第24話

 弛緩した雰囲気を引き締めるような甲高いブレーキ音を立てて電車が止まる。


 俺達が降りる駅だ。


 どうやら大変だった一日も何とか終わりが見えてきたようだな。 


「おい起きろ、駅に着いたぞ」


 横にいる美野都をゆすって起こそうとする。


「う~ん?……ムニャムニャ……」


 一度は起き上がって歩き出したが、フラフラとしていて危ない。


「ああもう危ないな!ほらこっちだよ」


 美野都の右手を取ってホームに降りる。 


しかし今度は左の方へと身体を傾けるので歩きにくくてしょうがない。


「なんだかんだ言ってても面倒見がいいな……君は」


「そりゃどうも……ったく、いい加減自分で立てよな。ほら!そっちに行ったら危ないって言ってるだろうが」


 まるで夢遊病患者のようにふらつかれるので危なくてしょうがない。 


「こうすれば危なくないだろう?」


 駒墨が左に回り込んで美野都の左手を握る。

 確かにこれでふらつくことは無いだろうが……。


「本当に親子連れだよ……これじゃ」


 諦観した顔で改札を出る。


 そういえばここで待ち合わせたときに大事な話があると駒墨が言っていたが、まだ聞いていなかったな。 


「なあ、結局……」


 俺が駒墨の方に顔を向けると、彼女は改札口を振り向いて何かをじっと見ていた。


 その目は何か懐かしいような、悲しいような表情で、視線の先をたどると……そこには小さな子供を連れた親子が立っている。


 上品で穏やかそうな母親に、優しそうな父親、そして心底楽しそうにはしゃいでいる女の子。


 何処の街にもありそうな光景だった。


「……またどこか遊びに行きたいな」


 親子連れが自分達の横を通って人ごみの中に消えるまで、それを黙って見つめていた駒墨がポツリと呟く。 


「……そうだな」


 寂しそうに言う駒墨になんとなく俺も同意した。


 大変で楽しいとはあまり言えなかったが、またこういうことがあってもいいかもしれないと思ってしまったのだ。


 おそらく夕日がビルの間に沈みかけ、もうすぐ消えてしまうはかなげな光に惑わされて、そう思えてしまったのかもしれない。


「そういえば何を言いかけていたのだ?」


 ふいに振り返った駒墨が俺に問いかける。 


その姿はいつもの彼女のようだ。


「いや大事な話ってなんだって聞こうと思っただけだよ」


「……それならもういい。すでに済んでいるからな」


 夕日が完全に沈むその瞬間に見せた駒墨の顔は別の存在のように思えて、理由のわからない胸騒ぎが俺の中を一瞬ざわめかせていった……。




「やあ……デートは楽しかったか?青少年!」


 駒墨と別れた後(美野都はまだ起きなかったので駒墨が自分の部屋に連れていった)


 帰宅すると、仲間はずれにされた三十路手前が居た。


「デートっていうよりも子守だったけどな……それで勝手に家に入ってきて何をしていたんですか?振られ男さん」


「そんなことはどうだっていい!」


 怒りを込めた蹴りが鳩尾に綺麗にきまった。


 悶絶している俺を放って恭介が用件を話し始める。


「今日は急に暇になったので、俺の能力全てを駆使して情報を集めてみた!そしていくつかわかったことがあった!」


 やたらテンション高く宣言気味なのはおそらく辛いことがあったようなので、突っ込まず俺は鳩尾を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「わかったことってなんだ!」


 顎に半分本気のパンチをお見舞いする。


「あの方がここにやってきたわけだ!」


 恭介の蹴りが顔にヒットする。


「それは監査のために来たんじゃないのか!」


 本気で顔面を殴りつける。


「どうも違うらしい、どうやら実際は勘当されたみたいだ……な!」


「勘……当?」


 殴りあうのを止めて、俺は問い返す。


「そう……というより追放だ」


 恭介が乱れた服を直して改めて俺に向き直る。


「どういうことだ?何か失態でもやらかしのか?」


「たまにあることだよ。能力の制御が出来ない人間、命令に服従しないもの、色々理由はあるがな。普通は始末されるんだが……さすがに追放だけで済んだらしい」


 まだ腹の中がグルグルと回るような痛みを抱えながら俺は駒墨のことを考えた。


 だから放課後の車の中での会話で何故来たのかを問われて不愉快そうな態度に出たのか。


「まあとにかくだ!監査では無い以上、あの女にはかかわらないように!いやあこれからは枕を高くして眠れるってもんさ」


 殴られたところがヒリヒリと痛むのか、顎を抑えながら、でも嬉しそうに恭介が快哉を叫ぶ。


だが俺は何か複雑な気持ちだった。


 美野都を娘と呼んで俺を旦那様とからかったあの時の駒墨の笑顔がとても楽しそうで、夕日に包まれた駅の改札口でポツリと『また遊びに行きたい』と言った時の表情がとても寂しそう……そしてそれらの対照的な姿が俺の心の中で混じりあっていた。

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