第19話

 捩れた髪は長円錐になってピタリと俺に照準を表す。

 

 駄目だ。


 避けられない!


 身体を何か黒いジグジグしたものが駆け巡る。


 これが絶望なのか……一瞬の中でその考えが横切る。


 そして数千本もの髪を固め、豪槍の穂先のような攻撃が俺の身体を貫こうと放たれた。


 空気を切り裂く音と身体がばらばらにされるような衝撃で一瞬意識を失う。


 気がつくと目の前は暗い。


 身体を駆け巡ったあの黒いものが頭に到達したのか?


 それともここはあの世か?


 俺が殺したあいつらもここに辿り着いたのだろうか?


「呆けるな……早く逃げるぞ」


 目の前の暗闇がパキパキと崩れていく。


 殻のように砕け散った先には駒墨が立っていた。


 その少し先にはあの女が苦しそうに膝をついている。


「い、生きてるのか……俺は」


「当たり前だ。私が陸を死なせるものか」


 俺の身体についていた黒い破片が液体状になって駒墨の足元へ集まる。


「こ、黒水鬼……」


「お前があれにやられそうになったのを黒水鬼で防御したのはいいんだが……」 


 そこまで言ったところで駒墨が倒れる。 


「おい、どうした!」


 倒れこんだ駒墨に声をかける。 


脂汗を浮かべ苦痛に満ちた顔をしている。


 まさかどこか怪我をしたのかと見てみると……右腕が無い。


 駒墨の身体は右の肩から腕のあたりまでそっくり無くなっていた。


「さすがに自分の分の黒水鬼は展開できなかったな」


 困ったように笑う駒墨の身体からは何も出てこない……傷口の切断面は黒い蠢く者達で埋め尽くされている。 


「と、とにかく……一旦退かないとだな」


 今は怪我の治療を優先させないと……。 


思ったことは後で考えよう。


 女の方を見ると、まだ膝を着いたまま頭を抑えてうずくまっている。


だが髪はいまだに次の攻撃の準備を始めるように動いている。


 大怪我をしているようには見えないが、ともかく今のうちに退却しよう。 


 俺は駒墨の身体を前面でしっかりと抱きしめて走る。


 走りながらも赤髪の女への警戒は怠らなかったが、結局俺が駒墨を抱っこして公園外にでるまでその場で懺悔するように座り込んでいた。


 無事に退却できたことを確信し、ため息をつく。 


 一体これからどうしたらいいのか?


 胸の中にいる駒墨を見つめながら街中を避け、ビルとビルの間を飛び回りながら仕方なく頼りになりそうな奴を呼ぶことにした。 


 まったく面倒くさいことばかりだ!



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