第8話

 「しかし退屈だよな……何か無いのかよ」


 個性の欠片も無い、それこそ数十年前から誰かが言っているような台詞を誰かが言った。 


俺は購買で買ってきたパンをかじりながら視線だけを横に動かす。 


 今は昼休みでここは屋上……。


 俺の学校は屋上は通行禁止にはなっていないので昼食時にはここは中々賑わう。


 しかも春一番も収まり、まだ夏ほどには暑くない今の時期はおそらく一年の中で一番人数が多い時期だろう。


 その中で俺は何人かのクラスメイト達と集まって昼を食べている。


「そうだよな……なんかこう凄い話とかないのかよ」


 抽象的以外の何者でもなく、全く意味の無い返しを誰かが返す。


 いつも思うんだが、どうしてこいつらがいつも退屈なのは自分達自身がどうしようもなく退屈な人間であるということに気づかないのだろうか?


 どの遊びをしようが誰と付き合おうが判断する者が退屈な存在なのだから楽しくなるはずがない。


 かといって彼らを愚かと笑うつもりもない。


なぜなら一部の者達のように暴走し、意味もなく学校のガラスを割ってお互いの足を引っ張り合いながら、それを友情だと自賛するほどの馬鹿でもないのだから……。 


 まあ……もっとも……俺自身がその馬鹿達と同類(社会的にはもっとひどい殺しをしているのだから)のような行動をしていて彼らを否定できるはずも無いんだが。


「やっぱり青春真っ最中の俺達としては彼女の一人や二人くらいはいるべきだよな」


 また誰かが言う。


「それは言うなよ……でも彼女にするなら誰がいいと思う?」


 その言葉が発端となって素敵に青春中心時代を過ごしている者達の会談が始まった。


「やっぱり彼女にするなら巨乳だよな!そうすると……二組の堀田なんてよくないか?」


「馬鹿言うなよ……胸なんて脂肪の塊だろうやはり時代はスレンダー!せっかくだから俺は三組の遠野鈴を俺は押すぜ。あれなら街で一緒に出かけても恥ずかしくないしな」


「時代はツインテールだろうが……というわけで正統派ツインテールを入学以来続けている四組の小山真紀さんを俺は断固押す」


「お前のそれはただの髪型だろうが!ちゃんと相手のことを考えて発言しろ!」


「お前は俺を本気で怒らせた……そもそもだなツインテールというのは……」


「とにかく女は胸だ!」


「スレンダー美人こそ真の美人……それがわからないお前らは哀れだ」


「だから胸だスレンダーだと肉体的なことばかり向いているお前らには……」


「黙れ!この髪フェチ!」


「俺は髪フェチじゃねえ!ツインテール萌えなんだ!」


 本人達が聞いたら激怒するか心底あきれる様な会話をしているクラスメイト達の嫌味ではない馬鹿さ加減に思わず苦笑していると、


「おっ……我がクラスの間宮じゃないか」


 不毛な争いを中断して誰かが友人達と仲良く屋上にやってきた間宮を見つけて呟いた。


「そういえば間宮も結構可愛いよな……胸はあまり無いけど」


「そうだな確かに可愛い……スレンダーというほど細くないけど健康的だ」


「あれで髪型がツインテールなら……」


「それはお前だけだ!」


 前者二人が声をそろえて突っ込む。


「やはり他のクラスの女子のことを言っても同じクラスという地の利は大事だよな」


 巨乳派の奴が低い声で言う。


「その通りだ……俺達に必要なのは理想よりも現実だからな」


 スレンダー派も同意する。


「俺は……俺は……それでも……ツインテールを……」


 ツイン派は……こいつはどうでもいいか。


 最後の一人を無視して巨乳派の男がお昼を食べる場所を探している女の子達に向かって力強く強い意思を表すようにまっすぐに真上に手を伸ばしながら千切れんばかりに腕を振る。


 そして満面の笑みで声を張り上げる。


「こっちこっち!ここが開いてるよ〜!」


 女の子達は俺達を見ると、笑顔で手を振り返してくれた。


 やはり彼女らも周りが知らない人間よりも同じクラスメイトの方が居心地がいいんだろう……多少馬鹿でも。


 しかし可愛らしい笑顔でやってくる女の子達の最後尾に間宮が立っていて、少し赤い顔をして先頭にいた女の子達に何か言っている。


「何を話してるんだろうな……」


 スレンダー派の男が疑問を口にすると、


「俺、ちょっと行ってくるわ」


 巨乳派男が待ちかねたように女の子達のところへ行って二言、三言話して戻ってくる。


「何だって?」


 ツイン派が聞くと、巨乳派が頭をポリポリ書きながら不思議そうに答えた。


「いや……ちょっと今回は一緒は止めとくってだけしか言われなかった」


 何となく心当たりがある。


おそらく間宮が俺が居ることで一緒に食事を取ることを渋ったのだろう。


 朝の時は上手い切り返しだと思ったが、やはり寝不足で頭がボケていたようだ。


 これで間宮が俺を避けていることがクラスで広まれば何かしら平和な学園生活が脅かされることになってしまうかもしれない。


 いっそのことそうなる前に殺すしかないか……? 


「まあ仕方ないか、それじゃもう一度さっきの話の続きを……」


 誰かがそう提案したのをまるで遠くから囁かれているような感覚で聞いていた。  


 一流のスポーツ選手が何も聞こえない、いや全てを感覚外に置く無音の世界に自動的に俺は入っていた。


 その状態は夜の闇の中で自分と同じ化け物と対峙している時にだけ発動する殺人鬼としての面でおよそ昼間の学校ではなりえる筈のない世界だった。


「俺……ちょっと急用が出来たから……」


 誰かが何か言うのをまるで水の中に入って聞いているように俺はゆっくりとでも最大級の警戒で屋上の一角へと歩いていく。


 そこには無造作に切られた肩まである後ろ髪にそれとは反比例するように繊細にカットされた前髪をした女が俺と同じ制服を着て立っていた。


「こんにちわ……」


 いつでも移行できる準備をして彼女に挨拶をする。


 何に? 殺し合いに! 


 彼女は不思議そうな表情をする。


 その姿だけではただの少女にしか見えないが、昼間見たこの女の能力は俺が知っている他の化け物たちとは異質だ。


 背中に冷や汗が走るのを表情に出さないように必死で話を続ける。


「君のことはよく知らないんだけど……一年生かな?」


 彼女は尚も不思議そうな顔で俺を見つめている。 


まるで無垢な少女のように……。  


「ああ……そうか、朝の……」


 思い出した様に少女が口を開いた。


「そう……思い出してくれた?実は君に聞きたいことが……」


 そこまで言いかけたところで、何かが背中に当たり、後ろの方で「ふぎゃっ!」と猫を踏んづけたような音が聞こえた。


 思わず後ろを振り返ると、幼女が倒れていた。

 いや……幼女ではなかった。


 制服を着ているところを見ると学校の生徒なんだろう。


 幼女に思われた女生徒はむっくりと立ち上がって照れくさそうにこちらを見て笑う。


「大丈夫?」


 俺が声をかけると女生徒は満面の笑みで大きく「うん!」と言って立ち上がる。  


まるで元気な子供を見ているような和やかな気分にさせるいい表情だった。


 彼女が立ち上がって対峙すると俺が彼女を幼女と思ってしまったことは半分は当たっていた。


 つまり彼女の身長は常人よりかなり小さく


背が高い方ではない俺の首辺りに顔があるところを見るとこの学校でも一、二を争うほどの小柄さだ。


「ゴメンね!急いでたからよく前を向かないで走って……たから……さ」


 早口でまくし立てる彼女が急にトーンを落として黙りこむ。 


そしてどう見ても小学生くらいにしか見えないあどけない顔で俺を見つめる。 


 うん? どうしたんだと問いかけようとしたところで後ろに気配を感じて振向いた。


 いつのまにか女が後ろに回り込んであの例の不思議そうな顔で俺の目の前にいる女生徒を見ている。


 視線を再び前に向くと、女生徒も後ろの女をじっと見つめ……いや睨んでいる。


 彼女は可愛らしい顔を崩し、眉間にしわを寄せて女を睨んでいた。


「美野都ちゃん、どうしたの?」


 階段から彼女の友達らしい女生徒が心配そうに声をかけてくる。


「……大丈夫だよ、ちょっと僕がこの子とぶつかってしまったから心配して色々聞いてたんだよ、怪我しなくてよかったよ」


 職人が丹精込めて磨き上げたような熟年の作り笑顔で、緊張した面持ちの彼女の友人達に話しかける。


「なんだそうだったんですか……大丈夫だった?美野都ちゃん」


「えっ?う、うん……大丈夫だよ」


「それは良かった……それじゃ僕達は少し用があるんで……行こうか?」


 そう言って俺の後ろに立っていた女を促すと、一瞬考えた後にコクリと頷いた。

  

 どうやら話をする気は向こうにもあったようだ。

 

 屋上を降りて俺達は校舎裏へ移動する。


 一応警戒は怠らなかったが、無表情のまま後をついてくる女は一度も攻撃をしようというそぶりは見せない。


ただただ夢遊病患者のようにゆらゆらと俺の後をついてくるだけだ。 


「それで……ここに呼ばれた理由はわかるだろう?」


 振り返って出来るだけ穏やかに問いかける……が、


「うん?なんのことかわからないんだが」


 相変わらずの無表情で彼女が答える。


 ……ピキリと言う音が頭の中で聞こえた気がした。  


「わからないわけないだろう?まさか今朝のことを忘れたわけじゃないだろうな」


「……今朝?」


 ビキビキビキ、寝不足でイライラする頭に小気味良い怒りの音が響き渡る。


「だから今朝会っていきなりあのわけのわからん黒いもので襲ってきただろうが!あまり舐めてるとお前の首を後ろ髪みたいに無造作にちょん切るぞ!」


 怒りのあまり地が出て怒鳴りつけてしまったが、それでも女は無表情のままで俺の顔を見ている。


「……駒墨泉」


「はっ?」


「私の名だ。とりあえず始めて会う以上自己紹介が必要だろう?君の名前はなんていうんだ?」


 な、なんというか……。 よくわからない奴だ、というより何考えてるかわからん。


「……綾面……陸だ」


「そうか綾面というのか……よろしくな」


「よ、よろしく……」


 二人の間に何か妙な空気が流れる。 この女は……苦手だ。


 なんかものすごく苦手だ。


「ところで……陸」


「いきなり呼び捨てかよ!」


 俺の突込みを無視して駒墨は一歩近づき俺の顔を見上げる。


 そして一拍置いた後に、


「それで何のようで私をここにつれてきたのだ?」


「お、お前……さっきから俺が言ってたことを聞いていたのか?」


「いや聞いていなかったな。まずお前の名前はなんだっただろうかと真剣に考えていた。何しろ一週間前に転校してきたばかりなのにすでに私のことを知っているように振舞うからいつ出会ったのだろうかと記憶を探っていたのだ」


「こ、この……」


 会話がかみ合わない……というよりできていない。


 なんなんだこの女は?


 浮世離れしている上に妙な品格さえある。 


普段の綾面陸なら絶対に係わり合いになりたくないタイプなんだが、一応能力者の可能性ある以上会話を続けなければ……。


「だ、だからだな……」


 そのとき俺のポケットから着信音が流れる。


 このメロディーは……恭介だ。


「チィッ!」


 舌打ちをしてニ、三歩離れ、通話口を押さえながら電話に出る。


「なんだよ!今取り込み中なんだ」


「俺より大事な用なんて無い。第一お前の学費、生活費、その他雑費を払ってるのは俺だ。つまり俺が居なければお前は家無き子になる上にホームレス高校生になるんだ。だから俺の用以上に大事な用なんて無いだろう?」


 恭介が理屈をこねくり回しすぎて訳のわからないことを言う時はかなりテンパッている証拠だ。 


どうやらあちらの方は緊急事態のようだ。


「何だよ、何かあったのか?」


「どうしたもこうしたもあるか!今すぐ学校を早退して出て来い!いいか今すぐにだ!今すぐというのは3秒以上15分以内だ!いいか15分を過ぎたら今すぐとは……」


 うるさいから切ろう。


 どうせ会った時にグダグダ言われるのは目に見えている。


「悪いが急用が……」


 俺が振り返るとすでに駒墨は居らず、俺一人だけが校舎裏でたたずんでいた。 


 いつの間に……いくら恭介の小うるさい話を聞きながらとはいえ、警戒はしていたというのに……。 


 数秒ほど呆然としていると、恭介からの着信を知らせる音楽が流れることではっと思い直し、校舎裏を後にする。


 ポケットから携帯を取り出すとしつこく流れる着信をすぐに切って、電源を落とす。


 校舎内ではマナーモードか電源を切るのがマナーだからな……。


 保健室で早退許可を貰い校門の外に出て、携帯の電源を入れると同時に着信音が響き渡る。


 溜息をついて手に持ったまま通話ボタンを押すと、


「何やってんだ!……だいたい……お前は……」


 軽く一分ほど好きなだけしゃべらせて携帯を耳に持っていくと、ぜえぜえと荒い息をしている。


 そろそろタイミングがいいかな?


「それで……?何があったんだ?」


「まあいい!……とにかく乗れ」


 スーッと黒い乗用車が横からやってくる。 


俺は黙って助手席のドアを開けて中に入る。


 運転席には髪の長い軽薄な感じの若い男が乗っている。 


これが俺の従兄弟であり、上司である首等恭介(くびら きょうすけ)だ。


 助手席に座り車のドアを閉めたところで異常に気づく。


車内は煙草の煙で紫色にもわもわしていて、思わず咳き込んでしまった。


「ゴホ……なんだこの煙は……お、お前窓……締め切って何本……ゴホッ……吸ってた……んだ」


「ふははは!天罰だ。わざわざエンジンを切って排気しないようにして1カートン吸ったかいがあったって……ゴホッゴホッ……駄目だ、窓開けろ!」


 二人で一斉に窓を開けて顔を乗り出すとしばらく互いに咳きこみあう。


「し、四捨五入すれば三十路……の男が……こんな……あほなことを……」


「う、うるさい……躾のなってない……手駒への……教……育……グハゥ……ゴホッゴホッ……く、苦しい」


「こ、このアホが!わざわざ人を早退させてまでこんなことしたかったのか!」


 やっと呼吸が普通に出来るようになったところで窓を開けたまま蹴りを入れる。


「グァ……この……クソガキがーー!」


 蹴りはまともに当たったようで逆上した恭介が俺の背中を蹴りやがる。


「痛っ!大体お前がこんなくだらないことするからだろうが!」


 振り返って顔面に一発入れると恭介もすぐに反撃してくる。 


しばらく車の中でもみ合っていると開いた窓から通行人たちが笑いを抑えながら通過していくのが見え、恥ずかしさのあまり互いに離れる。


「そ、それで……何のようだ……取り込み中だったんだぞ」


「ゴ、ゴホッ……例の宗家からの使者のことだ、新しく情報が入ったからお前が何かする前に注意をしておこうと思ってな……」


「はっ?どういうことだ?」


「宗家の使者だよ……どうもお前の学校に転入しているらしい、それでわざわざ仕事サボってお前を呼び出したんだ……いいか、怪しい奴が居ても絶対に何もするなよ?絶対にするんじゃないぞ!絶対だぞ!」


 宗家の使者が俺の学校に……? 


まさか……第一苗字が……違うよな?


「あのさ……その使者の苗字って勿論、鬼上だよな?」


 恭介はあきれたように答えた。


「お前はアホか?訪問理由も無くこの街に来た以上、わざわざ鬼上の苗字なんか使うはずがないだろうが……おそらくそれなりに偽名を用意してくるはずだ」


 ああやっぱり……。 やはり…アレは…。


「あははヤバイな~、これは…」


 俺の乾いた笑いが車中に響くと、何かを察した恭介の顔がひび割れるように歪んでいく。


 ああ本当にどうしよう……この状況は……。


  




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