私はあなただけを見つめている

 俺たちは結局射的で据置ゲーム機を射抜くことができなかった。

 陽向が連射したコルク弾は十発中九発当たったが、やはり目玉商品なので落とせなかった。

 あのハードボイルド老人店主曰く、「兄ちゃんは当てるのはうまいがそれでもただ〝当ててる〟だけだ。だが筋は良いぞ」という事らしい。因みに九発はすべて陽向がやったもので残りの一発は俺が撃ったものだ。因みに些細なものだが景品を落とした。

 にしても陽向って射撃得意なんだな……。何気に凄い才能かもしれない。

 因みにあのハードボイルド老人店主がお手本を見せてくれた時は一発で仕留めた。やはりコツでもあるのだろう。

 だがそんなコツを自分なりに考察する暇などない。

 

「おい、陽向さんやーい。そんな子供みたいに拗ねないでくださいよ」


 陽向は俺の言葉を無視しそっぽを向く。

 俺は溜息をつき陽向のおでこにデコピンを食らわせる。


「痛っ」

「無視するな、そしていつまで拗ねてるんだ」

「だって……」


 陽向はそのまま俯く。

 まあ射的に来て何も景品獲れなければ俺も多少へこむとは思うが、陽向は落とすのが難しい景品に一点集中したわけだから取れなくても当たり前だろう。


「いい加減機嫌をなおせ、子供じゃあるまいし……」

「いいよね周君は景品に弾が当たって」

「でかい景品を狙いに行ったお前が悪い」


 だよね、と笑いながら言う陽向。

 いつまで後悔してても獲れなかったものはしょうがないと心の中で吹っ切れたのだろう。

 

「もうくよくよしても時間がもったいない! 早くいこ!」

「ちょ、陽向まて手を強引に引っ張るな」

「屋台全部回るんだからね!」


 俺は陽向に連れられるがままに焼きそば屋やお好み焼き屋、たこ焼き屋といった食べ物屋やくじや型抜き、水風船釣りといった遊戯系の屋台に連れていかれた。

 取り敢えずお金は多く持ってきていたのでそこまで支障は無かったが、結構財布が軽くなったな……。

 てか俺周りからどんな感じで見られてたんだろな。





「あー楽しかった」


 俺たちは祭り会場から少し離れた公園に来ていた。祭り会場だと人が多すぎてあまり休憩ができないからだ。

 陽向はベンチに座り伸びをしている。その隣にはくじの景品や水風船などいかにも縁日を楽しみましたというものが置いてあった。

 こりゃ結構大荷物だな……。

 俺は近くの自動販売機に行き缶コーヒーを買う。ガタンと落ちた缶コーヒーを取り出し口から取り出してプルタブをカシュっと開けコーヒーを飲んだ。

 苦みが口の中に広がり、疲れている身体をシャキッとさせる味だ。


「それならよかったな」


 陽向が喜んでくれたなら大丈夫だろう。

 しかし俺はまだ陽向に伝えていないことがある。

 それを早く伝えなければ――


「なあ、ひな――」

「ねえ周君、私最後にあの特別な場所に行きたい」


 俺の言葉を制止するかのように陽向がそう言ってきた。

 言いかけてた言葉を言えないもどかしさを残し俺は、


「ああ、行こうか」


 と言った。


「うん……」


 陽向も頷き俺たちは荷物をまとめて〝特別な場所〟へと向かった。






 〝特別な場所〟――といっても特に有名な場所でもないが地元ではしるしとぞ知る場所だ。

 そこは向日葵がそこの場所一面に咲き誇り、今は夜とあって月の光が向日葵に降り注ぎ幻想的な景色が目の前で広がっている。


「綺麗だね」

「ああ」

「周君は向日葵は好き?」

「嫌いではないな」


 俺たちはそんな会話をしながら向日葵の周りを散歩する。

 情景も綺麗だが月光に照らされる向日葵に勝る陽向の浴衣姿を見ながら俺は緊張しっぱなしだった。

 正直陽向が幽霊とはいえ、こうして隣に女の人と並んで歩くなんてことは一生ないなと思っていたが実際にあってよかった。


「さて、さて周君に問題です」

「いきなりだな」

「真面目に答えてね」

「ああ」


 俺はこくりと頷く。

 こうして唐突に問題を出題してくることは何回もあったけどここまで真面目な声のトーンでいうのは初めてだ。



「問題は二つ」

「一つ目はなんだ?」

「〝向日葵の花言葉はなーんだ?〟だよ」

「んで二つ目は?」

「〝シンデレラの魔法が解けるのは何時だ?〟だよ」


 二つ目の問題は正直誰でも分かる問題だろう。

 しかし一つ目の問題は分からない。というよりも普通の男子高校生が花言葉の一つ一つを分かっている訳がない。

 だめだ、分からない……。


「だめだ、降参する。どうしても一つ目の問題が分からない」

「じゃあ正解を言うね」


 陽向は俺を見て微笑むと、


「二問目は十二時に魔法が解ける。そして一問目は、向日葵の花言葉は『愛慕、光輝』そして『あなただけを見つめている』」


 陽向は近くの向日葵を手に取り、花の香りを楽しむ。月夜に照らされる陽向の姿は幻想的でいてどこか儚げだった。

 

「私はね、今日という日が終わったら消えてしまうの。そう――このかりそめの夢が覚めてしまうの……」

 

 俺は茫然としていた。なんとなく予想はついていた事だ。陽向が幽霊で現れたとはいえ、死人と会話できることがおかしいものだ。

 

「だから私はね、周君に伝えたいことがあったの。だから私はこうして幽霊としてこの世にまた現れたの」

「…………」


 正直言葉が出なかった。

 しかし分かったこともある。

 あの時、駅で夕日を見た時に見せたあの悲しげな眼はこういう事だったんだなと。


「だからね周君」


 陽向はこちらに振り返り、


「向日葵の花言葉のように。私は――あなただけを見つめている」


 そのまま陽向は俺の目を見つめ、


「好き、大好きだよ! 周君!」


 陽向はそのまま俺の元に近づき――唇を重ねた。 

 

 

 


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