第9話

 時刻は午後四時、日が長くなったこの時期は夕日が高い。


 やっと煙を吐き出し終えた車の中で、オレンジ色に優しく染め上げるそれを見つめながら俺達は黙りこんでいた。


「……まず状況を整理しよう」


 恭介が搾り出すように声を出す。


 その声は静かで、何かを諦めたような気持ちが混められていた。


「お前は我らが宗家である鬼上様からの使者に暴言を吐いた……ここまではいいな?」


「……暴言かどうかはわからんが、初対面の人間に言うべきではない言葉遣いだったことは認める」


「よし、素直に認めたな……それだけで涙が出てきやがる」


 俺の反対側を向いて目頭を押さえる恭介の姿は哀愁に満ちていて、リストラされる寸前のサラリーマンに見えた。


「とにかく俺達がすべきことはわかってるな?」


「……ああ、とにかく謝ればいいんだろう?」


「違う、謝るんじゃない!お許しをいただくんだ!いいか、すぐに見つけたらひざまづけよ!頭を下げろよ!自分が虫けらだということに気づいてもらうんだぞ!」


 恭介は血走った目で訳のわからないことを叫ぶ。 


 ああ可愛そうに……、このお兄さんは重圧で頭の中がグルグル状態になっているようだ。


 俺は尚も叫ぶ恭介から視線を外して校門を見つめる。


 下校時間になった学校からはまるでベルトコンベアーに乗って流れてくる製品のように生徒達が次々と出てくるが、駒墨の姿は一向に見えない。


「出てこないな、帰ったのか?」


 ホッとした様な顔で恭介が呟く。


 もしかしたら裏門からでてしまったのかもしれない……もしくは何か部活に入っているとか?


 あの会話能力の低さを考えるとどの部に入っても上手くいかない気がするがな。

 

「そろそろ署に戻らないと……陸、明日学校で会ったら俺が言ったとおりに許しを乞えよ」


「……はいはい」


 適当に返事を返す。


 恭介がエンジンをかけて車を発進させようとしたところで校門から一人出てきた。


 肩のところでバサリと切られた髪に、やや小柄な身体で真っ直ぐ背筋を伸ばして歩いている。


 駒墨だ。


「おい来たぞ……あれがそうだよ。宗家からの使者だよ」


 俺は車のドアを開けて外に出る。


 夕方になって冷えてきたのか、少し肌寒いなと感じながらスタスタと歩く駒墨に後ろから声をかける。


 なるべく穏やかに……。


「駒墨さん……ちょっといいかな?」


 立ち止まってゆっくりと振り返る。


 駒墨は例の威圧的なまでの上品さを相変わらずまとったまま俺の顔を見て一瞬考え、

 

「ああ陸か……どうしたのだ?」


「俺のことまた忘れてただろ?」


「そんなことはないぞ」


 口元をほころばして駒墨が答える。 


「実は、おま……貴方様に用が……ありまして」


 言い直して敬語で話す。 


どうもこの女の雰囲気に当てられると、けんか腰というか戦闘状態になってしまうようで地が出やすくなってしまう。


「どうした?この数時間でずいぶん不気味になったな」


 からかうように駒墨がニヤリと笑う。 


またピキリという音が頭に響いたが、とりあえず我慢して話を続ける。


「ま、まあとにかくこちらに来ていただけますか?」


「断る」


 あっさりと断られてしまった。


 またも頭の中でピキピキという音がきこえる。


「今日はこれから食事を取ろうと思っていたところだ。君の用件は明日にしてもらう」


 ブチリという音を立てて、俺の頭にアドレナリンが一気に分泌される。


「いいからこっちに来いよ……俺は朝のこと忘れてないんだぞ?」


「朝……ああそうそう思い出した、それがどうかしたのか?」


「お前のあの能力はなんだ?あの黒いのは一体何者だ?早く答えないと……」


「答えないと……どうする?」


 ニヤリと今度は嘲笑うように笑う駒墨に俺は怒りを込めて宣言する。


「お前を殺す」


「誰が殺すだ!この大馬鹿がーーーーー!」


 恭介に後ろから思いっきりはたかれた。


「お前はどうしてそうケンカ腰なんだ!この方を怒らせたらお前だけじゃなくて俺まで責任取らされるんだぞ!お前なんかどうでもいいが俺の人生まで狂わせるなこの大馬鹿が!」


「そ、そうやって……バシバシと人の頭を……殴るな!クソ大人が!」


 後ろ回し蹴りを叩き込むと、恭介はそれを避けてカウンターで拳を叩きつけてくる。


「ふははは!礼儀知らずの馬鹿の蹴りなどくらうか!ひざまづけ!屈しろ!生まれてきてごめんなさいと言え!」


「……道端で何をしてるんだお前達は?」


「えっ?ああ!失礼しました〜〜!」


 ガバリと俺の頭を地面に押さえつけ、恭介も地面に額を擦りつける。


「ふむ……何となく予想はつくが、私に何のようだ?」


 腕を組んで見下ろす駒隅の目は何となく疲労がこもっていたように思えた。






「どうも煙草臭くて申し訳ありません、この馬鹿が悪戯してワンカートン吸ったもんですから、座り心地はどうですか?苦しくないですか?あっちょうどジュースも用意してありますのでどうかお飲みください……アセロラドリンクはお嫌いですか?」


「まるでメイドだな……これでご主人様ってつければ完璧だ」


 駒墨を後部座席に乗せ、至れり尽くせりの気遣いをみせる恭介に嫌味を言う。


「ははは申し訳ございません……生まれつき頭が弱い奴なので口の利き方もしらないんですよ本当に……参るな!」


 恭介が俺の顔にアセロラドリンクの缶をぶつけてくる。 


俺が痛みで悶絶している間に恭介が話を進めようとするが、


「まず最初に言っておくが、私に構うな。何を企んでいるかしらんが、放っておいてくれればいい」


「えっ?いや……そう言うわけには……仕事ですから……」


「ふむ……そうだな……しかし私は特に理由があってここにきたわけではないのでな、そんな気にしなくてもいい。何より……迷惑だ」


「そ、そうですか……迷惑と言われてはこちらとしてもこれ以上は突っ込めませんね、わかりました……最後に聞きますが、本当に理由があってこちらに来たわけではないんですね?」

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