第23話
時刻は十五時二十一分。 俺と駒墨は隣町にある遊園地の休憩所に座っていた。
ジュースを飲みながらチラリと横を見る。
やや不機嫌そうな駒墨の横にはいくつもの袋が置かれていた。
全てさっきの店で買った服だ。
まさかあのカードでここまで買い物が出来るとは……。
駒墨が持っていたブラックカードはどうやらⅤIP御用達らしく、恐ろしいことに金額無制限というものだった。
店員も目を丸くして俺達三人とカードを見比べていた。
当然だ……。 俺だって目を見開いて口を開いた馬鹿面で駒墨の方へ振り向いたんだ。
美野都は何もわかっていないように不思議そうな顔で俺と店員の顔を見ていて、駒墨はムスッとした顔で会計を待っていた。
さてここで何故駒墨がこんなに不機嫌なのかというと、俺と美野都がことごとく駒墨の選んだ服にNGを出し続けたからだ。
何しろこいつが選ぶ服は先ほどの国旗もどきから昔の少女漫画に出てきそうなヒラヒラとした服ばかりで、センスが絶望的なほどに……良心的に言えば変わっている。
結局俺と美野都で良さそうなものを選ぶことにしたが、それでも駒墨が持ってくる服装は相変わらず『駒墨系』なものばかりだった。
結局十数着ほど買ったが、その中で駒墨が選んだものは……。
「どうした……私の顔に何かついているか?」
不機嫌オーラをさらに噴出させながら駒墨が口を開く。
「い、いや……別に……それより、乗らないのか?」
「私はいい……美野都と一緒に遊んであげなさい」
遊園地にいるというのに全く楽しい気配が感じられない。
俺は視線を前に戻す。
美野都が花柄のワンピースを着て楽しそうに周囲のアトラクションを除いていた。
「ま、まあ……よかったじゃねえか、美野都があのワンピースを着てくれてな」
「ああそうだな。それ以外は嫌がってたがな」
駒墨の不機嫌オーラがさらに上がる。
嫌だ……。 何故俺はこんなところにいるんだろうか?
そもそも何でこんなことをしなければならないのだろう?
神様っているの?
いやいたら俺がこんなことになってないか……。
「私のことは気にするな……大丈夫だよ、大分落ち着いてきている」
自嘲気味に駒墨が笑いかける。
しかし俺は気づいていた。
テーブルに指をかけている駒墨の手の下から黒い水がにじみ出ていることを……。
こんなところで黒水鬼発動されたら洒落にならん……だからこそ俺は駒墨の隣に座っているのだ。
「そういえば大事な話って何なんだよ?」
気分を変えるために駒墨が言っていた『大事な話』とやらを聞く。
「ああ……あれか……そうだな早めに言っておくに越したことはないか、実はな……」
「ねえねえ!あれ見て!あれ!凄いよ~、ほら!」
駒墨が俺に向き直って話し始めた途端、見た目どおりにはしゃいだ美野都がやってきてべらべら喋り始める。
「ああそうか、凄いな……うん……うん、そうだな」
駒墨は美野都の目を見て話を聞き、その度に笑顔で返事をしてやる。
その間、俺は置いてけぼりだ。
話しているところだろうがと美野都に注意してやろうとしたが……やめる。
座っている駒墨とほぼ同じくらいの目線の美野都が心底楽しそうに話しかけている。
それを聞いている駒墨の姿が何か仲の良い親子のように見え、俺は何も言えないでいた。
「お前ら……親子みたいだな」
思わず思ったことを口走ってしまう。
しまったと思ったときはすでに遅く、驚いたように俺を見る二人がいた。
「な、何を言ってるのよ!わ、私がこ、子供……で、これが……お母さん?」
美野都は顔を真っ赤にして否定している。
別にそこまで慌てなくてもいいだろうが。
「そうか……美野都は私の娘か。こんな可愛い娘なら大歓迎だぞ」
そういってギュッと美野都を抱きしめる。
「ニャニャニャ~!何をいきなり!」
抱き寄せられて顔をスリスリされて美野都が猫のような声をあげるが、そんなことはお構い無しで駒墨はさらにギュギュ~っと強く抱擁する。
「なんか今度は飼い猫と飼い主みたいに見えるぞ」
「ふふふ、そうか?ところで私と美野都が母娘ならお前は何だ?」
「うん?何がってなんだよ?」
「私と美野都が親子に見えるなら一緒にいるお前は父親になるんじゃないのか?」
「……何を言ってやがる」
俺はあきれたようにそっぽを向く。
俺が父親だって?
ただの化け物で殺人鬼の俺が父親になんてなれるはずがないだろうが……、全くどうかしてやがる。
チラリと視線を戻すと駒墨が悪戯っぽい笑顔でこちらをまだ見つめてやがる。
そしてそれにまだ抱きしめられ続けている美野都も……。
「……何見てんだよ」
美野都を見ながら言うと、
「こんなお父さん絶対嫌だ」
それだけ言い捨てて走り去ってしまう。
「俺も……お前みたいな娘は御免だよ」
走り去っていく美野都の後姿に苦い顔で呟く。
となりにいる駒墨はクスクスと笑っていた。
何か上機嫌にも見える。
「随分と娘に嫌われたもんだな。ええ?お父さん」
「誰がお父さんだ。俺はまだ子持ちの歳じゃない」
「自分で半分認めているじゃないか。はははは」
愉快そうに腹をかかえて笑う駒墨に何も言わず俺は渋い顔のまま黙りこんだ。
結局何も話せられないまま、俺達は帰途につく。
電車の窓からはオレンジ色の夕日が車内をじんわりと染め上げて、何か一日が終わったことを優しく教えてくれるようだ。
「なかなか詩人じゃないか、出来が良いとは言わないがな」
隣にいる駒墨の嫌味にも疲れているので何も返さず、俺は逆隣を見る。
「すー……すー……」
安らかな寝息を立てる自称高校生が寝ている。
「遊園地ではしゃぎ過ぎて帰りに疲れて寝るなんて、こいつ本当に高校生なのか?」
ズムッと柔らかな頬を指で突く。
それでも気がつかずに美野都は眠り続けている。
「今なら俺はこいつが小学校低学年でしたって言っても信じるぞ」
「私は幼稚園児だと言われても信じるな……幼稚園児にしては少々背が高いが」
そう言いながら、美野都の口から出ているよだれをハンカチでふき取っている。
「ずいぶんと世話好きなんだな、妹か弟でもいるのか?」
「姉ならいたよ、少し前に死んだがな」
今度はせっせと乱れた美野都の髪を直しながら笑顔で答える。
「……悪かった」
「別に気にしなくていい、姉は私の身体の中で生きている。私が死なない限りな……」
「それを言うなら心じゃないか?」
「ああそうだったな。娘に夢中で気がつかなかったよ……旦那様?」
「いい加減その話はやめろよ……頼むからさ」
してやったり顔の駒墨を見て俺は軽く頭を抱えた……。
まあなんにしても機嫌が良くなったことはいいことだとは思うんだけどな。
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