風の音の向こう

「本当に……ごめん。目が覚めたら「冬」で驚いたんだ。それで興味本位で外に出てみたくなって……ちょっと無茶をして、動けなくなってしまったんだ。助かった。君たちが来てくれて」


 エイダの表情が和らいだ。ちょっと得意そうな顔になる。アデルは首を振って言った。


「謝ることなんて、ないです。外に出たくなる気持ち、わかりますし。でも、本当によかった、私たちが見つけることができて……」

「さあ、目的も果たしたし、もう帰ろうよ!」


 エイダがきっぱりと言う。「ここにとどまっていても仕方ないもの! 帰ってまた寝よ! 家の中で、あったかい布団にくるまって!」


「そうだな」


 ミカゲは笑った。エヴァンジェリンのことは気になる。けれども、これ以上探しても、外をうろついても無駄な気もしてきた。ともかくは二人を無事に家に戻さなくてはならないし、それに自分も、いささか馬鹿げたことをしていたと思う。


 ほらほら、とエイダが手を差し出す。それをミカゲは握った。アデルが隣で戸惑っている。ミカゲはアデルへと、もう片方の手を出した。アデルが少し躊躇して、けれどもその手をぎゅっと握った。


「両手に花だなあ」


 ミカゲが笑って言った。エイダも笑う。


「素晴らしいでしょ。勝手に外に出て、迷惑かけた人に対して破格の待遇でしょ」


 アデルは恥ずかしがっているのか、何も言わなかった。


 三人で競い合うように、階段を上った。吹雪は続いていたが、風は少しおさまったような気もする。ぴょんぴょん跳ねるように歩くエイダに付き合いながら、少し早足で、家までの道を楽しく進んだ。


 浜辺から離れる前、ちらりと小さなエヴァンジェリンが見えた場所に目をやった。けれどもそれはもうどこにもなかった。やはり幻覚だったのかもしれない、とミカゲは思った。あの世とこの世の間にあって、意識がなくなる少し前に見る幻覚だったのかもしれない。




――――




 ミカゲが布団に入るまでをしっかり見届けて、双子は自分たちの部屋へと戻った。服を寝間着に着替える。エイダはすっかり興奮していた。アデルの前では強そうなことを言ったが、本当はひどく不安だったのだ。ミカゲさんはどこに行ったのだろう。見つからなかったらどうしよう。けれども予想に反して、すぐに見つけることができた。


 ミカゲが家の中にいないとわかった二人は、外に出ることに決めた。しっかりと防寒対策をして。もっとも、外は思ったより寒くなかったのではあるが。玄関前で、風と雪に吹き付けられながら、二人はまず、どこに行くかを話し合った。


「海岸がいいと思う」


 アデルがはっきりとそう言った。エイダは驚いた。自分も海岸に行くことを考えていたからだ。


「異議なし。あたしもそれがいいと思ってた。不思議だね、二人で同じ場所を思い浮かべるなんて」

「二人ともってことは、そこにミカゲさんがいる可能性が高いのかもしれない」


 アデルの顔はひどく真剣だ。


 海岸に向けて、二人は歩き出した。雪が顔にぶつかる。思ったほど、積雪量がないのはよいことだった。風がうなり、髪を乱す。高く低く耳元で続く風の音の中に、エイダは何か、人の声のようなものを聞いたように思った。


 最初はどきりとした。思わず辺りを見回してしまう。しかし誰もいない。自分たち以外は人っ子一人いない。しかし声のようなものは続いていた。エイダは耳を澄ます。それはやはり人の声で――歌声のようにも聞こえた。


「何か……声がしない?」


 アデルが不安そうに尋ねた。エイダはどきりとする。アデルは顔をしかめ、声に意識を集中しているようだった。


「……歌声……みたい。女の人の、歌ってる声」

「風の音だよ」


 エイダは即座に否定した。アデルを怖がらせたくなかった。自分もまた、怖い思いをしたくなかったからでもあるが。


「……風の音、なのかな?」


 アデルは半信半疑だ。エイダはアデルに向かって強く言った。


「風の音だよ。あたしにはそれしか何も聞こえない。さ、早く行こう」


 それきり二人は黙って、ただ足を動かした。「聞こえない」とは言ったものの、本当は聞こえている。しかも進むにつれ、声は大きくなっているような気がする。声の出どころに、その発信元に近づきつつあるのではないだろうか。エイダは不安になったが、アデルに怯えがうつってはならないと、表情を硬くして道を急いだ。


 海沿いの道に至り、堤防から身を乗り出すように下を見て、双子はあっと言った。浜辺にミカゲが倒れている。そこで大急ぎで彼の元へと駆けて行ったのだ。

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