第21話

よく晴れた日曜日の昼。


俺は駅の改札口前で一人立ちつくしていた。


「自分から誘っておいて遅刻かよ!」


 毒づいて柱にもたれかかる。


 完全に待ちぼうけを食らわされてイラついている様子を全身で出しながら周囲を見渡す。


しかし呼び出した張本人は姿を表さない。  


 何故俺が日曜の昼間からこんなところに居て、しかも間抜けに待ちぼうけさせられているのか?


 俺の部屋があいつの黒水鬼に飲み込まれそうになったときのことだ。


「はあ~?なんで俺がそんなことしなきゃならな……グワッ!」


 俺と恭介を自身の能力で飲み込もうとした後、部屋を出た駒墨、その後ろから主に恭介(たまに俺も)が許しを乞う。


するとおもむろに駒墨が提案したのがこれだった。


 つまり……、


『今度の日曜日にどこかへ連れて行け』


 まるで休日の旦那にわがままを言う主婦のようなことを言う。


 冒頭の台詞を言った俺の背中を恭介がつねり上げて同意する。


「はい、わかりました!全く私達があまりに愚かで馬鹿で無能でどうしようもなくて不快な思いをさせたお詫びとして全身全霊でどこかへ連れていかせたいと思っておりますでございます」 

 無茶苦茶な日本語で強引に了承してしまったのだ……。


 まあ恭介も休みを取って付き合うというからあいつに全部押し付けてやればいいか。


 そんな計画を考えていると、ズボンのポケットから奴専用の着信音が流れる。 


 俺はゆっくりと携帯を取り出して電話に出た。


 遅刻していることの言い訳を聞いて怒鳴りつけてやろうと思ったが、


「行けなくなった。二人で遊んでろ。それじゃ」


 一言も発せられずに電話はあっさりそのまま切られた。


 ふざけんなと思いすぐに電話をかける。


返事は『お客様のおかけになった番号は電源が……』というメカニカルな声で、返ってきた。


『電源切ってるから連絡してくるなよ、日曜の昼間から付き合ってられないのでバックレま~す』という恭介の本音が十分すぎるほど聞こえた。


 よし、今度会ったときにとりあえず一発殴っておこう。


 そう決心したところでもう一人の待ち人が例のごとくの落ち着いた声で背中から声をかけてくる。


「待たせたな」


「遅いんだよ!一体何を……して……なんでまた……」


日曜の昼間で人通りの多い改札口前で駒墨は白いチェックワンピースで足にピッタリとしたパンツ、上品なショルダーバッグを持って立っていた。 


「似合うか?急遽今日の為に店員にコーディネイトしてもらって買ったんだが」 


 駅に入る人間、出る人間がチラチラと駒墨を見ている。


 中には立ち止まって驚いた顔で立ち尽くしてしまう者もいる。


 ようするに……何というか……魅了されているんだろう。


 元々妙に人を引きつける物を持っていたが、可愛らしい服装でさらにその魅力が増している。 


かく言う俺も一瞬言葉を失ってしまったのだが、黙り込んでしまったのはそれだけが理由ではない、駒墨より頭一つ小さい物体が何故か隣に立っていたのだ。


「なんで居るんだよ?」


 率直な感想を言うと、


「うるさい!好きで来たわけじゃないわよ」


 だったら来なきゃいいじゃねえか……。 


「うん?何でお前そんな顔ボロボロなんだ?」


 今気づいたが、頬の辺りに泥が付着している。


 何となく指の腹でその泥を落としてやるとまるでじゃれつく子猫のようにもがく。


「い、いや……やめっ……ムッ、ム~!」


「暴れんなよ……ほら取れた」


 意外にフニュリとした頬を汚いものがついたかのように袖口で拭いているが、顔を洗っている猫のようにしか見えず噴き出しそうになった。


「それで何でこいつがいるんだ?」


 質問の相手を変えて再度聞いてみる。


「連れてきた」


 簡潔に意味不明なことを返す。


「何で?」


 当然聞き返す。


「大事な話をするのでな」


 ますます意味がわからん。


 どこかへ連れて行けというのは美野都も入っていたのか?


「うん?何でお前も汚れているんだ?」


 近くに寄って見ると駒墨の顔もわずかに汚れているように見える。


 さらに服もよくよく見てみると、所々破れや切れている部分がある。


「美野都が嫌がってな、説得するのに少し時間がかかってしまった」


「説得?あれが?強制的に連れてきたんじゃない!」


 威嚇する猫のように全身で怒りを表現しながら美野都が抗議する。


 そういえばいつの間にかこいつを名前で呼ぶのがデフォルトになっているな。


 まあ今更変えてもしょうがないし、何よりなんかこいつに気を使われてると思われるのがシャクだからこのまま行くとしよう。


「美野都を連れてきたのはいいが、恭介は逃げたぞ。金を出す人間がいないんでどうするんだ?」


「ああそれは私が来るなと命令したんだ。元々三人で行こうと思っていたんでな、電話したら何か震えた声でわかりましたとだけ言っていたぞ」


 ……恭介、可愛そうに。


 拒否されたってのが言えないからあんな態度だったのか……。


 次に会った時には殴るのをやめて何か奢ってやろう。  


「金のことなら心配するな。とりあえず今日一日くらいならこれで何とかなるだろう」


 そういってバッグの中から何か黒いプラスチックのようなカードを取り出して見せる。


「……何だそれ?」


「わからん、持たされていたんだが、お金が無くてもこれがあれば物が買えるようだ。この服もこれで買えたので他にもまだ買えるだろう」


 カードを手に取って見てみる。


 凝った飾りで横にブラックカードと英語で書いてある。


 どうやらクレジットカードのようだが、ブラックカードなんて聞いたこともないんだが……。


「本当にこれで使えるのか?」


「だからこの服もそれで買ったといっただろう。ふむ、それなら実践してみよう」


 俺の手からカードを取り上げると、駅前にある店の中に入っていく。


「そこにあるちびっ子を連れてきてくれ」


「あ、ああ」


 返事をして俺はブツブツと文句を言い続けている美野都の首根っこを持ちあげる。


「にゃ、にゃーーー!何すんのよ!」


 猫のように持ち上げられてじたばたと暴れるのも構わず駒墨の後について店の中に入ったが、


「何をしている」


 入っていきなり非難がましい目で睨まれる。


「な、なんだよ……!」


 情けない声を出してしまった俺にあきれたように溜息をついて、美野都を自分の方に引き寄せる。


「猫じゃないんだぞ!全く粗野な男だな。お前は……」


 くどくどと俺に説教を始める。


「もう高校生になるのだから、少しは世間というものを……女の子に対してもっと紳士に……」


 ……なんで休みに無理やり外に出されて説教されなければならないんだ?


 しかも入口で言われてるので店内の客たちの注目を浴びている。


 誰もが微笑ましいような苦笑するようなそんな微妙な表情をしていやがる。 


「わかったわかった!こうすればいいんだろう!」


 掴んでいた襟を離す。 


すると美野都はスタッと綺麗に着地して俺の足を思いっきり踏みつけ、駒墨の後ろに隠れた。


 どうやら俺がこの女に強く出られないことに気づいてしまったようだ。


「こっの……クソガキ……」


「君が悪い……いつまでも遊んでないで買い物を済ませるぞ」


 店の奥に歩き出す駒墨の後を追いながら美野都が舌を出して挑発する。


 な、なんて生意気な女なんだ!


 いつか絶対ギャフンと言わせてやるからな!


「ふむ……どれにしようか」


 駒墨は店内の一角に立ち顎に手を当てながらなにやら物色している。


 どうも見ている服はお洒落というか子供のピアノ発表会に着せるような服というか……なんかそんな感じの服だ。


 とてもじゃないが高校生が着るような服ではない。


 明らかに幼稚園とか小学生低学年の子が着るようなものだ。


駒墨の私服は今日始めてみたが、こんな服装も好きなのかと若干……いや正直引いてしまった。


「俺も人のことは言えないが……趣味悪いな」


「そうか?似合うと思うんだがな」


「いや似合わないだろ……発表会じゃねえんだから」


「ふむ……それならこれなんかどうだろうか?」


 いつの間に持ってきたのか駒墨の脇には何着もの服が重ねられて置いてあった。  


 そしてその中の一着を広げて俺に見せてくるが、


「だからどうしてそんな子供っぽい服なんだよ」


 駒墨が広げたそれはフリルのついたワンピースで、どんなに頑張っても高校生が着るような服には見えない。

 

「ならばお前の趣味に合った服を持ってこい」


 気を悪くしたのか不機嫌な調子で俺に服を選ばせる。 


 仕方なく俺は周囲を見渡す。 


周囲の客や店員はすでに俺達の掛け合いというか話を遠巻きに聞いていて、好奇心に満ちた目でこちらを見ている。


 ひそひそと聞こえてくる会話の内容から推測するに、俺がセンスのある服を選んできて彼女(?)である駒墨を納得させられるかどうかという事実とは全く懸け離れたものだったが……。


 しかし事実とは全く異なるとはいえ、センスのある服をもってこいと言われた以上は意地でも納得させられるような服を持ってこなければならない。


 確かにあいつの趣味は変だ……子供っぽい、しかもどちらかといえば大人っぽい顔つきだからあいつの選ぶ服を着ると何か物凄く退廃的な印象になりそうなので、俺は外見にあった服装を選ぶつもりだった。


 大人向け服のコーナーに行くと、美野都がショーウインドウに飾られているマネキンを見上げていた。


 ここの店のショーウインドは店内から一段高めに作ってあるので背が平均よりかなり低い美野都は首の角度を上げずには見れない。



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