第15話
上手く誤魔化さないと!
さっきの低レベルな争いと今の言葉で俺の知性が疑われてしまう!
「い、いや……つまりだな……その……」
しどろもどろになって釈明しようとするが言葉が出てこない。
「ありがとう……嬉しいよ」
そっと頭の上に乗せていた腕を取って胸の前で抱きしめる。
やや冷たい肌の感触とは対照的な吐息が手首の辺りにかかってなんとなく心地よい。
「不思議だ。こうしていると落ち着く……嫌な事を思い出しても何とか耐えられるよ」
「お前の……いやそれより俺の話を聞いてくれないか?」
言いかけて止める。
不適で異質な能力を持ったこの女が恐れている思い出を聞いてしまうのは何か取り返しのつかない過ちに感じたからだ。
だから代わりに俺は俺自身の思い出したくも無い過去を話すことにした。 それを知っているのは恭介と一握りだけ……血の呪いに目覚め、殺人者として目覚めた俺の忘れることの出来ない罪の話だ。
俺の家は世間一般で言う母子家庭だった。
父親のことは何も知らない、記憶の最初期から父親と呼ばれる存在は居らず、写真も見たことも無い。
なのでおそらくは離婚したのではないかと今では思う。 とにかく家にはいつも母さんと俺の二人しかいなかったのだが、ある日……たしか俺が六歳のころだったと思う。
俺が学校に帰ると家に見たことの無い男が居た。
子供心にきっちりとした背広を着た男は俺を見下ろしながらこんにちわと挨拶をして、俺も挨拶を返す。
いくつになったの? と聞かれたので六歳になりましたと答えると男はそのまま帰っていった。
母さんはいつも通りだった……。
それ以来男は時々俺の家に来るようになった。
ある一定のサイクルを繰り返しながら、会うたびに俺に尋ねてくる。
いくつになったの?
男が質問をしている間、母さんは悲しそうな寂しそうな何とも言えない顔をしながら俺を見つめていたが、俺はよくわからずにそのときの年齢を教えていた。
そして俺が十歳だったときにその日はやってきた。
それはうだるような暑い日で、頭の中まで溶けてしまいそうなくらい本当に暑かった。
珍しく母さんが休みなので、二人で昼食の支度をしていたんだ。 本当にそんな日は珍しくて食事の支度を手伝えのが本当に嬉しかったよ。
少しはしゃぎすぎてたんだろうな、うっかり包丁で指先を切ってしまって血を出してしまった。
それはとても赤くて綺麗でこんな美しいものが俺の身体の中に流れていたなんてと感動してしまうくらいに本当に鮮やかだったんだ。
だけどそれを見てしまったら俺の頭の中で誰かが叫んだ。
『もっとだ、もっと血を見せろ……宝石のように輝く命の水をもっと……見たい そんな声が大声で叫ぶもんだから俺は持っていた包丁でさらに自分の指先を数ミリ切り落としたよ。
痛みで思わず悲鳴を上げたけど本能には逆らえないもんな。
白いまな板の上に広がる赤のコントラストが本当に綺麗だったんだぜ?
ところが俺がせっかく作り上げた美しい二色の世界を母さんが止めなさいって邪魔をするんだよ……何度も何度もさそれじゃしょうがないよな?
だからうるさい母さんを……俺は……持っていた包丁で……何度も……何度も……母さんから出す赤いアレは……とても綺麗で……だから……俺は何度も何度も……。
思い出して身震いがする。
それをきっかけに俺は宗家の訓練所へと送られた。
この過去を自主的に話すのは今回が初めてだ。
決意を込めて話を始めようとしたところで……。
邪魔するように五時限目を終了するチャイムが響きわたる。
くそっ! 完全に出鼻をくじかれた!
「授業が終わった……教室に帰ろう」
駒墨はすっくと立ち上がって部室から出て行ってしまう。
俺も慌てて部室から出るが何しろ先程のチャイムに話を妨げられてしまい、しかもだからといってわざわざ前を歩く駒墨にもう一度『いやさっきの話は……』なんて切り出せるはずもなく、居心地の悪さを感じながら後を着いていた。
部室棟から校舎の入り口まで駒墨は一言も発しなかった。
その沈黙がかえって俺を焦らせる。
いっそのことわけがわからないと笑ってもらえた方がはるかに救われる。
このまま振向いて大笑いしてくれないだろうか……実は笑いを耐えるために頑張っていたから喋らなかったとか言って……恥ずかしさのあまりこんなくだらない期待をしてしまっていた。
やがて校舎の中に入ると、急に廊下で駒墨が立ち止まる。
駒墨の教室は一番奥らしいのでなんでこんなところで止まるんだ?
俺の教室だってまだ先だっていうのに……。
いぶかしむ俺の前で駒墨がクルリと振り返る。
「ありがとう」
それだけ言うとまた向き直してスタスタと歩いていく。
……なんだ? 何か礼を言われることしたか?
そして何故そのまま行ってしまう?
廊下の真ん中でポツンと置いていかれたまま俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
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