幽霊幼馴染は海を所望①
俺は今電車に揺られている。
夏の電車の中は、まさしく天国に近かった。
ガンガンと車内にクーラーがかかっており、外で暑い思いをしながら徒歩で移動していた俺にとってはもうここから離れたくない勢いでこの環境を堪能していた。
「ねえ周君。ちゃんとわかってるよね?」
「勿論、電車の中でクーラーを堪能することだよな」
「ちがーう! 海だよ、海に行くの!」
「分かっているよ、冗談で言っただけだ」
もう、と陽向は頬を膨らませながら拗ねていた。そんなあざとい姿の陽向を見ているとまたしても生きている頃の陽向の面影と重なり、思わず笑みを浮かべてしまう。
「なにニヤニヤしてるの?」
「……別に」
「分かった! エッチな事想像してたんだ!」
「っちっげーよ!」
「もう、周君の変態さん」
「……帰るぞ」
「ごめんなさい、調子乗りましたから帰るのだけはやめて~」
はあ、と溜息を吐く。
にしても、まさか陽向の願い事がこんなことだったとはな。
※
「私と一日デートしてほしいの」
陽向から出た言葉は俺には衝撃的な事だった。
「俺と一日デートしろってことか?」
「そう、周君とデートするの」
「しかしなんで俺とデートしたいんだ?」
「だってここまで仲いい男子って周君しかいないし、多分他の子にこんな姿でお願いされたところで気味が悪がりれるだけだと思うし、それに……」
「それに?」
「――ううん、何でもない」
陽向は俺の机からノートとボールペンを取り、
「だからお願い、周君の一日を私に下さい」
そう言い、陽向は俺に深々としたお辞儀をする。
俺は少し驚き、陽向のほうを見た。
どうやら陽向は真剣そうな表情でこのことを懇願しているように見える。俺はそんな陽向の表情を始めて見た。
「おい、予定早く言え。そんなとこでぐずぐずしているとすぐに日が暮れちまうよ」
「周君、デートしてくれるの?」
「ああ、恥ずかしいから二度は言わないぞ!」
「ありがと!」
そういうと彼女は「予定を書きだすね」といい、ノートに予定を書きだした。
俺はクローゼットから洋服をいくつか取り出し、着替えを始める。流石に幽霊とはいえ、女の子が部屋の中にいるので、俺は部屋の外に出て着替えを始める。
――にしても、まさか。
好きだった女子からデートに誘われるなんて思ってもなかったな。やべ、普通に嬉しい。
おそらく陽向が俺と出かけるなんてことは今までは絶対にありえないことだったからな。
もし陽向が生きている頃に巻き戻せるものならば、俺は俺自身の何かを失ってでもいいから、陽向には生きていてほしかった。
そこにはおそらく恋愛感情あっての事もあるかもしれないが、一番は幼馴染で昔からの腐れ縁で、いつでも一緒に居られるのではないかといういかにも幼稚で単純な思いだった。
だからこそ――この錯覚にいち早く気付くべきだったのだ。
いずれ伝えようとした『言葉』をいつでも伝えられるからと、先へ先へと送り伸ばしていた。
明日は伝える、明日こそは……と。
だからこそ俺は――ただの愚か者だ。
「周君! 予定表できたよ! 早くきてー」
「分かった」
俺はいそいそと着替えを終わらせて、部屋に入り、陽向の元に向かった。
※
一日デートしてほしいという陽向の最初の願いを叶えるために電車で揺られること一時間、目的地である遊泳場のある海岸から近い駅に着いた。
照りつける太陽があたかもシャワーのように全身に降り注ぐような日光が身体を包み込んでいた。
夏休みに入ってから家に引き籠っていた俺にとってこの日光はただただ拷問でしかない。
「……暑い」
「周君いつもクーラーがついている部屋でダラダラしてるからだよ」
「るせーよ、お前は暑くはないんか? ま、幽霊は感じないよな」
「そうだよ周君。
「それ以上はもう言うな‼」
俺は陽向の言葉を遮るような大きな声でそう言った。
俺の質問があの明るい陽向を暗い顔にさせた。
俺が陽向を傷つけたのだ。
言葉は時として鋭利な刃物以上に深く相手を切り裂く武器になる。この言葉を改めて実感した。
せめて彼女が俺と一緒にいてくれる時は、あの頃と同じように幼馴染として接するべきだ。
「ごめんな、少し無粋だった」
「ううん、大丈夫だよ! 私も早く幽霊だってことを自覚しないとね」
「何言ってんだよ陽向、お前は俺の幼馴染だろ。たとえ幽霊だとしてもな」
俺はそう言い海岸方面へと歩き出す。
陽向は少し驚いた表情をし、すぐさま元通りの明るい笑顔で、
「うんっ! 私はいつどんな時も周君の幼馴染だよ!」
と言い、こちらに駆けてきた。
俺はそんな姿を見て軽く微笑む。
「そうだ周君」
「何だ?」
「私ね、周君以外には見えないからね」
「…………へ?」
「普通の人から見ると周君は独り言が多い変人に見えるから」
陽向はてへっと舌を出しこちらを見る。
おいおい、となると俺は今まで――
「一人大声で話しまくってことになるのかー!」
「うん!」
周りを見渡すと、人こそは少ないが見ていた人はひそひそとこちらを見ている人もいれば、動画に収めている奴もいる。更には、
「ママー、あのお兄ちゃん一人でしゃべっているよー」
「見ちゃ駄目よ!」
という会話まで聞こえる。
「ふっ、ふざけんなよー!」
俺は顔を真っ赤にしながら駆け足でその場から全力で逃げる。
「もう願いなんて叶えないぞ!」
「ごめんなさい、それだけはやめて~」
全く、明るく天真爛漫で落ち込みやすくたまに悪戯好きなとこは変わってないな。
俺は幽霊になっても変わらない幼馴染――陽向の事を改めて再確認した。
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