「冬」のさなかで

 ひょっとすると自分は「冬」の真っ只中に目を覚ましたのだろうか。ミカゲは考えた。「冬眠」の途中で起きられないかと思っていた。でも無理だろうとも思っていた。それが、可能になったのだろうか。


 ミカゲは立ち上がり、窓へと近づいた。薄明りが漏れるカーテンを引き開ける。驚くべき世界がそこにはあった。


 白と灰色の世界だった。雪が舞っている。いや、舞っているという生易しいものではない。強い風に煽られ、上になり下になりして、空間をかき乱している。家や木々や道は白く覆われ、そこにさらに雪が積もっていく。曇天からは果てしなく雪が落ちてきて、途切れる気配がない。知っている光景が、よそよそしくまるで初めて見るもののように姿を変えていた。


 呆気にとられ、ミカゲはカーテンを閉めた。混乱した頭で考えてみる。どうやら……「冬」のようだ。自分は「冬」に目覚めたようだ。そうなることを望んでもいた。けれども実際にそうなるとは思ってもみなかった。


 窓から離れ、ベッドへ戻った。しかし再び眠る気分にはなれなかった。エヴァンジェリンの姿が思い浮かぶ。「冬」に死んだエヴァンジェリン。死んだ……ことになっている。けれども「冬」の間にどこかに姿を消しただけかもしれない。この白い世界のどこかに。もしくはここから通じる異世界のどこかに。


 ミカゲは外に出てみることにした。




――――




 窓から吹雪の景色を見て、外は恐らく寒いだろうと思ったのだ。けれども不思議だった。あまり寒くない。風は強く激しくミカゲに吹き付ける。冷たい雪が顔に当たる。身体に触れる。けれどもそれは、ミカゲに触れた途端に消えていく。雪とはこういうものなのだろうか、とあまり雪を知らないミカゲは思った。


 思った目ほど積雪は大きくなかった。地面に積もる雪はうっすらと3センチ程だ。踏むとたちまち黒いアスファルトが見える。一体この吹雪はいつから続いているのだろう。もし長いものなら、もっと雪が積もっててもよいはずだ。ミカゲが起きる少し前から吹雪だしたのだろうか。


 視界が悪い。風がミカゲの髪や服を乱していく。向かい風になると、進むのにも厄介だ。けれどもミカゲは歩いていく。目指している場所はあった。ガーネット家だ。


 あそこでエヴァンジェリンは死んだのだ。……死んだとするならば。そしてあそこには「門」がある。異世界へと開かれた扉。「冬」の間に、エヴァンジェリンがあの「門」をくぐってどこかへ行ってしまった……とも考えられる。何故そのようなことをしたのかはわからないが。


 ミカゲはガーネット邸を目指していく。その身に、絶え間なく、雪が降りかかっていく。




――――




 ガーネット家が近づくにつれて、ミカゲの足取りは重くなっていった。何故だか上手く歩けないのだ。見えない何かが足を押さえつけ、それを振り払いながら、進むという具合になってきている。雪に顔を覆われまいと、幾分、俯きがちになりながら歩いていた。けれども疲れたので足を止め、顔を上げる。周りを広く見渡す。特に、ガーネット家のほうを見た。


 最初は目の錯覚かと思った。ガーネットの屋敷の辺りが、何か妙にくすんでいる。というよりも、その辺りの光景が変にぶれているのだ。ミカゲは瞬きをし、まじまじとそれを見た。けれども目に映るものは変わらない。


 顔にかかる雪が邪魔だった。辺りはやはり、奇妙な明るさだが、ガーネット家周辺は他よりも暗いように見えた。あそこで何か起きているのだろうか。行ってみなければならない、とミカゲはまた足を動かした。


 雪と風が襲い掛かる。足はさらに重くなる。見ることのできない、得体の知れない何かに取り巻かれているかのようだ。何かがミカゲをガーネット家に行かせまいとしている。足がもつれ、ミカゲは地面に手をついた。ひどく疲れている。ミカゲは大きく息を吐きながら、立ち上がろうとした。


 しかし上手く立てないのだ。仕方がなく、ただ前方を見つめた。その時、何かが視界の隅を走った。小さな黒い影だった。生き物だろうかと思い、そちらを見つめる。けれども何もない。誰かの家の壁があるだけだ。ミカゲは待った。すると、また黒い影が現れた。それは壁の下から湧き出るように現れ、壁を伝い、中に入っていった。


 あれはなんなのだろう。ミカゲはぞっとした。異世界から来たもの? それがこの「冬」の世界にはびこっているのだろうか。ミカゲは神経を尖らせて、他の生き物の気配を探した。けれども何も見つからない。風の音だけが耳につく。謎の生き物はあれしかいなかったのだろうか。この世界の人間ももちろん、外には誰もいない。みんな眠っているのだろう。

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