2-17:文書で残すと厄介な任務

 眉をひそめるエゼルに対し、カラヴァンは組んでいた指を解き椅子に深く寄りかかる。



「かつて聖クラトラス騎士団にこの人ありと言われた英雄エゼアルド。六年前の争乱で姿を消したと聞いていたが、まさかこのような線の細い若者になっていようとは誰も想像できまい」



 エゼルの目付きが険しくなる。



 今度はにらむようにレアッサを見ると、彼女はわざとらしく咳払いをした。



 そんな部下をとがめることなく、カラヴァンはさらに言葉を重ねた。



「だが姿は変わろうとも実力は本物。ならばその力、世のために振るってもらうことに何の不都合があろうか……と、私は思うのだが。さすがに君からすれば、あまり大々的に英雄復活と流布して欲しくないのだろう」



 今更隠し立てしても無意味と悟り、エゼルは不承不承頷いた。カラヴァンは小さく笑った。



「そう不貞腐ふてくされるな。本来なら君以外は投獄の上棒叩きの刑にするつもりだったのだ。無論、そうなれば彼女らには何かしらの傷が残るだろう。だが君が我らに加わるのなら、晶籍なしの娘にを加える必要はないという、まあ、一種の温情だ」



 それは、明らかに晶籍なしのマクリエたちを見下した物言いだった。エゼルは眉間にさらに深く皺を寄せる。



 彼の表情を見たカラヴァンは、笑みを消して言い直した。



「これは君が連れてきた女たちの身柄を保障するための措置だと考えて欲しい。君が気持ち良く仕事ができるように。そうだな、彼女たちの監視には騎士レアッサを付けよう。それなら君もより安心だろう」



「え!?」と、素っ頓狂な声を上げたのは当のレアッサだ。



 エゼルとカラヴァンの視線が彼女に集まる。上司は静かな口調のまま尋ねた。



「どうしたレアッサ。まさか不服と言うつもりか?」


「い、いえ。ただあの者たちは一度私と交戦しています。素直に指示に従うかどうか」


「駐屯地に堂々と侵入してくる輩だ。誰が受け持ったとしてもそう変わらぬだろう。むしろ一度牙を折られた獣は、自らを打ち負かした者に従順だと聞くが」


「ですが、彼女らは――」


「レアッサ殿。私からもお願いします」



 エゼルが口を挟むと、レアッサの動きが見事なまでに固まった。



 やはり罪従者の監視にかこつけて、エゼルを自分の部隊に引き抜く気だったのかと思う。



 だが他にマクリエたちを任せられるほど信頼できる人物を――目の前のギアシ駐屯地司令を含めて――エゼルは知らなかった。



 レアッサからの返事はなかった。葛藤を表情に浮かべ、視線を彷徨さまよわせる。



 だがやがて小さく頷き、彼女は敬礼した。



「承りました。あなたがそうお望みならば」


「騎士レアッサよ。お前の上司はこの私だぞ?」



 からかうようにカラヴァンが言う。レアッサは瞑目しただけだった。どことなく拗ねた表情にも見えた。



清廉せいれん厳格で知られる騎士レアッサにこのような表情をさせるとは。君はの方向にも頭抜けた才があるのではないか?」



 カラヴァンの軽口にエゼルは無言だった。駐屯地司令は肩をすくめた。



「さて。そろそろ次の話に移ろうか。君たちの、というより、君の赴任先についてだ。今から話すことは、ギアシ駐屯地司令からの正式な命令と思ってもらって構わない」


「辞令もなしに、ですか?」



 エゼルは眉をしかめる。



 通常、騎士の任務は辞令という文書の形で通知される。



 各人の任務と赴任先を記録し管理するためで、辞令もなしに上司から口頭のみで伝達されることは稀だ。



 ましてや駐屯地司令という組織の最高幹部が一介の罪従者相手に直接命令を下すという事態は極めて異例である。



「文書で残すと後々厄介だからな」



 事も無げにカラヴァンは言う。次いで告げられた内容に、エゼルは軽く目眩がした。



 近年ギアシ付近で出没した新手の盗賊団の捕縛、壊滅。



 ギアシとセントロメシィを結ぶ航海路の安全確保。



 未到地、未開拓地の調査、拠点確保、および街道の整備。



 任務遂行の仕方も管轄もまるで違う上、それぞれが大きな危険をはらむものばかりである。



 ギアシ・トリア周辺の治安を守るためとはいえ、普通、これだけの大任をまとめて背負わせるような真似はしない。



「だから言っただろう。文書で残すと厄介だと」


「これも刑罰の一部、ですか?」


「そう思った方が気が楽なら、そうだと答えよう。騎士レアッサの魔法をいとも簡単に破るなど並の力量ではない。今この街には君のような実力者が必要なのだ。そのためには多少の無理も致し方ない。大人しく従ってくれ」



 エゼルが黙り込むと、なぜかカラヴァンは満足そうに頷いた。



「どうやら了承してくれたようだな。結構」


「まだ何もお伝えしていませんが」


「否定しないなら、了承したということだ。違うかね?」



 強引ですねとエゼルが言うと、ギアシ駐屯地司令は軽く笑った。



「そうでなければアクシーノ・リテア第二の都市で騎士の長などしてられんよ。こう見えて気苦労が多いのだ、私は。例えばここのところ目立った功績を上げられず、他の都市に水をあけられている現状をいかに打開するか、とかな」



 理解した。同時に肩すかしを食らった気になる。



 アクシーノ・リテアで騎士団と言えば聖クラトラス騎士団ただひとつだ。



 しかし、各トリアごとに独立した駐屯地を置いているが故に、彼らは自らが所属する街に強い愛着を持つ傾向がある。それが根となり街ごとに功を競い合うようになっていることは、エゼルも昔から知っていた。



 街同士の意地の張り合いに利用されたのだろうな、とエゼルは考えた。



 それでも三年という期間はいささか長い気がするが――



「わかりました。その裁定、謹んでお受けします」


「うむ。では早速だが今日から任務についてもらいたい。外で待たせている従者を連れて行け。彼に身の回りの世話をさせよう。次の赴任先もその者を通じて伝える。準備ができ次第、ここを発て」


「はい」


「期待しているぞ。君ならどの任務も軽くこなしてくれるとな」



 椅子から立ち上がり、エゼルは騎士の礼を取った。



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