第2話 観劇
「綺麗な人形さんだね」
突然背後から、まだ変声期を迎えていない男の子の声がした。振り向いてみると、果たしてまだ十代の折り返しといった年頃の少年が立っていた。男性用の丈の短いチュニックにチェック柄の半ズボンをはいている。至って健康的で清潔で、平凡だ。
「分かるの? この子が人形だって」
少年は明らかに私に向かって話しかけていたので、純粋な疑問を投げかけてみる。
「お姉さん、人形遣いでしょ? タクトを持っているし、そこにある棺みたいなのって精霊人形のケースだよね?」
「ふふ。よく見ているじゃない」
なるほど、状況から判断した訳だ。少女の造形自体に問題がある訳ではないと分かって、私の些細なプライドは保たれた。
「ありがとう。この子のこと褒めてくれて。精霊人形は好き?」
私が尋ねると、少年はとことこと私の目の前に駆け寄って来た。
「うん!」
元気な返事に私もつい嬉しくなってくる。私はタクトを手に取って軽く振った。すると少女がこちらへ歩いて来る。私はベンチに立てかけていたケース――少女がすっぽりと入る大きさの黒い縦長の箱だ――をずらして少女のためにスペースを作り、座らせた。私もベンチの横に立ち、丁度私と少女が少年と向かい合う形だ。
「わあ、やっぱり綺麗だ。動きも滑らかで自然!」
後半の感想がちょっと面白い。
「君は呪術技工士みたいなことを言うんだね」
「だってすごいでしょ? 人の作ったものがここまで本物に近い精密な動作をするんだ。それに見た目もすごく自然で不気味さがない。特にこの目が潤って光を反射する感じとかが……」
「はいはい。私の大切な相棒をそうじろじろ見ない。行儀悪いでしょ」
「あ、ごめんなさい」
私は苦笑いしながら少年を制した。やっぱり男の子というのはこういう機械的で理詰めな部分に惹かれるものなのだろうか? 私にはちょっと分からない。
「私は精霊人形を生きている人間と同じくらい、ううん、それ以上に大切に扱っているの。それは壊れないようにとか、傷かつかないようにとかって言うのもあるけど。それは道具だからじゃなくて、友達や家族のように思っているからなんだ」
そう言って少女の頭を撫でる私に、少年はまだ興奮冷めやらぬ様子で「へえー」と目を輝かせている。
「そういう考え方もあるんだね」
「そうだよ。もちろん君のような考え方が気に入らないとか間違っているとか言うつもりはない。彼女たちをどう捉えるかは人それぞれだから。そういう価値観の繊細さも含めて、私は精霊人形が好きなの」
「そっかあ」
少年は大きく頷いた。子供には少し難しい話だっただろうが、分かってくれただろうか。
正直この世界では、精霊人形はモノとして扱われる傾向が強い。人間の姿をして、人間の動きを真似するだけで、所詮は他の呪術具と一緒なのだと。まあそのことについても語りだせば長くなるので割愛だ。
「この子は何て名前なの?」
少年が尋ねる。
「少女」
私は答える。
「え、ショージョ?」
少年が首を傾げる。
「そう。少女だよ」
「……?」
言いたいことは分かる。あまりに安直だと言いたいのだろう。本当にこの人形に思い入れがあるのかと聞きたいのだろう。分かっている。分かっているともさ。
「ええと、お姉さんは……あ、お姉さんの方の名前は?」
「ルーウィ。君は?」
「僕はマウだよ。それで、ええと……あれ何て聞こうとしてたんだっけ」
頭の中がこんがらがってしまったのだろう、頭上に疑問符を浮かべるマウ君に私は吹き出してしまう。
「どうしてそんな名前を付けたか知りたい?」
「うん!」
「そうそう、それだよ」と言いたげな表情でマウ君が頷いた。
私は「どこから話そうか……」と前置きを挟んでからこう説明した。
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