第3話
ああこれは夢だ……。
そうだ現実であるはずがない。
だって俺の身体は小さくて……母さんが生きていて……あいつも……。
なんだ? 止めろ! どうして……どうしてこんなことを……どうして泣くの?
どうしてそんな目で俺を見るの?
どうして俺を殺すの? 止めてよ母さん……。
お願いだから……止めてくれないと……僕……僕は……俺は……。
画面が切り替わる。 今まで見ていた映像よりも少し先の未来……。 家の中は赤い。
そうだ赤いんだ……でもどうして?
どうして母さんの顔が床に転がってるの?
母さんの身体はどうしてあんなに離れたところにあるの?
いやそれより母さんの足がないじゃないか……何処に?
あっテーブルの上にあったよ。
でも何で?
どうして母さんがそうなってるんだろう?
あれ? どうして僕の身体は赤い……どうして……どうして……どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして! どうして!
「あっ……クソ」
弱弱しく声を上げて、硬い床と血液が固まって皮膚に張り付く感触で目が覚めた。
ここ数年見ていなかった悪夢をよりによって今日、見てしまった。
いや今日だからか……。
体中に刺さった針を抜きながらポケットの中を探って携帯を取り出す。
たっぷりとした血で濡れた携帯を開くと画面にまで俺の血がこびりついている。
溜息をつきながら爪で乾いた血を落として時刻を見ると、午前五時二十分という数字が見えた。
「ギリギリだな……これは」
もう一度溜息をついてゆっくりと立ち上がると、まず血を流すために風呂にお湯を溜めることから始めた……。
慣れた手つきで浴槽に溜めたお湯を桶に入れて真っ赤に着色された床にゆっくりと流しながらブラシで擦る。
お湯に溶けた血の匂いがムワンと玄関口に漂い、昨夜の戦闘を思い出させる。
一体あいつは何者だったのだろう?
あんな特殊な攻撃方法をしてくる奴は初めてだ。
そこまで思ったところで、居間から少し前に流行ったメロディーが流れてきた。
携帯に誰かが電話をかけてきている。
その着信メロディーで誰がかけてきたのかわかり、思わずしかめっ面になる。
俺の携帯は着信相手によってメロディーを使い分けられるので誰がかけてきたかすぐに解るようになっているのだ。
無言で居間に行き、テーブルの上で早く出ろよとメロディーを発している携帯を手に取って通話ボタンを押した。 瞬間、
「早く出ろよこの馬鹿やろう!」
受話器に当てていた耳がキンキン言うほどのでかい声で斉藤恭介が怒鳴りつけてくる。
「うるさいな……何の用だよ?」
不機嫌そうに答える俺にそれ以上に機嫌が悪そうに恭介が静かに喋る。
「宗家から使者が来ているという連絡があった」
「チッ……!」
舌打ちをする俺に恭介がさらに続ける。
「とにかくそれを伝えに来たのと、あともう一つある」
「後はなんだよ」
「お前、昨夜殺しをしただろ?殺すときは証拠を残さずに綺麗に殺せと何度も言ってあっただろうが!たまたま俺がいたおかげで鑑識に圧力かけて誤魔化しておいたがな。とにかく殺しは許可しているが、ちゃんと片付けておけよ」
「まるで子供との約束みたいだな」
皮肉で返す俺に恭介が受話器の向こうから低い声で、
「勘違いするなよ……殺しを許可してるのはお前が俺に逆らわないということが前提だ。これ以上舐めた態度を取るなら処分するぞ?出来損ないのお前が生きていられるのは誰のおかげだと思ってやがる」
忠告というか脅迫をしてくる。
これもいつもの会話の流れなので、
「ああわかってるよ……優しい優しい従兄弟様のおかげですよ」
俺もいつものように返す。
「とにかく、もうすでに宗家からの使者はこの街に来ているからな、おそらく向こうからコンタクトを取ってくると思うが絶対に逆らうなよ?でないと……」
「でないと何なんだよ?」
「……俺もお前も処分される」
恭介の声は心なしか震えている。
それほど宗家の名は俺達にとっては重く恐怖の対象なのだ。
「わかったわかった、ようするにお行儀よくしておけばいいってことだろう?」
「……わかればいいんだ。絶対に勝手なことはするなよ!」
それだけ一方的に言うと乱暴に電話は切られた。
まったく正体不明な敵に最悪な夢、そして今度は宗家からの使者。
問題は山積みだ。
それにしても宗家……鬼上家からの使者は何のためにこの街にきたのだろう?
俺達の宗家である鬼上は鬼という一文字がついてあるのでわかるが、所謂鬼の一族らしい。
らしいというのは一族どころかその下の分家のさらに下のいわゆる召使と変わらない程度の出身である俺には雲の上の存在の宗家のことなど詳しく知っている筈もない。
また詳しく知ろうとした者はこの世に存在することが出来なくなるからだ。
というわけで鬼上の没落した分家筋出身の恭介から聞いたことを総合すると鬼上の開祖は高名な呪術師で鬼を使役していたらしく、その能力を宿すために我が子に鬼の因子を植え込み、一族を発展させていった。
実際に地方の伝説の一部には鬼上の一族の者の名前が載っているという話だ。
そして現在でも歴史の裏で暗躍しているらしく、この街の警察署で幹部をしている恭介のところには宗家から色々と仕事が入ってくることを聞かされたことがある。
そこでだ……、一族の関係者の中では下位の下位である俺にわざわざ恭介から宗家から使者が来るということを言われたのは十中八九、俺が原因だろう。
心当たりは十分にある。
宗家は政財界ともつながりがあり、裏社会でもそれなりの地位を築いているが、裏と表の調和を図をるために色々とやっているらしく俺が恭介にやらされている仕事もおそらく直接的には宗家からの命令なのだろう。
しかし俺は他の従順の奴らとは違い、色々と問題を起こしているということも事実だ。
実際、昨日のチンピラたちの殺害も指令以外での殺人はご法度という決まりに抵触している。
だが、一応宗家に含まれている妖の力の一部に目覚めている俺としては同時に妖の破壊衝動も受け継がれているため、恭介には月に殺す人数を決め、善人は殺さない、ちゃんと片付けておくという約束を経て時々の殺しを黙認してもらっている。
それが今回の使者が来た理由だろう。
闇社会の一員、妖の一族ではあるが、反面表裏関係なく影響力を持てるほどの力を持っている以上、組織には決まりがあり、倫理というものが必要になってくる。
国と国の関係を見てみても戦争をするときも双方は自衛を主張し、侵略などする気はない、国際平和のためになどと戯言を言って戦争を昔からしているが、要はそれと同じだ。
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