第30話

「死なせはしないと言ったはずだ……さすがにあれを無力化させるには全身の黒水鬼を使う羽目になったが……」


 首だけになった駒墨がこちらに目線を向けて転がっていた。


 首だけ……。 


目の前にいる駒隅は本当に首だけしか残っていなかった。


 敵の凶刃に倒れたとき、確かに首から下はバラバラになった。


 普通なら即死、生きているはずが無い。


だが俺が本当に驚いているのは、まさに駒墨が言った言葉……つまり『全身の黒水鬼を使う羽目になった』


 目の前に居る……駒墨の身体は一つも無かった。


 バラバラにされて地面に落ちたパーツも、攻撃から免れてかろうじて首の下についていた部分すらまるで煙のように無くなっていて、ただ首だけが地面に転がっていて話していた。


「お、お前……は……」


「言っただろう……化け物とは私のようなことをいうのだ。私の全身は全て黒水鬼の集合体……かつて肉体というのもあったが全て食われた。私は化け物になるために全てを捧げた……いや捧げなければ生きることの出来ない存在だった」


 疲れたように独白を続ける駒墨の言葉を最後まで聞く余裕は無かった。


 必死の鉄槌を退けたとはいえ、敵はまだ健在なのだ。


 また新たに攻撃を仕掛けて来る可能性は十分にある。


 というか今まで攻撃を仕掛けてこないということが異常なのだ。  


 俺は駒墨の頭を持ち上げ、身体を引きずりながら近くに置いてあったベンチの裏に潜む。 


スチールのそのベンチが赤髪の攻撃に耐えられるとは思えないが、それでもあのまま地面に横たわっているよりかははるかにマシのはずだ……いま出来ることをやってそれから反撃を考える……戦いの基本だ。   


 座った状態でベンチの陰から顔を出すと、赤髪が何故自分を殺す攻撃をしてこなかったかがわかった。


 淡く照らす月の下で炎と影が戦っていた。 


炎が空中で揺られ踊るように赤髪が跳ね回り、そしてそれを飲み込もうとする黒い波が決して狭くは無い公園内で絡み合っていた。

 

 その黒波の間を嵐に振り回される小船のように駆け回りながら赤髪は自身の攻撃で散らしていく。


 しかしいくら切り裂いても、無数の穴を穿っても最終的にあの恐ろしい死の赤き鉄槌を繰り出しても、彼女を漆黒の黒に飲み込もうとする黒水鬼の勢いは消える事はなかった。


「よし!この調子でいけばいつかはあいつを……」 


「いや……このままでは非常にマズイ」


 自然に出た言葉を胸元で抱えられていた駒墨が否定する。 


「どうしてだ?あんなに追い詰めてるじゃないか」


「追い詰められているのはあいつだけではない。周りを見てみろ」


 周囲を見渡すと確かに黒水鬼が攻撃しているのは赤髪だけでは無かった。


 広場内にあったベンチ、樹木、コンクリートの床全てが泥の中に沈むように黒水鬼に飲み込まれていた。


「おい、やりすぎだろ……後々の再建が大変だって恭介に嫌味言われるぞ」


「私にはどうすることも出来ない。そんなことより黒水鬼が迫ってきている、避難したほうが身のためだぞ」


「何で逃げる必要があるんだよ?また前みたいに俺を顔だけ出して踏むつもりか?ああ踏みたくても足が無いか……ハハハ!」


 わざとらしく笑ってみたが、駒墨の目は真剣だった。


 そこで初めて避難しろという言葉が冗談でもなんでもなく本気だとわかった。


「……黒水鬼はお前が主なんだろう?」


「ああ、私が基本的には黒水鬼を使役している。だがしかし、先ほども言ったように君を助けるためと身体をバラバラにされてしまった影響で一部が私の制御から離れて暴走してしまった」


「つまりそれはどういう意味だ?」


「つまり今の黒水鬼に捕まったら、あの木やベンチのように飲み込まれて二度と出て来れなくなる。そしてそれは私も一緒だ。今の私をあの中に投げ入れても、彼らは私を飲み込んで離してはくれないだろうな……まさにお手上げだな、ハハハ」


 先ほどの仕返しだろうか、何の感情も無く笑っていた。


「笑えるか!それじゃあいつを倒しても下手すりゃ俺達は終わりなのかよ」


「そうだな、まあ被害範囲はせいぜいこの公園丸ごと一つと期間は数日くらいだろうな。それくらい立てば我が家の始末人が後処理してくれるだろうさ」


 冗談じゃない。


 さっきまでは死ぬことを覚悟していたが、せっかく助かる命なら助かりたいのが人情ってものだろうが……。


 しかも戦い抜いて死ぬならまだしもあんな汚いコールタール見たいな物に飲み込まれて人生を終えるなんて御免だ。


「おい!どうすればあの泥水を抑えられる?」


「とりあえずはある程度散らして……ちょっと待て泥水って私の黒水鬼のことか?」


「ああそうだよ!それである程度散らしたら次はどうするんだ?」


「……教えない」


「はっ?」


 言葉の意味がわからずに聞き返す俺に頬を少し膨らまして目線を俺から逸らしながら、


「私の黒水鬼を泥水呼ばわりする奴には何も教えない」


「お、お前……そんなことを言ってる場合じゃないだろうが!早くしないと俺もお前もあれに飲み込まれるんだぞ?というか赤髪のことなんか構ってる場合じゃない!一度ここから退避しないと……って、クソッ!」


 公園から退避しようとして立ち上がろうとして転んだことで思い出した。


 自分が十分に動くことが出来ないことを……。


「う~む、私も君も満足に動くことが出来ない……かといって黒水鬼から逃げ回っていてもやがては捕まる。あるいは敵に殺されるか……そうなるともはや方法は一つしかないな」


 どこか他人事のような駒墨の言葉を胸で聞きながら、やはりそれしかないと俺も納得した。


 しかしそれをするためにはいくつかの条件を整えなければならないのだ。


「足はどうするんだ?それとどうやって近づく?」


 俺の問いかけの答えなのか首の傷口からジクジクと黒い液体が染み出してきてそれが俺の失った右足首の断面に触れると急速に膨れて色は黒いままだが失われた足首の形になった。

 

「気休めだ……もって五分、それ以上立てば消え去るのみだ。それと私が君の体から離れてもそれは崩壊する。とにもかくにもこれで二つ目の条件もクリアできるはずだろう?君の実力ならな……」


 実力か……。


 つい十数分前に完膚なきまでに負けた俺の実力を当てにしてる時点でこの勝負があまりに分の悪い賭けだということを証明していた。


「選択肢が一つしか無いのならばそれに全力を尽くしかあるまい……与えられた物で勝負しなければならないのはいつだって同じなのだからな。それと……」


「それと……何だよ?最後になるかもしれないんだ、聞いといてやるよ」


「私は約束を果たしただろう?君を死なさないと……だから君も私をもう一度あの場所へ連れて行ってくれ……そう約束してくれ」


「……いくぞ」


 その言葉に答えないまま、俺は右足首にぐっと力を入れる。


 感覚、感触はまるで自分本来の足のようだ……黒水鬼が神経までつなげているのだろうか? 

 そんなことはどうだっていい……残り数分に全力を尽くすだけだ。 


 なぜならばもう一度あの遊園地に行って綺麗なあの夕日の中を一緒に帰ると約束したのだから。


 駒墨が落ちない様に左手でぎゅっと包み込む。 それだけで満足したように彼女は瞳を閉じた。

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