スピリチュアルな彼女
――はっきり言って俺は目の前の光景に混乱していた。
高校生最後の夏休み。他の高校生ならこの暑い中部活に精を出したり、はたまた志望校合格に向けて毎日塾通いしたり、また就職希望の奴も就職活動をしているであろう。
そして、親友や彼氏彼女と花火大会や遠方などに出かけて遊ぶなど、最後の夏休みという事で青春を優位に謳歌しているであろう連中もいるはずだ。
しかし俺はそんな奴らとは正反対の生活を送っていた。
毎日自室に籠っては自堕落に生活し、挙句の果てに昼夜逆転するまで生活リズムが乱れる生活をしていた。
だが珍しく俺は珍しく早朝に目が覚めた。閉ざし切ったカーテンの隙間から入り込むように朝日が差し込んだからだろう。
寝ぼけ眼を手で拭い、大きな欠伸をした。
「おはよっ! 周君。よく眠れた?」
一瞬にして目が覚めた。
正直何事にも驚いたことが無い俺だったが『今』の光景を目の当たりにしたら流石に驚いてしまった。
驚いた拍子にベッドから転げ落ち、そのまま腰を抜かした。
なんせそこにはこの世界にはもういない、死んでしまった幼馴染である陽向が立っていたからだ。
「何驚いているの周君?」
「……っひ、陽向か?」
「うんっ!」
こちらに満面の笑みを向ける陽向に対し、俺はまだ驚きの表情を隠せないでいた。
つい先月の七月に亡くなった幼馴染が普通に立って話しかけるなんて普通無理だ。そんなの常識的に考えてまず無い。いや、常識的に考えちゃ駄目だな。
取り敢えず頬を引っ張ってみる。
「周君なんで頬引っ張ってるの? 私も引っ張る」
そう言うと陽向は引っ張っていないもう片方の頬を「えいっ」の掛け声とともに全力で引っ張った。
「
俺は降参したレスラーのように俺の頬を掴む陽向の手をぱしぱしと叩く。
陽向は少し満足したような笑みをして、手を離した。
頬がヒリヒリとする。正直スピリチュアル否定派の俺にとっては屈辱的な事だが『今』彼女がこの世に確かに存在することを認めざるをえなかった。
だが一つ疑問が出た。
「陽向っ! お前なんで俺に触れられるんだ⁉」
「なんでだろ? 私もよくわからないな」
そう言って陽向は俺の机の上に無造作に置かれていたペンを持った。
「あ、ほんとだ~、なんか物ちゃんと掴めてるね」
「……お前死んでいるよな」
「うん」
「おそらく幽霊だよな」
「死んでるからね~、おばけだぞ~」
陽向は気楽そうな態度を見せ、両手を下に向け舌を出し、フリー素材のおばけイラストでよくみられるかわいいおばけのポーズをとる。
俺は眉間に手を当て、少し呆れ始めた。
ただでさえ常識的にあり得ない事態が目の前で起こっているのに、追加で意味が分からない事態が追加され、もう考えることでさえ億劫になってしまう。
ベッドの上に無造作に置いてあるスマホを手に取り、これらの事柄を調べる。
だが検索結果として出てくるのは信憑性が薄いサイトや幽霊動画関連がまとめられた動画サイト。また幽霊がタイトルの中に入っている小説が掲載されている小説投稿サイトなどしか出てこなかった。
俺は溜息をつき、陽向のほうを見る。
陽向は自分のおかれている状況下をあまり気にしていないのか、生きていたころと変わりない感じでニコニコとしていた。
「お前は気楽でいいよな」
「気楽そうに見えるかな?」
「まあな」
スマホを投げ出し、俺は再び陽向のほうに向く。
確かに亡くなったはずの陽向だが、何故か幽霊として俺の前に現れ、しかも普通に触れられるという事もあり生きているとつい錯覚を起こしてしまう。
生きているはずないのにな……。
「なあ陽向」
「何、周君?」
「お前は死んでいるはずなのに、どうしてお前が見えて触れられるんだ?」
俺は陽向にそう質問した。
「うーん……」
陽向は少しうねりながら考え込んでいる。
本格的に日が昇って来たので俺はカーテンを開け、朝日を部屋の中に取り込もうとする。
うん、気持ちいい。
「あのね周君」
陽向は少し真面目な顔をして、
「私のお願いを叶えてほしいの」
「…………は?」
「だ、か、ら! 私のお願い事を周君に叶えてほしいのっ!」
「さて、下から塩でも持ってきて撒くか。もしくは盛り塩でも……」
「ねえ、なんでさらっと除霊しようとしてるの⁉」
「若しくは腕利きの霊媒師でも……」
「ひどいっ⁉ いくら周君でも乙女な幽霊に容赦無しだなんて普通にひどすぎるよっ⁉」
陽向が半泣きしそうになっていたのでからかうのをやめた。
にしても陽向の願いを叶える?
しかもなんで俺に?
「なんで陽向は俺に願いを叶えてほしいなんて言うんだ? 別にお前の両親や友達とかでもよかったんじゃないか?」
しかし陽向は、
「ううん、周君がいいの。多分周君以外には相手なんかされないと思うし……」
陽向は少し暗い表情でそう言う。
「多分怖がられて、拒絶されるだけだと思うんだよね」
「……」
おそらく陽向は怖かったのだろう。
幽霊になった自分が肉親や親友と会い、どのような反応を見せるのかが彼女に恐怖感を与えていた。
現実は小説やその他創作物のように、生者が死者が涙を流しながら語り合えるというのはあくまでも創作の中の話であろう。
しかし現実では幽霊などは霊感が強い特殊な人間以外は見えないであろう。仮に俺が幽霊の陽向が見えておらず、そんな陽向が俺に見向きさせようと物をがたがたと大胆に動かすようであれば、俺は絶対に気味が悪がり拒絶するであろう。
――陽向はそんな恐怖感と戦っていたのだ。
だからこそ俺は、幽体の陽向の手を握り、
「分かった、お前の願いを俺が叶えてやるよ。……勿論俺ができる範囲でだけどな」
陽向は一瞬驚いた表情をみせ、すぐさま涙を流し、
「ありがとっ! 周君っ!」
覆いかぶさるように俺に抱きついてきた。
幽体であるはずの陽向だが、何故か触れられるので、ダイレクトに彼女の柔肌が俺の肌に触れあう。
思春期でなおかつ彼女ができるどころか女の子と話すことでさえ苦手な俺にとっては今の状況はとても毒だ。
「……いったん離れてくれ」
「ん―? ……っきゃごめん」
陽向も今の状況を冷静に判断したのか、すぐさま離れる。
俺と陽向は頬を赤く染め、しばらく黙り込んだ。
……全く昔から変わらず無防備だな。うれしくなると抱きつく癖は死んでいたとしても変わらないんだな。
「で、お前の願いは何なんだ?」
マシンガントークのように喋り続けていた陽向が、先ほどの出来事を機に喋らなくなり、このままでは話が進まないと判断した俺は、陽向の願いについての話題を振った。
「あ、そうだね。まだ言ってなかったね」
彼女は一つ呼吸をおき、
「私と一日デートしてほしいの」
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