第32話
「……まだ死ぬまで時間があるだろうもう少し話に付き合ってくれないか?」
「…ああ」
「いつから私が真犯人だと気づいた?」
ベンチに座りこみ、月を見上げる俺の腹の辺りで駒墨が聞いてきた。
「最初からある程度は疑ってたよ……、自身の血を誇るでもなく、浮世離れしてるしよ……でも結局結論が出たのは美野都と戦ったときだな」
「……それは?」
「殺された子供の身体の内臓はごっそり無くなってたんでな、もし美野都がやっていたならあんな死体は出来上がらないだろうさ、でもお前の黒水鬼ならそれが出来る」
「ああ成る程な、少し考えればわかるようなことだったな」
ふっと口元を緩めて笑ったのを腹で感じた。
「俺からも聞きたいことがある。何でわざわざ犯人探しなんかに協力したんだ?」
「遅かれ早かれ私は私で無くなる……昔から我が一族は黒水鬼達を使役し、色々と歴史の裏で暗躍をしてきた……しかし強大すぎる黒水鬼は徐々に使役するもの自身の身体を食いつくしやがて今度は精神まで侵食し始める。人食いはその兆候だ。そうなれば別の一族の者がその術者を始末して新しい使い手になる。昔から繰り返されてきたことでな、私も私の姉を食って黒水鬼を授かった」
淡々と話す駒墨の邪魔をしないように、また寒くないようにそっと優しく抱きしめる。
月は変わらず俺達を照らしていて、虫達は黙らされていた分の利子を取るようにやかましく鳴いている。
それでも駒墨の決して大きくは無い死に際の言葉は聞こえていた。
「姉を屠り、使命のままに人を殺し続け、やがて黒水鬼に使い潰されて別の一族の者に食われる運命だと思っていた。それが私の運命だと思っていた……ただあるときそれが空しくなってな、せめて姉が私に食われる前に言っていたことをしたくなったのだ」
「それが……学校生活だっていうのか?」
「……私が姉を食ったとき、私は十歳で姉は十六歳だった。姉が死んだ年齢になって今度は私が殺される順番になるとは笑える話だな、まったく……」
月光を反射していた大きな瞳に少しずつ闇が広がっていく。
虚ろになっていく瞳の色に自身の顔を映しながら俺は何も言わずに見つめていた。
「安心しろ……まだ君の顔は見えているよ。そうだ美野都に謝っていてくれないか?彼女が私を攻撃してきたときの髪がどうやら消化しきれずに残っていたようで、そのせいで彼女に疑いをかけさせてしまった。さすがに彼女が目覚める前までは無理そうなんでな」
段々と声に力が無くなっていくのを感じる。
あれだけ馬鹿強くて化け物みたいな女がもうすぐ最後を迎えるとは信じられなかった。
「それともうすぐ私の家の使いが来るだろうが、後始末はその者に任せてやれ。新しい使役者も一緒にくるだろうから、黒水鬼が暴走することもないだろう……はは、まるで遺言だな。迷惑だとは思うが頼まれてくれるか?」
「……わかった」
「ありがとう。ふふふ、妙な気分だ……もうすぐ死ぬというのに何故だか幸せでたまらないのだよ」
軽やかに歌でも歌うように笑う駒隅に釣られて俺も微笑んでしまう。
「ああ、いい笑顔だ……私が思うに君はもう少し笑っていた方がいいと思うぞ?空々しい作り笑いなんかやめてその笑顔で思いっきり笑ってやってくれ、きっと誰もが君を好きになってしまう……ああそういえば最後に一番大事な事を言い忘れていたよ」
「何だ、言ってみな」
促す俺の言葉できゅっと一瞬目を閉じて真剣に本当に真剣な顔で、光を通さなくなったはずの瞳にもう一度月光を満面に浮かべる。
「私は君を愛している」
「俺もだよ」
自然に返事が出る。
驚いたように瞳を大きくさせる駒墨の頭を全身で包みこむように抱きしめた。
「ああ……嬉しいな、本当に嬉しいよ。たとえわずかな期間だけだったとはいえ、本当に私は幸せだったよ…………姉さま、ごめんなさい」
それを最後に駒墨は黙ってしまった。
きらきらと光る瞳を閉じて、憎らしげにでも気高い雰囲気を少しも損なわず、妙にズレたことをいう唇も動かさず駒墨は止まってしまった。
まるで眠るように……本当に本当に眠ってしまったように……。
虫も月も風も少し前までが夢のようにいつものように泣いている。
だが、俺の周囲は穴だらけのコンクリート、ばっさばっさと切り倒された樹木とそれらの破片が散乱していて、しばらくはこの公園は入場禁止になるだろう。
そうだ恭介に連絡をしないと、そう思った矢先、あの激しい戦闘でもどうやら奇跡的に壊れていなかった携帯がプルルルとこの場では妙にコミカルな着信音を鳴らす。
この着信音は恭介の携帯からだ。
まったくタイミングの良い奴だ。
取り出した携帯はところどころヒビ割れていたけれど、まだ使えると叫んでいるようにメロディを歌っている。
「もしもし……どこにいる?そして無事なのか?」
「ああ……俺はな。今は駅近くの公園にいるよ」
「そうか、すぐに向かう。それから……」
一瞬間を空けて、一度息を呑んで、
「気をつけろ」
それだけ言って電話は切れた。
気をつけろ?
相変わらず美野都は地面に倒れているというのに……一体何に気をつけろって言うんだ?
そんなことより疲れた……疲れすぎてこのままこの場で寝てしまいそうだ。
何しろ懐にある駒隅の温まりはまだ残っていてそれがすごく心地良いのだから。
公園の外で数台の車が止まる音が聞こえる。
恭介が来たんだろうか?
いやそんなはずはない!
車から降りる何人もの足音とそれらが隠すことも無く発する殺気を感じて俺は駒墨をベンチの上に置いてゆっくりと立ち上がる。
人数は……おそらく八人。
その一人一人がかなりの実力を持っていることが足音だけでわかった。
公園内は静まり返っている。
虫達もまた黙らされてたまったものじゃないだろうな
ははは、何故か笑ってしまう……ただ警戒だけは最大にして。
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