第一章 ミリアムのソロ村④

 ミリアムは、オルト婆の光で照らされた坑道を走りながら、ククルトに話しかけた。

『あんな憑き人見たことないよ。あれ、テオをさらって食べる気だよね』

『激しい”憑き方”だな。汗の塩気で足りるならベロベロ嘗め回すだけだろうが、中身の味に気づいたら、ガブリ、チュウチュウ……』

『やめてー。こわいよー』

ミリアムはぶるっと震えた。

『武者ぶるいかな』

『ククルトのばか』

 後ろからまた光の玉がふわりと飛んできた。さっき撒かれた光とは違う、こぶし大のふわふわした綿毛のような光で、ミリアムの前に後ろになりながら一緒に進んでいく。

『オルトの作った魔法生物ゴルディだな。急ごしらえなのにたいしたもんだ』

 ふわふわ飛び回るかわいらしい姿に、緊張していたミリアムにも笑みがこぼれた。

 先の方から青年団の声や石がぶつかるような音が聞こえる。

 ミリアムは、作業場らしい広場に飛び込んだ。

 そこは岩塩の鉱脈がたくさん出たところのようで、天井は二階建ての屋敷ほど高いが幅は一部屋分ぐらいで、奥に細長く広がった空間になっていた。そこにもオルトが放った光の玉が壁に止まって辺りを照らすなか、カウロたち青年団とテオを掴んだドルトが対峙していた。

 ドルトは壁に追い詰められていた。カウロを含む数人が、それぞれ山刀やツルハシなどを構えて、間合いをはかりながらドルトを囲んでいた。ドルトは、怯えた目つきで青年団を見回していたが、テオの襟元はしっかり掴んでいて、離す気はないようだった。テオも自分のシャツを掴んでいるドルトの腕を両手で掴み、それ以上引き付けられないように必死に抵抗していた。

『今がその時ではないか?』

 ククルトの言葉にミリアムも頷いた。

「ゴルディ、なにしにきた」

 カウロがちらっと振り向いて言った。

「おばあちゃんに言われて来たんです」

 ミリアムは答えながら腰の剣に手をかけた。

 カチャリと剣が抜かれた音にドルトがビクッとしてミリアムを見た。囲まれて逃げる隙間はない。ミリアムもにらむドルトを見返しながら、ゆっくり剣を引き抜き続けた。

 ミリアムが剣をすべて鞘から抜いた時、ドルトは掴んでいたテオをバッとカウロたちに放り投げた。そして何人かがテオを受け止めている隙に、ドルトは背にしていた岩壁にトカゲのように張り付き、そのまま壁を上りだした。

 ああっとミリアムもカウロたちも口を開けたまま、あっけにとられていた。

 ドルトは天井まで上ると、壁に張り付いたまま、まだ光の届かない奥に向かって逃げだした。

 まるで人間とは思えない動きに、皆かたまって動けなくなっていた。

「カ、カウロ。ドルトはもう、人間じゃないんじゃないか」

 若者の一人が、声を震わせながら言った。

「う、うるせえ。身内から、バケモノを出してたまるかよ……」

 カウロの声も弱弱しい。

 ミリアムはハッとして剣をしまうと、ドルトが消えた方に走り出した。

「ゴルディ、どこへ行くんだ」

「おばあちゃんに、憑き人の場所を知らせないと!」

 坑道を照らす光玉は、一定の速度で分裂して数を増やし、少しづつ奥へ奥へと広がっているようだったが、ドルトが逃げた方はまだ真っ暗だった。ミリアムは自分についてくる魔法生物の光を頼りに、まだ暗い奥の方へ臆することなく走りだした。

 青年団は、腰を抜かしたテオを抱えたまま、自分たちより幼い少女の背中を見送っていた。

「追うのかよ、あいつ。カウロ、ドルトはこのまま閉じ込たらいいんじゃないの?」

「だ、だめだろ。あんなのが坑道をうろつくことになったら、山に入れるか?」

 カウロは迷う気持ちを断ち切るように片手剣をぶんぶん振った。

「ゴルディのちびに後れをとれるか。追いかけるぞ。テオはルーカが連れていけ」

 あーあ、へいへいと、それぞれ何かをぶつぶつ言いながら、他の若者たちも動き出した。

 ミリアムは時々転びそうになりながら走り続けていた。勢いで走り出したものの、小さな魔法生物の光では自分のほんの先ぐらいしか見通せない。黒い壁に突進しているようで、だんだん怖くなってきた。

 ちらりと振り向くと、遠くから自分を追いかけてくるように小さな光玉が増えていって、ゆっくりと照らす範囲を広げてくるのがわかった。

『明かりがくるのを待ったほうがいいだろう。我の力も、ここではうまく働かないゆえ』

 走りながら、ククルトも辺りを探っているのをミリアムはわかっていた。

 ミリアムは走る速度をゆっくりと落としていった。自分の荒い息遣いと、コツンコツンと革のブーツの音だけが暗がりに響いている。先の方や上の方がどこまで広がっているのか全く見当がつかなかったが、その音の反響を聞くと、この辺りはさっきの場所よりも大きい空間らしい。

『この場所は苦手だ。場を崩し暴れたい衝動に駆られる。この山はなにかありそうだ』

『何があるんだろうね』

『わからぬ。それも恐ろしい。天井まで飛び上がり、穴を開けて新鮮な風と我が主あるじの力を届かせたいものだ』

あるじって、だれ?』

『我に力を与えてくれる……いかなる言葉もあの方を表すことは……おお、いかん』

 ククルトはギュッと身を縮めた。

『ほどけてはならぬ……静まり給え……』

 ふーん……とミリアムは唸った。いつもと違うククルトの様子にミリアムは興味がわいたが、それよりも目の前のことを優先しなければならない事態だ。

 ミリアムは足を止めて、後ろの光が自分に追いつくのを待つことにした。

 カウロたちも明かりと一緒に動いているようで、大勢の歩く音が反響しながら少しずつ近づいていた。

 光の玉は壁や天井にまんべんなく広がっていった。まるで暗闇から洞窟の風景が広がっていくように見える。思った通りこの辺は上も幅も大きく広がっていて、頭上へ増える光は星空のようだった。

 ふと、広がる光の玉から離れたところにある二つの光の玉に気づいた。明かりというより点のように小さい。しかしそれは、だんだん大きくなってくる……いや、近づいてくるようだ。

 ドルトかもしれない!

 脱兎のごとくミリアムは後ろの明るい場所へ走り出した。明るい世界はまだ遠い。背中から自分とは別の息遣いが聞こえてきた。

 何かに肩をがっしり捕まえられた時、ミリアムは振り向きざまに剣を振りぬいた。

 ギャッとドルトが声を上げた。振りぬいた勢いでしりもちをついたが、何かを裂いた手ごたえがあった。

 増える明かりに照らされて、目の前にドルトが立っていた。シャツを引き裂かれて腹をあらわにしながら、光る眼でミリアムを見下ろしている。

 再びドルトの手がのびた。慌ててミリアムもかわす。だが、裾を掴まれ引き寄せられた。

 剣を振ろうとしたが、手首をつかまれてしまった。

 狂気をはらんだドルトの顔がミリアムに迫った。

 パチン! 飛んでいた光の魔法生物がドルトの顔に突っ込んで消えた。ドルトは顔を二、三振っただけだった。

『もう、がまんならん』

 ククルトどうしたのと、聞く余裕はなかった。

 一瞬で目の前が真っ白になった。ブチブチと何かが切れる音がする──。

 ウオオオォー──体の奥の方で、何かの遠吠え──


「……おい、ゴルディが! ゴルディが!」

 誰かの声で、はっと気づいた。

 ドルトは目の前にいる。自分を捕まえている。

 しかし、ミリアムは自分もドルトの顔をわしづかみにしているのに気づいた。

 ククルトのいる黒く変形した左腕で!

 左腕はいつものように籠手で覆ってきたはずだった。その上から上着を着ていた。その籠手は袖ごと吹っ飛んでいて、黒い甲虫のように艶が光る腕がむき出しになっていた。先の左手はとがった爪をドルトの顔に食い込ませ、紫の湯気のような気炎を噴き出して、ドルトの体を覆い、動けなくしているようだった。

 ミリアムは背中にも視線を感じていた。明かりはミリアムに追いつき、カウロたちも追いついていたが、こちらを見つめたまま動けずにいた。

「……ゴルディ……」

 カウロのつぶやく声がした。

「……バケモンが、二人いるようだ……」

 誰かの声も聞こえた。

『ミリィ、オルトを呼んでほしい』

 冷静なククルトの声がした。

 剣は手の中にはなかった。黒い手の指の間から自分を見るドルトの見開いた目には意思があって、ミリアムは恐ろしくてそこから視線を外せなかったが、剣の発する青い光で、それが足元に落ちていることがわかった。

「お、おばあちゃんに……オルトに、道を示したまえ」

 ミリアムは、震える声で唱えた。

 剣の青い光が円く広がって、魔法陣を作った。その真ん中から、豊かな長い髪をたなびかせて、半透明の若い女の魔導士が現れた。

 女は、ドルトを掴んでいるミリアムの手の上から、自分も片手でがっしりとドルトを掴んだ。

「よくもうちの娘を追いかけてくれたわね」

 声はオルトと同じだった。

「だが、あんたに罪はない。罪のみなもと、あんたの悪夢を祓ってやる」

 ドルトは女魔導士を見上げると、唇から泡をふきながら何かをつぶやいた。

「……ピサロに伝えろ。……聖者が帰還する……行幸に備えよ……」

「うるむ、あるむ、たとぅ!」

つぶやきをふりはらうように女は唱えた。

 手から白い光が出てドルトを覆った。

 白い繭のようになったドルトは、地面をもがきながら転げまわった。が、光が消えるのと同時におとなしくなった。

 ミリアムもドルトから離れて、よろよろと倒れそうになった。女の魔導士はミリアムをそっと支えてゆっくり座らせた。

「怖い思いをさせたね。あれほど無茶するなと言ったのに。でも、よくがんばったわ。ククルトも守ってくれたのね」

 女の魔導士はミリアムの頭を優しく撫でた。

「おばあちゃんなの?」

 ミリアムの問いに、女はにっこりほほえんだ。

「この体は長くはもたないの。入り口で待っているわ。あれを拾って帰っておいで」

 女は落ちている籠手を指さした。

「あんたたちもよくやってくれたね。ドルトを連れてくるんだよ。もう大丈夫だからね!」

 女魔導士は、ぼんやり立っているカウロたちに勢いよく声をかけてからすっと消えた。

『帰ろう、ミリィ。我はしばらく眠ることにする』

 ミリアムの中で、黒い竜が子猫のように丸まっていった。

 ミリアムが戻ってきた時、オルト婆は元の姿で祭壇のあった大広間でディエノと話をしていた。邪魔をしないように黙ってオルト婆のそばに寄った。

「とりあえず、鉱山を閉鎖していても、この薬は毎日祭壇の前で焚いて、あんたが祈りをささげるんだね」

「わしは魔法の才能がてんでないと言われたんだが……」

「混乱を治めたいんだろう? 形だけでもやることだ。薬は上等に作ってあるよ。ドルトのほうは……」

 あれからドルトは意識を失い、四人の若者たちに手足を持たれて鉱山の外に連れ出された。

「この薬を飲ませて体力が戻るまで休ませればいい。慣れない動きで体に限界がきただけだ」

「本当に大丈夫なのか。人間じゃないようだったと聞いたが……」

「多かれ少なかれ、憑き人は”人間離れ”する。大丈夫だよ」

 オルト婆はディエノに向かって手の平を出した。ディエノは懐からチャリチャリ鳴る小袋を出すと、オルト婆に手に乗せた。オルト婆は手の平を揺らして袋の微かな金属音を確かめると、自分の懐にしまいこんだ。

 オルト婆はくるりとミリアムの方を向いた。明らかに表情がにやけている。ミリアムはオルトがロバに乗るのを手伝った。

「行こうか、私の自慢の娘や。ディエノ、いつでも相談に乗るよ」

「相談料が高そうだな」

「さっきも言った通り、さっさと司祭をたてることだね」

 オルトはロバを進めかけたが、止めた。

「一応聞いておくが、ピサロは、本当に死んでいるんだよね?」

「もちろんだ。化けて出たこともないぞ」

「そうかい。じゃあね」

 オルト婆は再びロバを進め、ミリアムと共に坑道から出ていった。

「カウロ、どこだ」オルト婆が見えなくなってすぐ、ディエノはカウロを呼んだ。

「ここだよ、親父」

「ドルトが、ピサロの名前を呼んだというのは、本当なのか」

「ああ。伝えろとかなんとか……小さいころ亡くなったあの人だろ? ピサロ爺さんって」

「そうだ。村の大人なら亡くなったことは知っているはずなんだが……」

「親父、俺も言いたいことがある」

「なんだ。こんな時に改まって」

 カウロはうつむいて言った。

「俺は、あいつがやっぱり恐ろしい。あの腕も恐ろしいが、あいつもなんだか……。克服できない気がする」

「そうか。だが、克服せねばならない。それが“前司祭”ピサロの遺言だ」

 カウロは黙って仲間の所へ戻った。

 そんな息子の若い背中を、ディエノは何かを考えながら見送っていた。



 ミリアムとオルト婆が鉱山を出たときはもう深夜で、夜明けが近いような時間だったが、坑道の入り口やロスアクアスの屋敷は賑やかだった。憑き人の家族以外の村人も集まっていて、テオや気を失ったドルトを運んできた青年団は肩をたたかれたり握手をさせられたりと、ほとんど英雄扱いだった。みな口々にディエノやロスアクアス家に感謝の言葉を述べ万歳をした。

 そんな大騒ぎの中、ミリアムたちは集まった村人の影をたどるようにそっと帰路についた。帰りはロスアクアスの庭は通らず、遠くなるが静かでなだらかな村への上り路を進んだ。

 報酬を受け取るとこっそり帰るのがいつものことで、今まで誰からも引き止められて飲み物を勧められたりねぎらいの言葉をかけられたりしたことはなかった。

私たちがいると”事件”が終わった気がしないのさ──以前、ミリアムはオルト婆にそんな風に説明された。

 オルト婆の杖の先の魔石がカンテラのように光り、それを頼りに暗い石だらけの山道をとぼとぼ歩いて行った。明け方にかけてずいぶん寒くなってきているはずだが、上着に施された魔法のおかげで、息は白かったが凍えるほどの冷気は感じなかった。

ミリアムは歩きながら、丘の上のお祭りのようになったロスアクアスの屋敷を眺めていた。

「ま、鉱夫なんぞにこんな大金出して魔導士は雇えないからね。しかも一度に払ってもらえるなんて、こっちもありがたいよ」

 ちょっと寂しそうな顔のミリアムにオルト婆が声をかけた。

「昔はよく事故があってね。鉱山でなくなる鉱夫が大勢いたもんだが、ロスアクアスが色々中を整えてくれたおかげで、最近はほとんどそんなことはなくなった。いいことだ」

 そういえば、オルト婆はソル村の鉱夫の子だったんだっけ──ミリアムはふと思い出した。お父さんや親戚を山で亡くしたという話を聞いたことがあった。それで自分がロスアクアス家に奉公に出たとか、そこで魔法の基礎を習ったとか。オルト婆は百をとうに超える年だ。若くして修行に出て、老いて帰ってきたときは、オルト婆を知る人はほとんどいなかったと言っていた。

「その布は拾ったのかい?」

 オルト婆はミリアムの左腕にかかった手ぬぐいを見た。帰る時、ミリアムは黒い籠手を拾ってつけたが、袖は破れてしまったので、武骨な籠手が丸見えだった。そこにふらっと手ぬぐいが投げかけられた。投げてきた方を見ると、カウロがぷいと横を向いて行くところだった。

「カウロのものだと思う、けど」

「へえー、そうかい。今度、新しい服を買おうか。ミリィもとてもがんばったしね」

 そう、今日はとてもたいへんだったけど、凄いものも見た──ミリアムはだんだん元気が出てきた。

「おばあちゃんも今日はすごかったね。たいへんだったけど、おばあちゃんは本当にすごいよ」

「いやいや、まあ……だてに年は食ってないよ」

オルト婆の顔が緩んできた。

「あの女の人は、若い時のおばあちゃん?」

「まあね。気持ちまでシワシワになっとらんからね。若いころを思い出して、魂をちょいとリメイクしたのさ」

「へえぇ。おばあちゃん、美人だったんだねぇ~!」

 ミリアムの感嘆の声を聞いて、前かがみだったオルト婆の背筋がピンとのびてきた。

「まあねぇ。自分で言うのもなんだけど、ほっとかれなかったね。いろんな奴に口説かれたよ。オルトと言えば”仕事のできる美人魔導士”として、ちょいと名が知れてたね」

「へえー。じゃ、どうして結婚しなかったの?」

「そりゃ、仕事をとったからさ。あたしゃ今でも、魔法が恋人だよ」

 オルト婆はずいぶんごきげんだった。腰痛持ちのはずなのに、ロバの上でふんぞり返っている。帰ったら何枚も”特製湿布”を貼らされるだろう。ミリアムはふきだしそうになったが、今なら普段聞けない質問にも答えてくれるかもしれない。ミリアムはそっとオルト婆に囁いた。

「ねえ。もしかして、先生からも口説かれちゃったことある?」

「先生って……あいつかい?」

 オルト婆はあっけにとられたような顔をした。

 ミリアムは大きく頷いた。

「だって、おばあちゃん。先生とずい分仲よかったじゃない」

「呆れたねぇ……」

オルト婆はため息をついた。

「一体いくつ歳が違うと思っているんだね。そりゃ、魔導士に見かけはあまり関係ないというが。そんな仲に見えるかね。他に魔法の話をする相手がいないとはいえねぇ……」

 オルト婆はじろりとミリアムをにらんだ。

「それに、あいつの話はするなって言ったはずだが」

 遠回しにも聞いてみようと思っていたが、まだほとぼりは冷めていないらしい。ミリアムはオルト婆から視線を外し、夜陰に浮かぶ遠くの風景を眺めた。

 今夜も晴れ渡っていた。月はすでに沈み、さっき坑道で見た光の粒を藍色の布に撒いたような星空を背景に、オルエンデスの峰々が黒い影になって浮かび上がっていた。

 オルト婆も何も言わなくなり、二人とも視線を合わさないまま、黙って夜道を歩いて行った。


 家に着いた時は、東の空が白々としていた。ミリアムはロバや道具をかたづけて普段の服装に着替えた。寝る前に何か少しお腹に入れようと思い、台所に行くと、既に着替えたオルト婆が竃に火を入れていて、出掛ける前に食べたスープを温めていた。

 オルト婆は身振りでミリアムにすわるように促すと、二人分の器にスープをよそってテーブルに並べた。スープの中には、最初はなかった疲労回復の効果があるという薬草が入っていた。

 小さな声で「いただきます」と言ってからスープを匙ですくって食べた。二人で黙って食べ続け、完食しようかというときだった。

「……あいつは、あの程度で来なくなるような奴じゃない」

 急にオルト婆が口を開いた。

「きっと何か考えがあるんだろう。そんなやつだ」

 うん、とミリアムは頷いたが、なんでわかるんだろうと思った。

「ま、来たらまた追い出してやるがね」

「えー。またそんな風にするの? やっぱり仲良しなんでしょう?」

 オルト婆は何も答えず、腰をトントンたたきながら席をたち、寝室に向かった。

「湿布貼ろうか」

ミリアムはオルトの背中に声をかけた。オルトは振り向かずに手をひらひらさせて断った。

「魔導士オルトは、まだ死なないよ」

「おやすみ、おばあちゃん」

 オルトは何も言わずにドアを閉めた。

 ミリアムは急いで残りのスープを飲み干すと、鼻歌を歌いながらさっさと器をかたずけて、ベッドに入った。

 隣ではオルト婆がいびきをかいている。ククルトも丸まったまま動かない。

 ミリアムもすぐに体の力が抜けて、眠りの世界に落ちていった。

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