You are a summer dream
初めてのキスは――あの日に亡くなってしまった
正直夢なのかもしれない。
だが、ちゃんと唇に感触がある。陽向に触れられる。
やがて唇が離れ、俺と陽向は互いに恥ずかしくなり頬を赤く染め、目線を周りの景色に外した。
「……」
「……」
おいおい気まずいぞ。
あれ陽向ってこんなに恋愛ごとに積極的だったっけ?
「ね、ねえ周君!」
「ひゃい!」
緊張で思わず声が裏返ってしまう。
陽向は顔を真っ赤に染めて、
「そ、それで返事はどうなの……」
「お、おう……」
俺は緊張のあまり声が出なかった。
だってそうじゃないか。元から好きだった幼馴染から「好き」と真正面から言われ、それでキスまでしてもらったんだ。
――なら俺も陽向にきちんと、真正面から言うんだ。でなければ俺にその言葉を伝えるためにこうしてまた俺の前に現れてくれた陽向に失礼だ。
「俺は――ずっとお前の事が好きだった。大好きだ!」
俺は出せる精一杯の声で陽向に愛の言葉を言う。
冷静に見れば大きな声で愛の告白をする痛い人にしか見えないだろう。他の人がいればそれに加えて陽向の姿が見えないから一人で恥ずかしいことを言っている変人にしか見えないだろう。
だが――そんなことは関係ない。
俺は堂々と言える。
こんな俺のために、幽霊の姿になってまで俺に「好き」と言う言葉を言ってくれる陽向に――
好きだ、という言葉を。
俺は陽向を抱きしめ、唇を重ねる。
この行為も十二時を過ぎればやがて『夢』になるのかもしれない。
だが忘れたくはないんだ。
この『夢』のような一日を……。
俺は唇を離し、ガシッと肩を掴んで真正面から陽向を見る。
陽向は相変わらず顔を真っ赤にしている。こんな純情な陽向の一面が見れるなんて……、可愛すぎるっ!
「い、いきなりキスしてごめんな……」
「だ、大丈夫! 寧ろ嬉しかったよ……」
「……」
「……」
ダメだ、会話が続かないよ。
俺は陽向の肩から手を下ろし、緊張を和らげるためにズボンのポケットに手を入れた。
ポケットを弄っているうちあるものを見つけた。
「ねえ陽向、ちょっと手を出して」
「? こう?」
陽向は俺に言われる通り左手を出す。
俺は綺麗にラッピングされた箱からある物を取り出し、陽向の薬指にはめる。
「……はい」
「周君、これって……」
俺があげたのは、祭りの時にまぐれで当てた景品――ペアリングだ。
見た目はシンプルだが、かといって安物に見えないデザインのものだ。色はロイヤルブルーとブロンズレッドの二つで正直高級感に溢れていた。
「綺麗な指輪だね、周君!」
「確かに、でもごめんな。射的で当てた景品あげても嬉しくはないだろ」
「ううん、私とっても嬉しいよ! だって好きな人からプレゼントもらったのって初めてだから、だから嬉しいよ周君!」
陽向は屈託のない笑みを俺に向ける。
綺麗と陽向は空に左手を掲げる。左手の薬指にはめられたブロンズレッドの指輪は月光に反射し、光り輝いている。
俺も自分の左手の薬指にロイヤルブルーの指輪をはめ、陽向の右手を握った。
「綺麗だよ、陽向」
「……ありがと」
「なあ陽向」
「なーに? 周君」
――俺達、結婚しよう。
俺の口からプロポーズの言葉が綴られる。
陽向は口元を押え、顔を真っ赤にしながら大粒の涙を一滴また一滴と頬を伝いながら流す。
「私、死んでいるんだよ」
「構わない」
「周君と一緒に生きられない――今日一日だけの特別な存在だよ」
「構わない」
「私は周君に、何もできな――」
「構わないって言ってんだろうがーーーー!」
俺は陽向の言葉を制止するかのように、地響きがするんではないかと思わせるほどの大きな声を出し、陽向の言葉を否定した。
陽向は涙を流しながら、驚いた表情でこちらを見る。
すぐさま俺は陽向の肩を少々乱暴につかみ、ありったけの言葉を――陽向が生きていた時に伝えられなかった事を一つの言霊にしてぶつけた。
「俺はな、お前があの時死んでから凄く後悔したんだ! そうだ今も俺が告白をするタイミングを伺っている前に陽向に告白を先にされちまって、俺はタイミングを伺わないと告白できないようなヘタレだ。だから、お前が生きていた頃はいつでも告白できるだろうと一日、もう一日と先延ばしにして……」
「周君……」
「そしていつの間にか――お前は逝っちまった」
目から何か熱い液体が込み上げてくる。やがてその液体はあたかもダムが決壊するかのように溢れだし、やがて頬をつたう。
「だから俺は改めて自分の愚かさを知ったんだ。「いつでも伝えられる」という愚かさをね。大切なものは失ってから気づくってのは本当だったんだ。だから後悔をしてきた。だけどお前は――陽向は再び俺の前に幽霊の姿になって会いに来てくれたんだ」
俺は拳を強く握りしめ、
「だから俺は後悔しないように、まだ幼稚な等身大の俺を使ってお前にプロポーズをするよ!」
――大好きだ! 陽向! 結婚してくれ!
刹那、陽向が俺の胸に飛び込んで、
「よろしくお願いします……」
俺たちは、今日幼馴染から始まり恋人に――やがて婚約者同士になった。
そしてそのまま熱い抱擁を交わし――キスをする。
正直言って稚拙で幼稚でガキみたいなプロポーズだ。
だがこれが俺たちの等身大の姿なのだろう。大人みたいに品は無いが精一杯背伸びして大人の真似事をする子供のよう。
しかし、それでいてどこか俺たちらしいものだ。真正面から伝えたい思いを伝える。だからこうして俺たちは思いが伝わった。
「これが現実だったらよかったね」
「伝えられなくてごめんな、俺を恨んでくれ」
「そんなことないよ! 最後にプロポーズされるなんて夢に思ってなかったからね」
陽向は俺の手を握りながら月を眺め、
「だからこそ私はこの『夢』の中で永遠に眠りたかったな」
そう言った途端、幽霊ながら俺にはきちんと見えていた陽向の実体が薄く消えかかっていた。
「ひ……、陽向……」
「かかっていた魔法はやがて解け始める。――お別れだね、周君」
う、嘘だろ……。
俺はまだ伝え終わっていないのに、何故消えてしまうんだ。
「消えないでくれよ陽向! 俺はまだお前と一緒に話をしながら一緒に居たいよ」
「駄目だよ周君。だって死人に口なしって言うでしょ。ただでさえ世の理を無視しているのにこれ以上特別扱いはされないよ」
陽向は優しく俺を抱擁で包み込み、優しい声音でそう伝える。
俺は涙が止まらず顔を腫らし、鼻水も垂れ流しで泣きじゃくった。
なんで、もう終わりかよ……。
神様よ――そんな事ってあるのかよ……。
「周君、駄目だよ男の子がこんなみっともない顔でいちゃ」
「……」
「大丈夫、周君は強い子だから。せめて最後は――笑って見送ってほしいな!」
そう会話していくうちにも陽向の体はやがて透き通っていく。
その姿はまるでシンデレラのように、王子に会いに一夜の『夢』を見た優しき少女のようだ。
俺ははしたない顔を見せないために腕で涙や鼻水を拭い、精一杯の笑顔を陽向に見せた。
陽向もその笑顔に答えるように笑顔を見せた。
「私は! 周君の事が好き! 大好きです!」
「俺も陽向の事が大好きだ!」
互いに愛の言葉を交わす。
もう、今日という日が終わる。
今日という『夢』が終わる。
「ねえ周君。私にとって最後の夏と共にこの『夢』が終わるから……、最後に一つだけお願いを聞いてもらっていいかな?」
「何だ、何でも聞いてやる」
「ならよかった」
お願いっていうのはね――――――――
……
…………
………………
そして、俺は眠りから覚めた。
日にちは八月三日。
――確かにあったあの陽向のぬくもり、声、しぐさ。
だがもう陽向はいない。
もう、決して陽向と触れ合えないだろう。
共に愛を叫ぶことだってできない。
俺は机の上に行き、陽向の書き残した予定表を取り、思い出に浸る。
その紙を裏返す。そこには陽向が走り書きしていった言葉が書いてあった。
「全く、消える前に言ってほしかったよ。おかげで――口の中が涙でしょっぱいじゃないか……」
俺はその予定表を机の上に裏返ししたまま置いて、顔を洗いに洗面所に行った。
その紙には陽向が走り書きした言葉が書いてあった。
――いい一日をありがと! 元気でね!
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