第31話

 数十メートル先を見据えると、赤髪と黒水鬼の常人との境を超越した死闘がまだ続いている。


 ついさっきまでは押され気味に見えていたが、赤髪は自分の髪を空に照射して自身の前方に雨のように降り注がせるという攻撃がある。


かつてあいつがまだ人の範疇に居た頃の技を使って黒水鬼達の接近を防ぎ、むしろ押しているようにも見えた。



 だがそれはあくまで黒水鬼だけの話で、慎重に悟られないように動いた俺の眼前では、奴は無防備な背中を晒し、ただ自分の前だけに精神を研ぎ澄ませているようだった。


 気づかれるな……、気づかれるな……。


 刷り込むように心中で呟きながら、ゆっくりと距離を近づき……やがて……たどり着いた。 

 全力で踏み込めば奴が気づく前にその身体を断ち切ることが出来るであろう間合いに入り込めた。


 奴はまだしつこく動き回る黒水鬼の殲滅に躍起になっているようでこちらに気づいていない。

 いまだ! 全力で右足を踏み込んで地面を飛び立つ。


 一歩で一気に赤髪の背中に手が届く距離にまで詰め、右手の刃を振り下ろす……しかし俺の起死回生の一撃は届かなかった。


 タイミングを計り、ギリギリまで距離を縮め、これ以上無いほどに最高のスタートを切った攻撃はたまたま赤髪のすぐ右手側に吹き飛んだ黒水鬼の欠片によって破綻した。


 その欠片を切り裂こうと赤髪が自身の髪を硬質化させたその瞬間に俺の攻撃は到達してしまったのだ。


 ガキンと言う絶望の音が聞こえたと同時に髪と一緒の燃え上がる赤い瞳がグルリと向いて目が合った。


 瞬間、右の視界から左の視界に赤い閃光が走る。


 視界がグルリと水平に動き、チラリと自分の顔が端に見えた……口から上の無い顔と……赤い噴水が……。


「まだだ!もう一度振りぬけ!」


 ピシャリとした声が聞こえた。


 その声を聞いた瞬間、自分の身体が動き、その武器を赤髪の背中を縦に振りぬく姿が見えた。 


「あぁぁあぁぁぁああああぁ!!」 


 大きく高く叫んだ赤髪の身体が倒れるのを見た。 


 信じられない……勝ってしまった……死んだはずなのに……どうして……。 


 心の叫びがリンクしているのか目の前で自分の身体が叫んでいた。 


「おおおぉぉああ!」


 彼? というか俺の切断された口の上から噴出されていた赤い血はいつのまにか何か黒いドロドロしたものとなっている。


そしてそれは俺の視界の右上から真ん中辺りを通って俺の切り裂かれた傷口辺りにつながっているようだ。


「こ、こ……れ……は……?」


 離れたところに立っている俺の口が開く。


「ギリギリ間に合ったようだな……肝を冷やしたぞ」


 いつの間にか身体を再生させていた駒墨がやや辛そうな顔をしながら俺の身体の横にフラフラとした足取りで立っている。


「ど、ど……う……いうい……」


「君の奇襲が失敗した瞬間に一か八か身体から離れて、近くに落ちていた黒水鬼を取り込み、君と君の身体をつなげたんだ。顔が吹き飛ばされていたり脳みそが切られていたらいくら私でもどうすることも出来なかった……どうやら君は悪運が強いようだな」


 ニコリと笑った駒隅に俺は何と答えていいかわからないでいた。


 だが黒水鬼とつながっている俺の口元辺りがわずかに歪んだのを見るとどうやら苦笑したようだ。


「とりあえず……身体を元に戻すとしよう、この身体は外側だけを構成していて中身はスカスカなのでな、つなげている分も取り込まないと崩れてしまう」


 すっと俺と俺の身体をつなげている部分に手を通すと、するすると吸われるように黒水鬼が吸収されていく。


 その後は手を動かして俺と身体をつなげ、やっと落ち着いたように一息ついた。


 ほんの数十秒前まで離れていた部分をさすりながら何の跡も残っていないことと駒墨の能力に驚愕する。


 本当にこいつの能力は何なんだ?


 他人の身体を繋いだり再生したりできるなんて……。


 俺とは根本的に違う力に初めて畏怖を覚える。 


「私が怖いか?」


「ッ!」


 急に問いかける駒墨に思わず息を呑んでしまった。


 それだけで察したのかため息をつく。


「……そうか、仕方ないことではあるがやはり私の能力は君から見ても異常だったか……参ったな……」


 照れたような寂しそうな顔で笑う駒墨。


 そんな駒墨の頭に俺は無意識に手を乗せる。


「な……何を?」


 予想外の行動に少し驚いたような駒墨にそっと顔を近づけ……そして、


「勘違いするな!確かにお前の能力には驚いたがな、それでもお前が俺を助けてくれたということは忘れていないんだからな……だから……その……なんだ……う~、ありがとよ」


 顔を見ないでそれだけ言う。


 あっけに取られたように息を呑む音が聞こえたが、恥ずかしすぎるので見ない。 


生まれて初めての素で言う礼の言葉に本気で照れてしまっている自分自身が恥ずかしい……。


「……あ、ああ、どういたしまして」


 駒墨が後ろから返事を返してくれる。 


それでも俺はまだ顔を見れないでいて、照れ隠しなのか口が勝手に動いてしまう。


「ま、まあなんだ……あんたも……しばらくはこの街にいるんだろう?だ、だったら俺とお前はもうあ、相棒……みたいなものだか……ら、礼は今回しかい、言わないからな」


 自分でも何を言っているのかわからないまま勝手に出てくる言葉を駒墨はうん、うんと一つ一つ返事をして最後に、


「ああわかったよ……相棒」


 すごく優しい声でそう言った。 


「お、おう!」


 不器用に返す俺に、後ろでクスクスと笑う声がしたが、聞かないフリをする。 


「う、う~ん」


 その時、地面に倒れていた赤髪が声を発する。


 弛緩した空気を一気に張り詰めて俺と駒墨は身構えるが、どうやら起き上がって攻撃するどころか気絶しているようで、うめき声をあげただけのようだった。


 だが俺は驚く……確実に背中から半分に綺麗に断ち割ったはずの身体が再生していたことにではなく、その姿にだ。


「こ、こいつ……は」


 驚く俺を尻目に駒墨は無造作に近づき、そっと膝をついて今は綺麗に輝く赤銅色の髪を整えてそいつの顔を月下に晒す。


「美……野……都?」


 予想外の事実に絶句する俺に振り返って、駒墨は俺に今日の夕方に問いかけた問いをまた俺に投げかける。


「それで君はどうするんだい?」


「お前はどうしたいんだ?」


「聞いているのは私の方だ……質問に答えなさい。彼女は罪を犯した、子供を殺し、中の内臓を貪った化け物だ、全く信じられないことだがな……それで、君は彼女を処理するのか?この街では君が先輩だ……決断するのは君自身だ」


 熱っぽく真剣にまっすぐに駒墨が俺を見つめる。 


その異質さの意味を、問いかけの本当の意味を俺は察して黙り込んでしまう。


 曖昧にすることはできないのか……。 


「こいつが本当に人を食っていて、それをやめようとしないのなら……やはり殺すしかないだろう」


「そうだな、逃れようの無い性、本能であるならばそれを止めることは出来ないだろう」


「それでも……我慢は出来ないのか?」


「二月……いや一月に一人は捕食しなければ自分自身で無くなる。君とは違って原初からの始まり自体が根本のところで化け物なのだからな……人食いを止めることは何も食うな飲むなと同義になる」


「……やはり死んでもらうしかないのか」


「……ああ」


 表情も発する声もまるで固いままで駒墨が結論を肯定する。


「私だって本当に残念だ……本当だぞ?あの遊園地にもう一度行くつもりだったというのに……」


 それに答えず、腕を上げてゆっくりと構える。


 せめて……せめて一瞬で終わらせるために……。


「さあ、早くしろ……やるなら頭を細切れにしろ。さすがにそこまでされては少なくとも……死ぬだろう」


 先ほどの自分を考えると、あながちそれは嘘なのでは無いかと思える。


しかし駒墨が言うのだから本当のことなのだろう……それが確実に全てを殲滅させる唯一の方法だ。


「わかった……行くぞ?」


「ああ……やってしまえ、思い切り、何も残らないようにな」


 戦いの時の静けさが嘘のように、虫や風が鳴いている。


 その中で月だけが上空で俺達二人を見下ろしていた。 


「さよなら…だ」


 別れの言葉を駒墨が発すると同時に俺の刃が駒墨の首を跳ねた。

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