポケットをごそごそと探り、やがて一枚のコインを差し出してきた。リンゴが一つ買えるくらいの金額である。
「こ、これは見世物じゃないからお金は取らないよ」
慌てて少女に喋らせたために最初の発音に失敗し、噛んでしまった。だがマウ君の方も引き下がらない。
「いいから。その代わりに明日とかでいいから精霊院に遊びに来てよ。僕もそこで生活しているんだ。皆にも見せてあげたい」
「だからこれは見世物じゃないってば!」
思わず私が直接喋ってしまった。これはいよいよこのおひねりを突き返さなければ面倒なことになりそうだ。少女で少し色目を使えばこの年頃の男の子など大人しく言うことを聞いてくれるだろう。
が、私の認識は甘かった。
「これも『少女』への経験だと思ってさ! まあルーウィさんが昔精霊院によくお世話になっていなければ、の話になるかもだけど」
「……っ!」
そんなことを言われたら思いが揺らいでしまうではないか。
……想像してしまった。少女が、幼き頃の私が精霊院で沢山の年の近い子たちに囲まれ、祭司さまが慈愛に満ちた温かい笑みを投げかけてくれる光景を。させてあげたいと思った。少女に、その幸せな経験を。本望だった。
「……ルーウィは、一応考えておくそうだよ」
間があって、少女が私に代わって返事をした。苦し紛れの機械的な声だった。人形遣いとして恥ずかしい。
それを前向きな検討だと受け取ったのだろう。マウ君はコインを少女の手に握らせた。
「じゃあ待ってるよ! さようなら、ルーウィさん」
「う、うん……」
私は弱々しく手を振って見送った。嬉々として駆け出していったマウ君だったが、階段の手前でふと振り返る。
「なんかこうして見ると、二人は姉妹みたいだね。ルーウィさんも少女に負けないくらい綺麗だと思うな」
そう言い残してマウ君は今度こそ去って行ってしまった。
「な……ちょっと……」
振っていた手が虚しく宙を掴む。何なのあの子は? よくもあの年であんな軟派な台詞を平然と吐けるるものだ。でもちょっと紳士的で素敵だと思ってしまった。いや落ち着け私。あれは単なる社交辞令。真に受けちゃダメ。からかっているのかもしれない。
少女は、この子は私より美しくないとダメなのに。
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