思い出の夏祭り

「そろそろ起きろ陽向。もう着くぞ」

「う、うーん、……もう着いたの?」

「ああ、もうすぐで着くぞ」


 俺は寝ぼけ眼の陽向を全力で起こす。

 陽向は軽く欠伸をして、俺のほうを見る。


「ごめんね、寝てる間周君の肩借りてた」

「別にどうってことないよ。お前は昔からそんな感じだったからもう慣れた」

「なら問題ないね!」


 陽向はニコッと笑いそのまま肩にもたれかかる。

 周りには陽向の姿が見えていないので大丈夫だが、仮に陽向が生きていて公共の場でこんな事をするようであれば俺は拒絶するだろう。主に周りからの視線に耐えられないからだ。

 しかし見えていない今、俺にとっては嬉しすぎるぜ!

 俺は陽向に見られないようにニヤニヤする。にしても電車の中にあまり人がいなくて良かった。変人だと思われたら一環の終わりだからな……

 仮に変人だと思われても最悪陽向にバレなければ大丈夫――


「なにニヤニヤしてるの?」


 訂正、最悪のケースになりました。バレたぁ……


「なになに嬉しいの? 周君!」

「う、うるさいぞ陽向!」

「ほれ、うりうり~! 嬉しいでしょ!」

「もう降りるぞ!」

「残念……、せっかく周君デレたのに」

「……っるせ」


 これだから嫌なんだよな、昔から陽向は俺にからかいがいのある時はあたかもマシンガンのように攻めてくるからな。

 俺はギャンギャン言う陽向を無視し、電車の扉が開いたことを確認して電車から降りた。

 今日久しぶりに遠出をしたので地元がとても懐かしく感じる。

 外を見ると空が橙色に染まり日は西に沈んでいた。


「夕日、綺麗だね」


 さっきまで騒いでいた陽向が俺の隣に立ち、どこか寂しそうにそうつぶやいた。

 俺は夕日を見たまま、

 

「陽向って夕方嫌いだったっけ?」

「ううん、嫌いじゃないよ。けど……」

「けど?」

「もう――この一日が終わるんだなって思ったら寂しくなっちゃった」

「――っ」


 俺は口を噤む。

 陽向は俺のほうを見て笑ってそういうが、その笑みはどこか悲しげなものだった。

 俺は陽向の肩をガシッと掴むと、


「今から祭りに行くぞ! だから陽向は海行ったとき水着に着替えたやり方で浴衣に着替えろ!」

「い、いまから……?」

「ああ! 早くしろ!」


 陽向は少し驚いた表情で俺を見る。

 俺も冷静に考えたら確かに驚かれるかもしれない。いや、すごい形相で陽向に迫ったから萎縮しているかもしれないな……。

 まあそれでもいいや。


「き、着替え終わったよ」


 俺は陽向のほうを見ると、昼間の海とはまた違う格好の陽向がいた。

 昼間の水着は少し大人っぽかったが、今の陽向の姿――陽向の浴衣は正しく明るい陽向にぴったりで、向日葵をモチーフにした黄色く華やかな浴衣だった。

 俺はついその陽向の浴衣姿を凝視してしまう。

 陽向はもじもじしながら、


「周君……。何か感想とかないのかな?」


 照れた陽向が可愛すぎる!

 今まで以上に陽向がかわいく見えてつい告白してすぐさま玉砕されるとこだったぜ!

 ……想像上でも振られるんだな俺。


「超似合ってるよ! 正直見惚れた」

「――っ! あ、ありがと……」


 水着の時や過度なボディタッチの時は照れながら感想を言った俺を散々いじってきたくせに、なんで浴衣褒めたくらいでお前も照れるんだよ。

 お互い顔が沸騰したように赤くなり、そのまま静止する。

 

「……」

「……」

「祭り行こうぜ」

「……そうだね、周君」


 黙ってても埒が明かないので俺たちは祭り会場に向かうことにした。





 祭り会場――と言ってもこの町の大きな商店街がその会場だ。

 有名な祭りみたいに山車や神輿が豪華で知名度の高い祭りではなく、地元商店街の町おこしが目的といった至ってローカルな祭りだが、俺と陽向にとっては地元民としてとても思い出のある祭りだ。

 祭り会場付近では浴衣や甚平を着込んだ人たちがあふれていたり、祭りの代名詞である屋台や商店街が近いので沢山の商店街の店舗が開いていた。


「ねえ周君! 早くいこ!」

「急がなくても屋台は逃げないから安心しろ」


 めっちゃはしゃいでるな陽向……。

 まあ確かに俺も心の中では少しはしゃいでいる。

 これも祭りに誰もが抱く感情だろうと思った。


「周君! 私これやりたい!」


 そう言って陽向は射的の屋台を指さした。

 こういうところの屋台ってたまにヤのつく自営業の方とつながっているからな、良く見定めないといけない。

 今回の屋台はいかにもハードボイルドな老人が店番をしており、チャラそうな兄ちゃんがやっている店ではないなと確認したが、ある意味入りずらい射的屋だな。


「早くいこー!」

「……本当に行くか?」

「勿論!」


 俺は腹を括って射的屋に乗り込んだ。


「らっしゃい。弾は一回十発三百円だ……」

「で、では一回」


 俺は百円硬貨三枚を財布から取り出し、射的屋のハードボイルド老人に手渡す。

 にしても怖い。怖すぎる。絶対どこか現役で本物の銃でも扱ってたんじゃないかこの人……。

 てかよくよく思ったら陽向がやりたいって言っているが、こいつ幽霊だぞ!

 陽向曰く、物は触れるらしいが仮にそれで射的をしたとしても陽向の姿は俺以外の人には見えない。その場でポルターガイスト現象の出来上がりになる。


「陽向さんやーい、貴女もやりたいんですよね?」

「勿論っ!」


 ああ駄目だ、これもう言う事聞かないやつや。


「やるのは良いけど俺の言うこと聞けよ!」

「分かった!」


 で、こうなった。

 他の人から見れば脇も閉めずに、銃を身体に惹きつけないで射的をやるにあたり当たらなさそうな構えをしているに思われるが、俺から見れば――


「っんん、周君少しきついよ」


 陽向と密着状態だった。

 オイオイこんなラッキーイベントが俺に起きちゃっていいのかい?

 てか陽向の我儘要求とこちらの都合をすり合わせた結果がこんなにもやばい状態で密着とか凄すぎる。

 しかも好きな娘陽向とくっつけるなんてもう夢でしかない。

 

「よーし、いっぱいとるぞ!」


 陽向はやる気満々に銃を構える。

 俺は銃にコルクを装填させ、いつでも打てる状態にする。

 陽向の狙いはおそらくこの屋台で一番いい景品である据置ゲーム機を狙ってるだろう。


「良いか陽向、取り敢えず慎重に考えて撃てよ……」

「いくよー! 発射ファイヤ!!」

「いや考えて撃てよぉーーー!」


 打ちまくる陽向とは別に、俺の悲痛な叫びが夜の祭り会場に木霊した。






 

 

 


 

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