12月の死にたい君と、8月の星になった僕。
君は時々、独り言のように呟く。
それはたぶん、僕にだけ聞こえるように。
今日は空気が痛いほど冷えた夜。
自転車を押しながら堤防沿いを歩く君は、もう一度口からソレを零した。
「死にたい」
「うん」
僕はソレを掬って、しまっておくのだ。
「なんで生きてなきゃいけないんだろ、生かされてるのに」
「生きたいわけじゃないのにってこと?」
「呼吸そのものが延命治療って感じのが近い」
あーね、と僕は答える。
難解な言葉で簡単な気持ちを隠そうとする君は、僕の声で一枚ずつ破られるのを待っている。
「どうせ誰も愛してなんてくれないのに」
死にたい君は、愛されたがりだった。
春夏秋冬、君の姿は変わらない。
暑い夏でも長袖で、時々マスクを着けている。
「見られたくないし」
君は、誰より目立っていた。
僕はどんな人ごみの中でも君を見つける自信がある。
「幼馴染じゃなくても、あたしはシュウ以外要らない」
僕も、君以外に興味はなかった。
多分愛とか恋とかそういうアレじゃあ、ないんだろうけど。
だから君の半袖姿なんて知らなくてもどうでもいいんだ。
「寒い」
「ん、あー…あっ、ユウ手袋してないじゃん」
「何かむずむずするからあれ嫌い」
てかなにぼーっとしてんの。
君はわざとらしいほどつまらなそうな顔で言う。
「んー、星きれいだなと思って」
「あぁ、寒い日のほうが見えるんでしょ」
君の言う通り、確かに冬の寒い日は、空気の透明度が上がるような気がする。
適当に理由をつけた星空だったが、見上げると本当に零れ落ちてきそうなほど光が僕の視界いっぱいに散らばっていた。
「僕が死ぬならこんな日がいい」
「あたしはいつでもいい」
「そう?でもあれ、死ぬと星になるっていうじゃん」
「なるわけなくね」
「そりゃそうだけど」
当たり前の返しに言葉に詰まった僕を、君は一瞥する。
「オリオン座と北斗七星しかわからん」
「確かにその二つはわかりやすい」
アレやろ、と君が指さしたのは砂時計のような形をしたオリオン座だった。
「死んだら星座になんのってなんかあほらしいよね」
「あげくサソリに刺されてなんてね」
でも、と僕は続ける。
「でも死にたいんでしょ」
「うん」
「僕はユウの星座を探さなきゃいけなくなるのか」
「全部六等星で作る」
「ないに等しいねそれ…」
「シュウなら見つかる」
「逆に僕しか無理じゃん」
「それでいい」
カチャン、カチャンと自転車のチェーンが風に鳴る。
僕と君は交互に足音を鳴らしていく。
「死にたい」
君はまたそう呟いた。
「誰も愛してくれないのに」
_じゃあ、僕が愛してるって言えば?
「僕がユウを愛してる、じゃあ足りないかな」
「なに、それ」
「君の嫌いな月並みな台詞を借りるなら、『月が綺麗ですね』ってやつ」
「それはわかるけど」
「じゃあもっと一般的に言うなら『付き合ってください』だ」
きょとんとした顔の君は、なんだか見覚えがあるような、いつもより幼いような、不思議な感覚だ。
「あたし、死ぬかも知んないよ」
「皆死ぬよ」
「死にたいって」
「うん、わかってるよ」
「じゃあ、いつか我慢できなくなったら」
___シュウが、殺して。
「もちろん。誰にも殺させないよ」
「じゃあいい」
しばらく黙った後、君は僕をじっと見つめて口を開いた。
「明日、学校でバレないようにしなきゃね」
冬の空の下で、君はきらきらと光っていた。
「そうだね」
___明日は何しよう?
月が綺麗だね、満月だから。
寒いからもう帰ろうか。
「また明日」
君は目を細めて笑う。
僕は玄関先で手を振った。
空に縫いつけられた星座のように、君の姿が瞼に焼き付いて離れない。
12月の空の下で、君は死んでしまった。
死にたい君を僕は殺した。
君はきらきらと零れる星になって、僕を照らしてくれるのだ。
君が僕の星空だった。
「僕が死ぬならこんな日がいいな」
星の降る日に、君とふたりで。
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