1-6:リザ・ラファーナ紛争

 そしてリザは暴走を加速させていった。



 ラファーナ事件が一通りの終息を見た後も、リザは国内法を無視する形で国民に対し流輪と晶籍の運命に逆らうことを強要し、それが叶わぬなら強制徴収――つまり命を奪うことも辞さない姿勢を貫き続けた。



 その頃になると、国民は元より首脳陣からも、リザの存在を危険視する声が上がってくる。



 だが、代々国王を決めるのは国王のみという伝統があるアクシーノ・リテアでは、どうやって彼女を止めればよいのかわからない状態だった。



 反リザ派が手をこまねいていたまさにそのとき、意外な人物が味方につく。



 今までリザを陰日向かげひなたと支えてきた先代の王タージュその人である。彼は驚くべき告白をした。



「私はリザに操られていた。それがあの者の能力だ。リザを王に選んだことは、決して本意ではない。ラファーナの事件もあの者が仕組んだこと。これ以上、僭王せんおうを野放しにしておくわけにはいかぬ」



 タージュが表舞台に立つことにより、反リザ派は大義名分と旗頭はたがしらというふたつの切り札を同時に手に入れることとなった。



 『僭王リザ』という名称が定着したのも、まさにこの頃である。



 そしてりゆうれき相月一二八四年一日。



 僭王リザと彼女に反抗する者たちとの間でついに戦いが幕を開ける。



 『リザ・ラファーナ紛争』である。



 当初、先王タージュという指導者、聖クラトラス騎士団という武力をそれぞれ味方につけた反リザ派が圧倒的に有利と思われた。



 だが戦局は一進一退――いや、むしろ反リザ派が徐々に押されるという意外な展開となった。



 ラファーナ会事件を発端としたリザの暴挙で晶籍が奪われ、今まで使えていた能力や魔法が行使できなくなった人間が増えていたということ、先王タージュが戦場を首都セントロメシィ・トリアとその近郊に限定し短期決戦を挑んだこと、遮二無二しゃにむに突っ込んでくる反リザ派に対して高威力の魔法でリザが迎撃に専念したことなどがその要因である。



 首都を舞台にした局地戦は、実に四十日間に及んだ。



 このときようやく一部の者が根本的な異変に気づく。



 あの賢王として知られたタージュがまるで無為無策に突撃を繰り返すのは何故か、と。



 反リザ派の中枢部が背筋の凍る事実に気づくまで、時間はかからなかった。



 ――それまで陣頭指揮を執っていたタージュが突如、帰らぬ人になったのだ。



 近くに居た者は口々に「ラファーナ事件で死んでいった宣教師とまったく同じだった」と、死の様子を語った。



 リザの能力ジェノオスは戦が始まってからもなお、タージュを束縛し続けていたのである。



 彼が先頭に立ったからこそ、リザは優位に事を進められたという事実――そこから僭王の力を目の当たりにした反リザ派は一気に戦意喪失し、総崩れになった。こうなってしまってはもはや潰走かいそうは免れない。



 全てはリザの掌の上だった――皆が諦めかけていたそのとき、ひとりの騎士が名乗りを上げる。



 聖クラトラス騎士団第一騎兵そうそう隊隊長エゼアルド。



 黒獅子と表現された漆黒の髪に、同世代の若者が羨むほどの逞しい肉体を持った青年であり、弱冠十九歳ながら騎士団の中では知らぬ者がいない実力者――そしてリザ自身が唯一近習きんじゅとして側仕えを認め、紛争勃発の直前まで彼女のかたわらにいた人物である。



 彼は単騎、リザが座す城へと侵入し、彼女との一騎打ちを仕掛けると言い出した。「無謀だ」と反対する面々を振り切り、彼は本陣を飛び出す。



「刺し違えても彼女を止める! お前たちはこれ以上戦禍せんかが広がらぬよう、何としてでも街を守れ!」



 エゼアルドは双爪隊の面々にそう言い残した。



 その後、彼がどうやってリザの元へと辿り着き、またどのようなやり取りが彼らの間で行われたかは仲間たちの知るところではない。エゼアルド本人が頑なに口を閉ざしたからだ。



 ただ確かなのは、彼は自らの言葉通りにリザと一騎打ちを挑み、これに勝利して帰還したということと、そのために多大な代償を払ったということだった。



 その事実を知る者は、実のところごく一部である。



 固唾を呑んで見守る双爪隊、そしてエゼアルドに代わって隊を直率じきそつしていた騎士団長の元へ、エゼアルドは忍ぶようにして戻ってきた。英雄らしからぬ行動をその時の誰も咎めることができなかった。



 彼はもはや騎士エゼアルドの面影を残していなかったのである。



 顔付きが変わり、髪色が変わり、体格が変わっていた。そして何より、アクシーノ人として命の次に大事な晶籍を彼はこの戦いで失っていた。



「リザは死んだ。もう、ここで争いをする必要はない」



 とても勝利者とは思えないほど悲痛な表情で、それでいて吊鐘つりがねのようによく響く声で報告をするエゼアルド。彼の姿を目の当たりにした騎士団長はすぐさま停戦を決定、そしてリザを失い静まり返った城を奪還することに成功したのである。



 エゼアルド自身もまた天煌月生まれだったこともあり、この救国の英雄を次期国王へと推挙する声が双爪隊からは上がった。



 だが彼はそれを固辞した。



 晶籍を失った自分が王位に就くことを良しとしなかったためである。



 そしてその日の内に、エゼアルドは騎士団から姿を消した。



 双爪隊は彼を追うことを禁止された。これは彼の意志だからというのが、騎士団長の言葉だった。



 次期国王へはその騎士団長が即位し、リザ・ラファーナ紛争はここに終結する。



 時に、流歴相月一二八四年四二日のことであった。





 だがエゼアルドにとってこの戦いはまだ終わっていない。



 あのとき。リザと一騎打ちをして勝利したときから、エゼアルドの新たな戦いは始まっていたのだ。



 そう、彼女は今際の際にこうエゼアルドに告げた。何故か、とても嬉しそうに――



『次の天煌月、私の子がこの国のどこかで産まれる。ただの赤子ではないぞ。人ならぬ身から産まれ、すぐにでも大人と変わらず行動できるだろう。我が子はやがて私の力と記憶を呼び起こす。そのとき私は再び復活する。そして必ず、お前に逢いに行く。そのときまで互いに忘れぬよう、私はお前の晶籍をもらうことにしよう。お前は、私の信念を体現した人間になるのだ』



 確かにあのとき、僭王リザと呼ばれた女は息絶えた。



 だが近い将来、彼女の魂は蘇る。



 そして子の肉体を得て、リザは再びこの世に復活するのだ。そのとき彼女は必ず自分を訪ね、こう告げるだろう。



 流輪に抗い、すべての晶籍を消滅させるのだ、と。



 自らに課せられた生を生き抜こうとする人々を巻き込むわけにはいかない。これはリザと自分との因縁なのだ。



 再びリザの脅威が国を覆うことがないように、彼はたったひとりでアクシーノ・リテアを放浪し、その後継者を探す旅に出た。



 騎士の身分とエゼアルドという名を捨て、晶籍を持たない流浪の旅人『エゼル』として。

 


 そして五年後。ついに彼は運命的な出逢いを果たす。



 マクリエ。



 イシア。



 ヴァーテ。



 この三人の中にリザの後継者がいる。



 その事実を当の本人たちも、知らない。



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