世界と世界を繋ぐもの
映し出されているのはそれだけではなかった。いくつかの映像には生き物らしきものも見えた。人間に似たもの、毛むくじゃらのもの、二足で歩くもの、複数の足があるもの。海に住むもの、空に住むもの、地中に潜っていくもの。生き物たちがちらりと映ってはまた消えていく。
生き物たちによって作られたものも見えた。宮殿の塔、ビル群、木の上の小屋、小さな雪のドーム。垂直の塊が重なった家のようなもの、透明な楕円が連なった乗り物のようなもの。無数の映像が、目まぐるしく輝いている。ミカゲは声もなく、それらを見続けていた。
「――エヴァンジェリンは、死んではいないのよ」
背後から急に、マリアンヌの声がした。ミカゲはぎょっとして振り返った。
「……死んで……ない?」
ただ呟くミカゲに、マリアンヌは続けた。
「死んでない――は、正確じゃないかもしれない。でも、はっきりと死んだとは言い切れない。彼女は――行方不明になったのよ」
どういうことだろう。ミカゲは視線を、マリアンヌから、また無数の映像へと移した。映像の中で奇妙な生き物が動いている。全身緑色だ。二本足で立ち、その顔は魚に似ている。けれども目が3つあるのだ。仲間と思しきものが、後からやってくる。
「8年前の春、エヴァンジェリンがなかなか起きてこなかったの。だから部屋に様子を見に行ったのよ。そうしたらエヴァンジェリンはいなくなっていて、部屋はこんな風になっていた」
言いながら、マリアンヌは部屋を見回した。全てが謎の黒いものに覆いつくされている。
「8年前の「冬」は……場が不安定だと言われていたでしょ? でも本当は、異変は何年も前からあったの。普通の人たちには気付かないようなわずかなレベルで」
マリアンヌは少しだけ、ミカゲに近づいた。けれども寄り添うようなことはしない。マリアンヌの話は続く。
「異変は少しずつ大きくなっていって、8年前がピークだった。エヴァンジェリンは気づいていたのかも。あの子は未来が見えたから。自分がこの危機に何をしなければならないか、わかっていたのかも」
「そうして――姿を消したわけですね」
ミカゲは言った。「姿を消した」のだ。死んだわけでは、死んだという、証拠はない。ミカゲはその言葉をかみしめた。
「これが何かはまだわからないの」
マリアンヌは言う。「これ」とはもちろん、この部屋を覆っているものだ。
「世界は無数にあると言われている――これが映し出すものは、その無数の世界なのだと、「門番」たちの間で、そう推測されている。けれども本当のところは誰もわからないの」
無数の世界か。映像の数々は途切れることなく続いている。ミカゲは眩暈がした。数えられぬほどのたくさんの異世界。夜の星々のように、それがここに集まって煌めている。
マリアンヌの静かな声がした。
「これもまた不安定なものなのよ。特に今年はそうだった。だから、私は娘たちをあなたに預けたの」
「何故、私に預けたのですか?」
ミカゲは尋ねた。ずっと気になっていたことだ。何故、自分なのだろう、と。マリアンヌは少し迷う顔を見せた。
「それは――。エヴァンジェリンの存在があるから、かしらね。あの子とあなたは仲が良かったから」
「それとどういう関係が……」
「私はね、これが、この謎のものが、エヴァンジェリンに通じるもののような気がするの」
マリアンヌの声はわずかに震えていた。
「あの子が消えて、その代わりのようにこれが現れたせいかしら、これが、あの子に近いもののような――。……上手く言えない。でもこれが――まるで彼女の一部であるような――」
ミカゲは黒い物体に近づいた。そっと、手を伸ばし、それに触れた。思ったより柔らかかった。まるで生き物のような温みもある。ミカゲは指先で優しくそれを撫でた。滑らかで手に心地よくて、ミカゲはふと、エヴァンジェリンの頬を思い出した。
「あなたはエヴァンジェリンにとって特別な存在だったでしょう? あなたが守るものは、エヴァンジェリンも決して傷つけないだろうと思ったのよ」
触れている指先から、微かな振動が伝わってきた。これは生きているのではないか、とミカゲは思った。また、マリアンヌの声がする。動揺は収まったようで、きっぱりとしたいつもの声音に戻っている。
「「門番」の一部ではある予想がされているわ。ひょっとしたら、再び、世界と世界は繋がれるのではないかと。扉が開かれ、昔のように自由に行き来できるようになるのではないかと。これは世界と世界の結節点のようなもので……でも全ては推測ね」
ミカゲは再び映像に目をやった。黒い岩の上を、平たく赤い身体をした、無数の足を持つ生き物が、大きな触覚をうごめかして這っている。また別の映像では、クラゲのような透明な丸い生き物が、空で分裂と融合を繰り返している。ミカゲは遠い遠い祖先のことを思った。自分たちも異世界から来たのだ。そしてある時からっ祖先たちとは別々の道を歩むことになった。そんな祖先に、彼らに、再び会うことができるのだろうか。もし会えるとしたら、それはどのような出会いになるのだろう。
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