2-16:見定める視線
マクリエたちがレアッサによって返り討ちにされた数日後――
今は使われていない空き部屋のひとつに軟禁状態になっていたエゼルは、ふとこちらに近づいてくる足音に気づいた。
窓の外を見て時刻を確認する。
建物の合間から覗く流輪は
控えめに扉を叩き、一人の従者が姿を現す。深く頭を下げ、こちらと視線を合わせようとしない。
「失礼します。エゼル殿、駐屯地司令があなたをお呼びです」
部屋に鍵はかけられているものの、調度品は一通り揃い、食事は三食必ず
そもそも格子も何もない窓付きの部屋をあてがわれた時点で、すでに罪人に対する扱いではない。扉の入り口で畏まる少年がひどく丁寧な物言いをするのも同様だ。
おそらく、レアッサ辺りから「この方は貴人だからゆめゆめ粗相のなきように」とでも言い含められているに違いない。
この部屋に入れられてすぐ、エゼルは探査魔法によってマクリエたちの位置を把握していた。敷地の中央部、そのさらに地下だ。おそらく正真正銘の牢獄がそこに存在しているのだろう。
敷地外から最も遠く、暗く、そして最も警備が厳重であろう場所に三人は別々に監禁されている。
「従者殿」
エゼルが口を開くと、少年は大げさなほどに体を強張らせた。
「先日あなたに頼んだ
エゼルの秘かな苛立ちを感じ取ったのか、少年は気の毒なほど緊張に震えていた。ため息をついて、エゼルは矛を収める。
「この件はまたにしましょう。案内をお願いできますか」
「はっ、はい。こちらです。どうぞ」
エゼルは
エゼルは胸を張り、堂々と廊下を歩き続ける。
やがて従者は重厚な扉の前で立ち止まった。
「こちらで司令がお待ちです」
エゼルは頷いた。従者が扉を叩き、来訪の意を伝える。すると中から野太い男の声が聞こえてきた。
「どうぞ」
エゼルは軽く目を見開いた。「入れ」ではなく「どうぞ」――ここでも罪人ではなく客人としての扱いを受けている。
従者を廊下に残し部屋の中に入る。そこはレアッサの居室と同じような内装だった。
正面に、クリト材の事務机が小さく見えるほどの巨躯の男が腰掛けている。傍らにはレアッサが控えていた。
男が立ち上がり、エゼルの前にやってくる。
「ようこそ。我が執務室へ。私はギアシ駐屯地を預かる騎士カラヴァンだ」
「エゼルと申します。お目にかかれて光栄です、カラヴァン様」
腰を折る。騎士の礼は敢えて取らなかった。相手の意図がわからないためだ。
改めて見ると騎士カラヴァンは大柄で屈強な男だった。
極めつけは体躯に似合った何とも
耳元の晶籍までもがいぶし銀のような静かな輝きを放っている。
「立ち話も何だ、そちらにかけるといい」
カラヴァンは窓際を示す。大柄な彼に合わせ特別に作られたのだろう、背の高い丸机が一脚に椅子が二脚、置かれていた。
エゼルは首を横に振り、その申し出を断った。そして相手の真意を見抜くため、じっと目を見る。
カラヴァンは目元を緩めた。彼の目にもまた、相手を見定めるような静かな威圧感が漂っている。
レアッサが近づいてきた。エゼルを椅子まで導く際、それとなく耳打ちする。
「この方は私の直属の上司。多少強引なところもありますが、誇りある騎士です。ご安心を。私もついています」
かつての部下を軽く睨み、エゼルはゆっくりと椅子に腰掛ける。対面にカラヴァンが座った。巨漢の彼が腰を落としても椅子は軋みのひとつも上げなかった。
「ギアシは港町で栄えているだけあって、物資が豊富だ。特に南方からクリト材が届くのは私にとって有り難い。椅子がいくつあっても足りないからな」
手振りを交え、カラヴァンは冗談を言った。だがエゼルは取り合わない。
「カラヴァン様。早速ですがお伺いしたい。なぜ、私をここにお呼びになったのです? 本来、私などこのような場所に足を踏み入れることも
「呼ぶならここではなく、地下牢だと?」
はっきりと首肯する。リザ相手だろうと物怖じしない性分は、晶籍を失った今でも変わることはない。
カラヴァンは机に肘を突き、両手の指を
「騎士レアッサが言った通り、なかなかに強情な男だな。君は。
驚きの表情を浮かべるエゼルを、カラヴァンは指の間からじっと見据えていた。
「先に捕えた女三人、そして君。四人には、我が騎士団付きの『
「罪従者、ですか」
「そうだ。当面はここ、ギアシ駐屯地にて任務に当たることになる」
罪従者制度とは、アクシーノ・リテアにおける懲役刑の一種だ。
罪人でありながら高い能力を持った人物――これには生まれも多分に考慮される――や更正の可能性が高い人物を対象として、騎士団の元で無償奉仕をさせるという制度である。日々の生活環境は一定程度保障されるが、反面、制約も多い。
基本的に騎士団の監視下に置かれた上で、彼らの一員として容赦なく厳しい訓練が課される。
また罪従者が規律を破った場合、通常よりも重い処罰がなされることになっていて、中には即刻処刑という場合もある。
そして無償奉仕の名の通り、従事する任務はすべて無償――つまりただ働きであり、
エゼルは納得がいかなかった。刑の軽重よりもその内容に、である。
――なぜ自分たちに罪従者制度を適用するのか。
それなりに悪名を広めてきたとはいえ、相手は常に地方の小悪党ばかり。駐屯地への侵入は歴とした罪だが、結局何も盗れず、未遂に終わっている。何より自分たちは晶籍を持っていないのだ。
エゼルの記憶が正しければ、こうした場合禁錮もしくは
どう考えても『罪人でありながら高い能力を持った人物』『更生の可能性が高い人物』と彼らが評価する要素がない。
「私たちを囲い込んで、何の利益になりましょう。しかも三年もの間」
「益になるかどうか、決めるのは我々だ」
エゼルはレアッサを見た。一見すると二人の会話を大人しく聞いている様子だが、その視線が期待と不安で落ち着きなく揺れていることをエゼルは見逃さなかった。
なるほど。この無茶な裁決は彼女の進言があってのことか。
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