第28話
未練がましく俺の攻撃を必死に防ごうとしている。
いつかの誰かの腕みたいだ。
だから邪魔にならないうちに切り落としてしまおう……大丈夫まだ完全に硬くなるまで刹那の間があるから。
「……ああああっ!」
うるさいな……腹の傷を蹴りで抉ってやっただけなのに……。
なんだよ、離れるなよ……せっかく抉った肉の感触が気持ちよかったっていうのに……もっと味わらせろよ。
抉った肉の奥の内臓、さらにその内臓の中心部から奥の背骨を断ち割らせてお前の身体から向こう側を見させてくれよ。
きっとそこから見える月は鮮やかで風が綺麗に通り抜けてくれると思うから……。
「なっ何故、急に……駄目っ!これでは……」
敵の声が遠くに聞こえる。
髪を槍状に伸ばし距離をとろうと下がろうとする。
不思議にゆっくりと動く敵の足を掴んでそのまま地面にたたきつける。
パンっとした何かが破裂するような音がして敵が血を吐いた。
でも無造作に掴んだせいで俺の腕やら足には奴の攻撃によって穴が開いてしまっている。
なのでータルで出した血の量はまだ負けているだろう。
もっとも身体の大きさが違うから同じ量出したらギリギリ致死量かも。
それより敵に顔面蹴り上げられて思わず手を離しちまったから大分距離を開けられちまった方が問題だ。
あいつが腹を抑えて俺を殺してやるって目で……してねえな……。
なんだかまるで怖がってるような……それはねえ! それはねえよな!
ああそんなことがあるはずが無い……、あいつは俺を殺す奴、俺はあいつを殺す奴、そのどちらかしか無いはずだろうが……偉そうで本当に強いあいつが実はあっさり負けるなんてそんな漫画みたいなことがあってたまるか。
それじゃ目の前にいるこいつはなんだ?
ゆっくりとわざと隙だらけに歩いていく。
でも何もしてこない。
うずくまってまるで土下座しているように地面に額をつけて、ジリジリと後ろに下がっているだけ……一体これはなんだ?
ああもういいや……なんでもいいや……だってこいつは…………。
「もう……死ねよ」
倒れこんでいる敵の後頭部に柱を打ちつけるように刃を突き立てる。
骨を砕く硬い感覚と脳みそを崩す感触。
そしてコンクリートの地面を穿つ手応えを全身で感じて戦いは『終わった。』
まるで夢のように何の感慨も無かった。
ここまで追い詰められたのも……ここまで血を流したのも……ここまで自分の限界を超えて戦ったのも初めてだった。
そしてこれほど怒りを感じた勝利も初めてだった。
ふっと空を見上げる。
いつもと同じ、ただちらほらと星の光る、当たり前の夜空が広がっていた。
「危ないところだったな」
無感情に駒墨が声をかけてくる。
同時に俺の身体にあの黒いベッタリとした黒水鬼達が駆け上がってくる。
「とりあえず傷口を塞ぐだけだ。さすがに血液までにはなれない……私以外のはな」
「…………」
俺は黙って空を見続けている。
そして何気なく言葉が出た。
「なあ……虫は鳴いているかい?」
「……いや、まだ黙っているよ……、終わってないからだろうな」
その言葉を聞いて心底ほっとする。
「なあ……俺、まだ戦えるかな?」
駒墨は少し間を空けて答える。
「他人の身体は良くわからん……ただ私の経験上、君はすでに死んでるはずだよ。まあとりあえずだが、身体に空いた穴と削られた肉は付け足しておいた」
ふっと笑みがこぼれる。
身体は痛いがまだ動くことが出来ることと、氷が解けるように緩慢に死ぬことを防いでくれたことで、心が油断したようだ。
「そうか……ありがとう」
「……どういたしまして、それじゃ私は下がるよ……約束だからな……それと、死ぬなよ?」
「……わからないよ」
身体を覆っていた黒水鬼達が引いていく。
少し身体をゆすって俺は視線を地上に降ろす。
そして自身の腕と一体化した刃を抜いてスキップをするように後ろに三、四歩下がって……宣言する。
「まだ生きてるよな?続きをしようぜ」
「…………っうう、あっあ……」
頭に出来た亀裂の間から音が漏れる。
遅れて、血と同化するように地面に垂れていた赤髪が動き出す。
それらがいっせいに傷口に集まって頭に出来た裂け目を塞いでいく。
どうやらこいつの髪は駒墨の黒水鬼達と一緒のようだ。
髪自体が肉体全ての代用品になる。
おそらくは足りなくなるほど切り刻むないと死なないのだろう……。
それまではこちらも回復に専念しないと……不思議なものであれだけ頭を支配した怒りも……まるで他人事のように感じる意識の変遷は収まっていた。
いま全てを支配しているのは不思議な親近感と嬉しさだけだった。
「そうだ……そうだよな……うん」
言葉がこぼれる。
あわてて唇を閉じて心の中でその真理を今更ながら実感していた。
『勝利も敗北死も全てを自分だけのものにして味わわないと』
奴が緩慢に動き出す。
頭に空いた穴はとっくにふさがり、硬質化した髪が檻のように周りを取り囲んでいる。
それは奴自身を守るためなのかあるいはこの化け物から他人を守るためにあるのか?
瞬間、何の予備動作もなく奴の身体が飛び上がった。
伸縮自在の髪を折り曲げて、その反動で飛びあがったのだ。
あわてずに俺は空中に居る奴を見据える。
星明りの下で見る敵の身体はまるでクモのようにいくつもの腕が生えているように見えた。
いや実際に腕と一緒だ。
何本もの腕が刃を持って敵の身体を穿とうと迫ってくる。
……しかしそれは俺ではなかった。
「駒墨、気をつけろ!」
気づいた俺が叫んでも駒墨はまるで聞こえていないかのようだった。
身じろぎ一つせずに彼女を殺そうと迫るいくつもの刃を全身に受け、まるで紙のように吹き飛ばされて地面を転がっていく。
「何やってんだ!」
尚も地面に転がった彼女を襲おうとする赤髪を横合いから全力で蹴りを入れ吹っ飛ばし、駆け寄る。
駆け寄った俺の顔を見て駒隅がかすかに笑う。
どうやら死んではいないようだ。
だが胸には普通なら死んでるくらいの大穴が開いていて穴の向こう側から灰色のアスファルトが見えている。
「……痛い」
「当たり前だ、むしろ死んでいないことのほうが驚きだぞ。何で避けなかった?あれくらいなら十分に避けるなり防げただろうが」
駒墨が俺の問いかけに一瞬大きく瞳を開き、やがて不貞腐れたように唇を尖らして、
「だってあいつを倒すのは自分だってお前が言ったからじゃないか」
「そ、それで何も……しなかったのか?」
拗ねたように頬を膨らましながらコクリと頷く。
「ば、馬鹿か……そんな、約束とも言えないことを……」
「私とお前は同類なんだろう?初めての仲間なんだ、約束は守りたかった」
あきれ果てる俺の態度にますます腹を立てたのか、仰向けに転がったままプイとそのまま顔をそむけてそんなことを言う。
「だ、だからって……お、お前……」
何と言っていいかわからないでいる俺の横から獣のような咆哮が轟く。
「ああぁぁぁあぁぁあ!」
それを聞いた俺の背筋に一瞬で汗が浮かぶ。
駒墨の方も硬い表情で俺の顔を見た。
そこに居たのは獣のようではなく、獣そのものだった。
先ほどまで戦っていたあいつは化け物じみた能力を持っていても人間だった。
分かり合えなくても意思の疎通ができる存在ではあった。
だが今は違う。
獅子のたてがみのように広がった燃髪は全てを切り刻むかのように凶暴な刃と化してアスファルト上に穴を作り出し、瞳は金色に輝かせ、四肢を猫科の獣のようにしゃがみこませながらこちらを見ている。
そして大きく開いた口にはそれこそ俺の身体なんぞ簡単に引き裂けるような犬歯がズラリと並んでいた。
「……まさに変身だな」
畏怖を込めて駒墨が呟く。
俺は何も言えずにいた。
変貌した敵の姿にではない……自分自身の愚かさを呪う後悔に黙り込んでいたのだった。
なぜなら……それは……。
絶句する俺を本当の意味で黙らせるために敵が動き出した。
まさに動物のように全身のばねを使った、到底人間ならば不可能な速度と動きで迫る奴は応戦しようとする俺を嘲笑うように腕の一振りで何メートルも先へと吹き飛ばす。
とっさに自分の武器を直線上に置いておいてよかった。
そうしなければよく磨き上げられた鎌のような敵の攻撃で俺の頭は空へと飛び上がっていたからだ。
すぐに体勢を戻す。
しゃがみこんだ俺の頭のすぐ上で空気を切り裂くヒュンという音がし、左右の視界からは見慣れた赤い槍が迫ってきている。
すぐにアスファルトを右足で強く蹴り上げてまっすぐ敵へとつっこ……まない!
右足で蹴り上げて、得た横への力を今度は左足を使って空中に飛び上がるための縦の力へと加味させて斜めに飛び上がる。
つまり俺の身体は正面に居る敵の上を逆さまのまま通過していく体勢となる。
空に輝くつるりとした月が足の下で光り、月面のようにでこぼことしたアスファルトを天井にした俺は奴と空中で一瞬だけ目を合わせ、次の瞬間には身体を捻って右腕を一閃した。
俺を串刺しにするため放物線状に髪を広げていたので、その内側に入った状態での攻撃を髪を戻して妨げることはすぐには出来ないはずだ。
だがしかし全身の力を使って放った俺の攻撃を奴は難なくと口で受け止めて俺の身体ごと空中に止めてしまう。
すぐに空いた左手で奴の目を貫こうとしたが、それは読まれていたらしく避けられてしまった。
せめてもの救いはくわえこんでいた刃を離してくれたので、左右から貫こうと迫ってきた攻撃を後ろに下がることで避けることが出来たくらいだ。
「クソッ!どうすりゃ……」
焦りが口から漏れる。
その言葉さえ言い終わらぬうちに嵐のような攻撃が迫ってくる。
前……、左……、右……、上……、後ろ……、そのどれかさえ受けてしまえば俺の命を散らすことの出来る一撃をひたすら避け続ける。
出来ることはそれしかなかった。
反撃なんて夢のまた夢の遥か彼方……ただただ終了をじたばたと見苦しくあがなっているだけの惨めな時間。
やがて終わりを知らせる合図がきた。
奴の一撃が俺の右の足首を吹き飛ばしたのだ。
鋭い刀のような奴の髪だ。
どうやら攻撃が当る瞬間にその鋭い刃をさらに細かく分け、挟み込んでミキサーのように回転したらしい。
俺の足首より下はどろりとした赤い液体と成り果てた。
まるで奴の髪のように鮮やかな赤に……。
地面に倒れこんだ俺は、観念して仰向けになって奴に腹を見せる。
そんな俺を見て奴は相変わらずの獣じみた姿のまま、ギシリというような音が聞こえそうに口元を歪めた。
……笑ってやがる。
なんとも嫌な笑い方だ。
俺もあんな笑い方していたのだろうか?
ゆっくりと近づいてくるそれを見ながら俺は自嘲気味に笑って夜空を見上げる。
虫達も決着を予想してか、静かに、でも確実に鳴き始めた。
不思議に落ち着きながらゆっくりと俺は深呼吸をする。
やっと……終わるときが来たのか。
ふと顔を動かして駒隅の方を見ると、怪我が痛むのか何か辛そうな顔をして俺を見ている。
そんな顔をするなよ……安心しろ、こいつも一緒に連れていくからよ。
奴が俺のすぐ横に立つ。
身体の上で赤く無数の刃がゆっくりと放射状に広がっていく。
奴の顔を見上げてみる。
なんだ……妙に見覚えがある顔をしているな……まあいいや、もう死ぬ俺には……な。
そして刃が……俺の身体の上にまるで流星のように降りそそぐ。
その瞬間、俺は最後の力を使って飛び起きて奴に飛びつく。
意外に小さい奴の身体を抑え込みながら腕の刃で奴の首筋を貫こうとするが、その間にあの忌々しい赤髪が……、構わず両腕を使って力を込めて全力で突く。
瞬間、ガキンという音を出して壁に穴は開き、攻撃は奴の首を貫いた。
「きゃああああぁあぁあ」
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