第16話

なんでこんなことになるんだろう?


 俺はそっと後ろを振り返る。


 そこには無表情で歩く駒墨と……そして威嚇する猫のように全身で不機嫌を表しながら俺を睨みつけている例のチンチクリンこと美野都が少し間を開けて一緒に歩いている。


 溜息をついてもう一度言う。 なんでこんなことになるんだ?


 事の発端は放課後、俺が教室で帰り支度をしていると、誰かが横に立つ。 案の定、駒墨だった。


 他のクラスメイトの目があるからやってくるなよ……無神経な奴だ。 


「なんだよ今日もお供しろってこと?」 


 内心で舌打ちして教室内にいることを考慮し、出来るだけ丁寧に返す。


 駒墨はこっくりと頷いた後、振り返って教室の入り口をを指差す。


 教室の引き戸の半分よりやや大きい程度の身長で美野都が立っていた。 


ものすごく嫌そうな顔で……。


「な、なんであいつがいるんだよ」


 声を潜めて文句を言う俺に、


「仲良くなったのでな……一緒に帰ることにした。陸も来なさい」


 まるで買い物に付き合いなさいと言う様に簡単な態度に俺が閉口していると、


「全くいくら休み時間に部室に連れ込んで食べようとしたのを逃げられたからといって邪険な態度をとるな……底がしれるぞ?」


 とんでもないことを言いやがる。


 案の定、クラスの何人かが俺のところに文字通りすっ飛んできて乗り出すように質問してくる。


「な、な、なに~!本当か?綾面……本当にあんな幼女に手を出したのか?」


「お前は愛★巨乳党の同士じゃなかったのか?乳を裏切るのか?思い出せ!あの角松さゆりの写真を前に誓ったあの言葉を!真実を!」


「おめでとう。ようこそ神聖ロリの世界へ」


 やってきたのは男ばかりだが、そいつらの声がでかいから女子連中にまで聞こえている。


 じと目で俺の事を見ながら耳打ちしている。 


 崩れる。 俺が長い間積み重ねてきたものが崩れていく……。


 そこそこ人気があって誰にも嫌われず誰からも好印象という俺のイメージが、この女と馬鹿共のせいで瓦解してしまう……早く、早くなにかフォローを……いやはっきり否定しないと……落ち着け!落ち着いてクールに対処すればいいんだ……こんなのピンチのうちに入らない……頑張れ綾面陸……お前なら出来る!


「ははは、嫌だな~、そんなわけな……」

「早く準備しなさいよ!部室で私にしたことをきっちり謝ってもらうんだから!」


 空気の読めないチビ助が俺の人生を壊した瞬間だった。







「とても友達になったとは思えねえぞ……そのチビ助を見てるとな」


 チビ助が誰のことを指しているかわかったのか、美野都が歯をむき出して猛烈に怒る。


「誰がチビ助よ!このヘンタイロリコン!」


「自分で認めてるじゃねえか……チビ助。あれれ?あまりにもチビすぎてよく見えないぞ」


「凄い腹立つわ!まさかこんな奴にそんなこと言われるなんて!」


「うるせえな!大体お前とこいつが変なこと言うから俺の評判が下がっちまっただろうが、どうしてくれんだチビチビチビす~け」


「キー!三回も言った~!このヘンタイ男!」


 キレた美野都が俺に飛びつこうとするが、それをあっさりと避けてさらに挑発する。


「ちっちゃすぎて避けるのが簡単だな。もちっと大きくなってから来なちゃいね?おチビちゃん~」


「ム~!絶対に許さない許さない許さないんだから!」


 尚も俺に掴みかかろうと地面を蹴るが、その攻撃をステップを踏んで避け、さらに怒りを倍加させた美野都がさらに叫ぶ。


 そしてその様子を見ていた駒墨がしみじみと、


「仲が良くなってよかったな」


「どこがだ!」


 ハモった二人の否定を、あははと感情のともってない笑いで返し、駒墨が口を開く。


「さてと仲良くユニゾンしたところで、本題に入ろうとしよう」


 真面目な顔に切り替わった駒墨に戸惑って美野都と二人で黙り込んでしまった。


「君はどこから来たのかな?」


 どこ? どういうことだ? この女のことを駒墨は知っているのか?


「な、なんのこと……かしら?」


 明らかに何かありま~すということを全身で表現しながら美野都がしらを切る。 


 どうでもいいが、笑ってしまうくらい嘘の下手な奴だ。


「ふむ……それでは質問を変えよう。君は私に何の用があるのかね?」


「あっ……」


 驚いたように固まる美野都を駒墨が優しい声でさらに質問を重ねる。


「君は私に用がある……いや用があってここに来たというのが正解か」


「うう……あ……」


 言いにくそうにむにゃむにゃ言っている美野都の前で駒墨が静かに膝を折る。  


 視線を美野都にあわせ、優しく……まるで母親のように返事を待っている。

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