第22話

「そんなに首上げて疲れないのか?」


「別に疲れないもん」


 どうやら夢中になって見ているせいか、返事がやや子供っぽい。


 というか子供か……。


「なんだこういうのに興味があるのか?」


 からかい目的で話かけてみると、


「うん……でも無理なの」


 何か思いつめた表情で返してくる。


「そうだな、まず背を伸ばして、ガキッぽいプニプにほっぺを無くして、ペンギンみたいな体系も直さないとだからな……というかそこまでやったら別人か」


 反撃を予測していつでも逃げられる準備をしていたが、意に反して美野都は何もしてこない。


 ただボーッとマネキンの着ている服を見上げているだけだ。 


 何か悲壮な気持ちさえわいてくる姿だった。


「……どうして駄目なんだよ?」


 からかうのをやめて真面目な顔で聞いてみる。


「私は大人にならないの……ううん、なっちゃだめなの」


 そう答える美野都は顔に似合わず妙に大人っぽい決意に満ちているようだった。


「そんなことはないだろう。誰だって嫌でも大人になっちまうんだよ、どんなに大人になんかなりたくないって思ったってどうしようもなく来ちまうんだよ……それは」


「……それでも私は大人になれないの」


 美野都が大きく丸い目で俺を見つめる。


 黒く大きい瞳の中に俺を映して、何か寒気さえおこさせるようなそんな目で美野都はポツリと呟いた。


「ちっ、な、なんなんだよ」


 俺はきびすを返して美野都から離れて服を選びはじめる。


 あれ以上美野都に見つめられていたら駄目だという本能がそれを教えてくれた。


 一体何故なんだろうか? 


何故俺はいたたまれないような気持ちになってしまったんだろうか?


 その意味がわからないまま、逃避するようにただ服を選んで取捨選択しつづけた。


 美野都はまだマネキンを見上げている。


 服を選び始めて十分、いくつかの候補が決まった。


 これならば、駒墨も文句は言わないだろう。


 そんな確信が持てるチョイスだった。


「待たせたな」


 相変わらずの子供が着るような服を見ていた駒墨に俺が意気揚々と選んだ服を見せる。


 駒墨は無表情でそれらを見比べ、


「一体何を考えているんだ」


 やや怒っている様に口を開いた。


「全く、人の趣味にケチをつけるからどんなものかと思ったら……ひどいものだな」


 あまりの言いように言葉を失う。 


さすがにこんな罵倒を食らうとは思いもしなかったからだ。 


「お、俺が選んだ服がどこに問題があるってんだよ」


 さすがにひどいと思って反論すると、駒墨は心底あきれたように頭を振る。 


またその仕草がものすごく似合うのでさらに腹が立つ。


「いくら何でも大人すぎる。 こんなものを着て歩くなんて悪い冗談としか思えん」


 大人すぎる?


 年齢のわりに変に落ち着いているこの女にこの服が大人っぽいだって?


 俺が選んだのは自分のセンスの無さを考慮しても、とてもじゃないが大人っぽ過ぎるもんじゃない。


 第一、念のためにとやや年上から今っぽいのを集めて持ってきたのだ。 


 こいつは俺以上にセンスが無い……というより特殊な趣味を持ってるんじゃないのかという疑いすら出てきた。


「全くこんなものを着せたところでちっとも可愛くないじゃないか……第一、サイズが全然合っていない。見ろ、このスカートの丈では長すぎて引きずってしまうだろう」


 確かに駒墨は細身だが、俺が選んだ服を着てもぶかぶかになるとは思えない。  


 ましてやこのスカートはちょうど駒墨の身長なら膝あたりに丈が来るはずだ。 


こいつは一体何を言っているんだ?

「やはり私の選んだ服がいいな……美野都~、来なさい」


 駒墨が美野都を呼びつける。


 美野都はマネキンを見ることにも飽きていたようで大人しく駒墨の前までやってくる。


「……何よ」 


 そっぽを向きながらやってきた美野都の首の下で駒墨が服を合わせる。 


ちなみにその時あわせていた服は白地に赤の水玉のワンピースという国粋主義者が着そうなものだった。


「うん……やはり私の選んだ方が似合う!これを購入するとしよう」


「……もしかして選んでいたのはこいつの服だったのか?」


「当たり前だろう」


 心外だというように答える。


 そしていつの間にか自分の服を選ばれていた美野都は顔を引きつらせながら何も言えないでいる。


「な、何で……」


 やっと疑問を口にする美野都。


「うん?ああ服がボロボロになっているからな……せっかくの可愛いのが台無しになってしまう」


 ニコッと笑ってワシワシと頭を撫でる駒墨に俺は言葉を失ってしまう。


 そして美野都も顔を赤くし、どうしていいのかわからないようだった。


 チラリと美野都が俺の顔を見るので疲れていた俺は、


「せっかくだから買ってもらえ、今だけだぞ。服を買ってもらうなんてのは」


 投げやりに答えておいた。


「…………うん」


 コクリと頷いた美野都に駒墨がニコニコとさらに頭を撫でる。


「ああ、でもな……」


「だけど……」


 俺と美野都の気持ちは一緒なんだろう。


 まさかこんなとこでこいつと気が合うとは……。


いや、これに気が合わない人間はそんなにいないだろう……。


 右が大好きな人たちなら気にしないかもしれないが……。


「別の服にしてやれ」


「この服、嫌だ」


 店内にいる人間全員が納得したように頷いていた……。

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