第25話

「やあ……デートは楽しかったか?青少年!」


 駒墨と別れた後(美野都はまだ起きなかったので駒墨が自分の部屋に連れていった)


 帰宅すると、仲間はずれにされた三十路手前が居た。


「デートっていうよりも子守だったけどな……それで勝手に家に入ってきて何をしていたんですか?振られ男さん」


「そんなことはどうだっていい!」


 怒りを込めた蹴りが鳩尾に綺麗にきまった。


 悶絶している俺を放って恭介が用件を話し始める。


「今日は急に暇になったので、俺の能力全てを駆使して情報を集めてみた!そしていくつかわかったことがあった!」


 やたらテンション高く宣言気味なのはおそらく辛いことがあったようなので、突っ込まず俺は鳩尾を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「わかったことってなんだ!」


 顎に半分本気のパンチをお見舞いする。


「あの方がここにやってきたわけだ!」


 恭介の蹴りが顔にヒットする。


「それは監査のために来たんじゃないのか!」


 本気で顔面を殴りつける。


「どうも違うらしい、どうやら実際は勘当されたみたいだ……な!」


「勘……当?」


 殴りあうのを止めて、俺は問い返す。


「そう……というより追放だ」


 恭介が乱れた服を直して改めて俺に向き直る。


「どういうことだ?何か失態でもやらかしのか?」


「たまにあることだよ。能力の制御が出来ない人間、命令に服従しないもの、色々理由はあるがな。普通は始末されるんだが……さすがに追放だけで済んだらしい」


 まだ腹の中がグルグルと回るような痛みを抱えながら俺は駒墨のことを考えた。


 だから放課後の車の中での会話で何故来たのかを問われて不愉快そうな態度に出たのか。


「まあとにかくだ!監査では無い以上、あの女にはかかわらないように!いやあこれからは枕を高くして眠れるってもんさ」


 殴られたところがヒリヒリと痛むのか、顎を抑えながら、でも嬉しそうに恭介が快哉を叫ぶ。


だが俺は何か複雑な気持ちだった。


 美野都を娘と呼んで俺を旦那様とからかったあの時の駒墨の笑顔がとても楽しそうで、夕日に包まれた駅の改札口でポツリと『また遊びに行きたい』と言った時の表情がとても寂しそう……。


そしてそれらの対照的な姿が俺の心の中で混じりあっていた。


「それと例の連続殺人な、犯人の目星がついてきたぞ」


「へえ、ずいぶん早くわかったな……それでどういう奴なんだ?」


 恭介は黙ってポケットから写真を取り出す。


 写真には腹に穴を開けた子供が写っていた。 


たしかに血が止まった傷口の内部は空洞で、内臓が奪われているのが見て取れた。


「この写真でどうやって犯人がわかったんだ?」


 恭介が写真をポケットに戻して、今度は手の平に入るくらいの小さいビニール袋を取り出した。


「これが空洞の身体の中から数本見つかった」


 ビニールの中には針のようにピンとした赤い髪の毛が入っていたのだった……。



 

 次の日の放課後、屋上の隅で空を見上げながら俺は人を待っていた。


 ここは給水塔の裏でどの場所からでも死角になっていて、しかも普段は鍵がかかったフェンスで囲まれている。


 人に聞かれるとまずい話もここなら問題は無い。


 やがて屋上の扉が開く音がして人影が見えた。


 警戒するように給水塔に向かう人影が誰か確認してから俺はフェンス越しに声をかけた。


「よく来たな、まあ入れよ」


 フェンスについている鍵を開けてフェンスの扉を開いてやる。 


ここの鍵はシリンダーの数字を動かして正しい数字をセットすれば開くというお粗末なもので、しかもキー解除の数字は職員室の某先生の机に貼ってあるというセキュリティの概念すら無い。


 まあ、特に重要部では無い箇所の不用心さはさすがという以外に浮かばなかった。 


 そいつは一瞬顔をしかめたが、すぐに強がった顔を浮かべてフェンスの内側に入ってくる。


 慎重に誰にも見られないようにそっと閉めて鍵をかける。 


「一体何の用だ?こんなところに呼び出して」


 人気の無い場所に呼び出されたことで何かを察したのか、やや表情が固い。


「実は頼みがあって……これを見て欲しい」


 俺がポケットから例の赤い髪を入れた袋を見せる。


 彼女はそれを手にとってじっと見る。 


そして不愉快そうな顔を一瞬見せた。


「……これは例のあれの物か」


 彼女が袋から髪を一本取り出して指先で触れる。


 恐るべき死の棘のように俺や彼女を傷つけたそれは常人の……いや常人の髪以上に柔らかくしなやかだった。


「それで……これがどうしたのだ?」


 俺はかいつまんで説明した。


 俺が街中で自分達と同じような奴を捕まえていること、そしてその髪の持ち主が最近街の中で連続殺人を起こしている可能性があることを……。


 ただ捕まえた奴を宗家に送ることや俺自身が殺人をしていることは伏せておいた。


 必要以上に正直になる必要はないからな……。


 もっとも宗家に送りこんでいるという部分は駒墨も知っているだろう……。


 何しろ宗家、もしくは宗家に近い人間達は皆あの場所で暮らしていたからな。  


 もしかしたら俺が送り込まれていた時に会ったことがあるかも……。


「つまり捕まえるのに協力しろということだな」


「端的に言えばそういうことだよ」


「…………」


 駒墨は中空を見ながら黙り込んでいる。


 迷っているのだろうか? 


「仕方の無いことか……わかった。協力をしよう」 


「ありがとう……それじゃ今から俺の家に来てもらって……」


「その前に色々しなければならないことがあるから一回家に帰らせてもらえるか?」


「それは構わない。なるべく早く頼むぞ」


「大丈夫だ……すぐに終わる」


 何か疲れたようながっかりしたようなトーンで駒墨は屋上から出て行く。


 その態度は少し気になったが、見送った後に携帯を開き、恭介に電話をかける。


 会議中なのか留守電になっていたので、


「今夜、死体が出るかもしれないから始末の準備を頼む」


 用件だけを簡潔に言い、すぐに電話を切った。 


 今夜で決着をつける。 



宗家が監査に来たのでは無い事が確定した以上、何も遠慮する事は無くなった。


 今日俺は人を殺す……。


 それが世間の尺度で言うところの殺人鬼でも化け物でも人であることは変わりない。


 ただ願うなら最近のストレスを解消できるような楽しい楽しい殺しになることを祈るだけだ……。


 太陽が街のやや上にかかっている。


 何かの終わりを象徴してるようだ。


 それがあいつなのか俺なのか……それとも別の誰かのことなのかはわからないが……。


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