3-3:月環の旗の有様
それは、ポルトで生まれる者の誕生月がすべて完月だったということだ。
人口比率で最も多くを占める完月とはいえ、村人全員が特定の生まれ月に偏ることはかなり珍しい。
完月生まれの特徴は、何と言っても安定して子を産むことができる能力だ。子孫を残すために必要不可欠、ある意味最も重要な力ではあるが、ポルトの住人に限って言えば、逆に大きな足枷となっていた。
ただでさえ居住可能な平地が少なく生産能力も乏しい小村なのに、人口ばかりが増え続ける。
そんな中、ポルトでは人数調整のために村人自ら同郷の者を手にかけるという悪習が生まれ、それが定着した。
良くも悪くも完月の能力に純化した村。
ポルトが持つその特異性を知った先々代の王タージュは、彼らの能力の有効活用と悪習の解決とを両立させる策として、『村人全員を各都市へ移住させる』という大胆な提案を行った。
そしてポルトの人々もこれに同意、彼らは自らの意志で故郷を棄てた。
いわゆる『ポルトの大移動』である。
あれから十年以上が経過し、今では住居の跡も風化して自然と一体化してしまっている。完全な廃村、それが今のポルト・デカだ。
「ところが近年、この廃村に『負の遺産』が残されたままになっていたことがわかった。それが『地下埋葬墓』だ」
レアッサの解説を、エゼルは背中で聞いている。
ポルトの人々は、増えすぎた村人を殺すための専用施設を造っていた。村の地下にもともとあった地下洞窟を無造作に掘り広げただけの粗末なものだったが、その広さは当時確認されたもので四町(約四万平方メートル)に渡ったという。
つまり敵は、今もなお多くの遺体が眠るその場所に地下闘技場なるものを造ったというわけである。当然、広さも当時のままというわけにはいかないだろう。
「これだけの広さを持つであろう敵の本拠地を、ほとんど情報なしで攻略しなければならないのだ。非常に危険だということを頭に入れておけ……と、退屈していたお前たちにわざわざ説明してやっているのだが」
「ぐー……
「無視の上に居眠りとは、良い度胸だな? マクリエ」
「
頬をつねられ、マクリエが声を上げる。荷車の中でじっとしていなければならない状況がここ数日間続いたことに、いい加減うんざりしているのだろう。
ただ自分たちをここまで連れ出してくれたレアッサに一応の恩義は感じているのか、黙って抜け出すような真似はしなかった。
「それでレアッサさん、他にはないのですか。イワクありげな怖い話」
どことなくわくわくした表情でイシアが尋ねる。この手の話には意外と興味があるようで、先程から両拳を胸に当てて身を乗り出している。
逆にヴァーテはまったく興味なさそうに幌の外をじっと見つめていた。耳に手を当てている辺り、むしろレアッサの話を聞かないようにしているのかも知れない。
三者三様の態度を取る乙女たちにぶつぶつと文句を言いながらも、レアッサは話を再開した。彼女が馬車の周囲に巡らせた高位防音魔法のおかげで、多少騒いでも外に気配や音が漏れることはない。
有能な女騎士にマクリエたちを任せ、エゼルは馬車から離れた。野営地の中心に向かう。すでに夜の帳が降り、周囲を取り囲むように松明が焚かれていた。
やや離れたところから、ギアシ駐屯地司令の姿を見た。
天幕の外にわざわざ設えたクリト材の椅子に腰をかけ、カラヴァンは数人の部下と談笑していた。
エゼルと目が合うと、司令の目付きがやや鋭く細まる。視線をぶつけ合ったのも束の間、二人はふいと相手から顔を背けた。
ポルトへの布陣がおおよそ完了してからしばらく経つが、カラヴァンに動きはない。エゼルとカラヴァンの間には静かな緊張関係が続いていた。
よそ見をしていた騎士がエゼルにぶつかった。騎士は眉をしかめて振り返るが、エゼルを見るなり表情を変え、そそくさと立ち去っていく。
軽く辺りを見回すと、他の皆もおおよそ似たような態度だった。目を合わせようとしない。
この場にいる人間は薄々感づいているのだ。ギアシの最高指揮官を怒らせているのが、他ならぬエゼルであると。
ため息こそつかなかったが、エゼルは大きく肩をすくめた。
今、エゼルたちが布陣しているのはポルトを望むなだらかな斜面の上である。
味方からも、おそらく敵からもよく見える場所に堂々と陣取っている。
敵陣の様子を観察するためさらに歩を進めたエゼルは、そこでスウスと出会った。
彼はエゼルの姿を認めるなり、小走りに駆け寄ってくる。顔にはわずかに喜色も浮かび、まるで飼い主を見つけた小動物のようだ。
エゼルの側まで来たスウスは、ふと、表情を曇らせた。
「エゼルさんも、ひどいと思いませんか。今の状況」
そう言って視線を斜面の
そこには別都市の部隊が野営を敷いていた。
森の境に位置取った彼らは、夜食でも作るつもりか炊事の煙をもうもうと上げていて、ギアシの騎士たちとは別の意味で目立っている。さらに視線を巡らせば、森の合間にいくつもの野営の灯りを見ることができた。
装備も規模もばらばらな彼らに共通しているのは、緊張感の欠如だった。
丘を挟んで反対側には月環の旗の本隊とされる部隊が居座っている。何をしているのか、ここからではまるでわからない。
「総数は一千に迫ろうかという勢いだそうです。ですが、駐屯地ごとにこうもばらばらになるなんて……少し、失望しました。やはり頼れるのは自分の部隊だけですね」
「そうですか」
エゼルは控えめに応えた。
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