品物選び


 アゼルとリンボクが差配屋の宿に戻ると案の定、不機嫌な表情を隠そうともしないレシアに迎えられた。

「遅すぎる。何かあったんじゃないかと乗り込むところだったぞ」

 レシアならやりかねないとアゼルは思う。

「すまない。交渉に時間をとられた」

「それで売れたのか?」

「ああ、無事に換金できた」

「それならいいが」

 そこでレシアは鼻をひくつかせる。

「――なにか甘い匂いがするな」

 アゼルとリンボクは思わず顔を見合わせた。

「……まさかおまえたち、何か食べてきたんじゃないだろうな?」

 アゼルは目を合わせようとせず、レシアの横をすり抜け部屋に行こうとした。

 しかしレシアが素早くその腕をつかむ。

「ひとが心配して待っているのに、呑気のんきに腹ごしらえをしてから戻って来たのか?」

「それは違うぞレシア。違わないが違う」

「ほう、どう違う」

 アゼルは助け船を求めるようにリンボクを見た。

 リンボクは二人を見て笑っている。

「アゼルは揚げ菓子を食べてたよ」

「リンボク! おまえも食べただろう」

 あっさりと白状するリンボクに、アゼルは慌ててその口を塞ごうとしたがすでに手遅れだった。

「なるほど。ということは貴様も食べたことを認めるわけだな」

 アゼルは自分が口を滑らせた事に気づいた。

 鼻先にはレシアの氷のような眼が迫る。

「食べたければ今すぐレシアの分を買ってくるが……」

 それを聞いてもレシアは薄い笑みを浮かべるだけだった。


 結局ひたすら謝り、リンボクの助けもあってようやく許してもらえた。

 その代わり夕食はアゼルのおごりで、好きな物を食べることになった。

 そしてせっかくだからと、先程アゼルたちが揚げ菓子を食べた、あの露店の集まる一角に行くことにする。

 無事にケトランディを売ることができたのだから、少しぐらい浮かれてもいいだろう。アゼルもそう自分を納得させた。

 三人で大いに食べて語った。

 レシアはアゼルに揚げ菓子をおごらせることも忘れなかった。



 次の日は買い物をする日だった。

 きにケトランディを載せていた分が、帰りに丸々空くのはもったいない。

 そこで北嶺地方では手に入りにくい、日用必需品や保存の効く食べ物、あるいは薬草などを買って帰るのが常だった。

 これは早摘みだけでなく、春になってからケトランディを売りに来た場合でも行われていることだ。

 ただ今回は運ぶのがあの老馬であることを考えると、あまり重いものや、かさばるものは駄目だろう。

 アゼルたちは久しぶりにゆっくりとした朝を過ごし、朝食を食べ終わるとヤイツクの街に繰り出した。 

 アゼルは店を覗きながら何を買っていくべきか考えた。

 去年までは当たり前だがステノハが選んでいた。それを思い出してみると、あまり換金目的で品物を選んでいなかったような気がする。

 かといって身内で使うようなものを買っていた記憶もない。

 アゼルは買い物にも護衛兼、荷物持ちとしてステノハに同行していた。

 なにしろケトランディを換金した直後だ。護衛は必須だし、スリなどにも気を付けなければならない。一瞬も気が抜けなく、買い物の内容にまで目が届いていなかったのだ。

 今年はそこまで気を張らなくてもよいのが楽だった。

 なにしろケトランディの代金はアゼル自身が預かっている。さすがにリンボクに持たせるわけにはいかない。

 覚えていないものを無理に思い出そうとしても無理だろう。アゼルは隣を歩くリンボクに聞いてみる。

「リンボク、親父さんは何を買って帰っていた?」

 熱心に店の中を覗いていたリンボクにはアゼルの声が聞こえていないようだった。そこで肩を叩いて振り向かせる。

「ごめんアゼル。なに?」

 アゼルは質問を繰り返す。

 リンボクはしばらく考えていたが、アゼルが予想していなかったことを口にする。

「たぶん、お土産が多かったと思う」

「土産って、家族のか?」

「ううん、街の知り合いの人への」

 アゼルはそれを聞いていかにもステノハらしいと思った。

 別に気にする必要はないのに、早摘みの儲けを分配しなくては申し訳ないと思っていたのだろう。

「どうする。今年もそうするか?」

「うーん、実はどうすればいいかあたしにもわからない。アゼルに任せたら駄目?」

「――まあ、なんとかしよう」

 リンボクは笑顔で礼を言うと、再び店の中へと目を戻す。

 どうやら初めてのものを見ることに夢中のようだった。無理もないだろう、ザヤとヤイツクではあまりにも違いすぎる。

 リンボクには楽しんでもらうことにして、そのぶんアゼルが知恵を絞ることにする。毎年の慣例を変えるのもよくないだろう、となると土産となる。土産として定番なのは特産の酒や食べ物だ。

 だが酒は重いから量を運ぶのは無理だ。

 食べ物も保存が効くものでないといけないし、嗜好に合わないものも喜ばれないだろう。

 中央平原に暮らす人間に北嶺の食べ物が口に合わないようにその逆もある。

 アゼルは食品を扱う店を次々に覗いていくが、納得できるものが見つからない。

 結局午前中は何も買えずに時間が過ぎ、休憩がてら昼食をとることにした。


 目にとまった食堂に入り注文をする。

 焼き飯に腸詰めと串焼き、魚の包み揚げに鶏のスープと焼きまんじゅう。さすがにヤイツクは料理の種類も豊富だった。それらの品物が次々と運ばれてくる。

 リンボクは運ばれてくる最中の料理にも目が釘付けだった。

 アゼルはそれを見て間食もさせずに歩き回らせたことを反省した。代わりといってはなんだが、リンボクの皿に料理を盛大に盛り付けてやる。

 だがリンボクの箸はあまり進まない。

 また体調を崩したかと心配したがそうではないらしい。時間こそかかってはいるが皿の料理を綺麗に平らげている。

 どうやら何かに目を奪われて気もそぞろらしい。

 リンボクの視線の先を追うと、食卓の間を縫うように動き回る給仕の姿があった。リンボクよりわずかに年長と思われる少女だ。

 その少女が空になった皿をさげにきたついでに、愛想よくお茶のおかわりを注いでいく。リンボクはその姿をじっと見ていた。

 どうやら先程も料理ではなく、この少女のことを見ていたらしい。

 やはり同年代だと気になるのだろうか。

 お茶を飲みながらアゼルがそんなことを考えていると、横からレシアが声をかけてきた。

「アゼル。おまえは食べ物にこだわっていたようだが、土産は必ず食べ物じゃないといけないのか?」

「いや、そんなことはない。無難だと思っていただけだが、レシアは何か良い考えがあるのか?」

 リンボクとの会話はレシアも聞いていたはずだった。

「染料や刺繍糸、飾り玉なんかはどうだ」

 思いもよらぬ品々を言われて、まじまじとレシアを見つめてしまう。

「それは土産になるのか?」

「ザヤの街は彩りに欠けていたからな。間違いなく喜ばれると思うぞ」

 レシアは自信ありげな表情だったが、アゼルとしては半信半疑だった。

 首を傾げるアゼルを見てレシアは言葉をつづけた。

「……あの街は貧しい。布にしろ、糸にしろ、実用的なものを買うだけで精一杯なのだろう。だからといって華やかなものに興味がないわけではないと思う。自分で買うには躊躇しても、他人から土産で貰うのなら構わないはずだ」

「女はそれでいいとして、男はどうする?」

「釘や砥石、補修用の綱なんかでもいい。それらはザヤでも買えるが選べるほど種類はないはずだ。ここで品質の良いものを買っていけば喜ばれると思う」

 レシアの意見には説得力があった。

 アゼルはリンボクにも意見を聞いてみたが、良いと思うとの返事だった。

 そこで午後はそれらの品物を買うことにした。

 重くもなければ、かさばることもなく、運ぶのに楽で言うことはない。

 アゼルは買い物の最中にリンボクのことを見ていたが、どの店でもリンボクは、商品よりも働いている人間に興味があるようだった。

 一時はどうなることかと思った土産選びだったが、レシアのおかげで陽の高いうちに宿に戻れることになった。


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